9.とりあえず、かしずかせる!

「……こんにちは」

「あっ……エリザベス様……?」


テオに婚約破棄を告げられた次の日。

私は今度は男装せずに、ソフィアの家までやって来ていた。


「……やっぱり、女性の方なんですね」

「うん。気づいてた?」

「いえ……ただ、名前からだけで」


ソフィアは布団を干している手を止めて、こちらの方までやって来る。


「そうなんだ。……残念?」

「い、いえ……ただ、驚きましたけど」

「そっか。あ……でもね」

「はい?」


私はソフィアに近づいて、頬の辺りをそっと触る。


「……ソフィアに会うために、男装してたんだよ」


ちょっと確かめてみたかった。

ソフィアは『王子様の様な彼』には堕ちただろうけど、その正体が女だと知って好きでいられる程にはまだ堕ちていない気がする。


……全く、ケーナの邪魔が無ければ、今頃は私の手中だったのに。


「そ、そんな事……」

「ん……ごめんごめん。でも、本当だから」


案の定、ソフィアは困っている様だった。


……しかし、今日は困らせに来たのでも、からかいに来たのでも無い。


「あのね、真面目な話なんだけど……」


今回ソフィアは、テオを堕とす為の手駒なんだから。


「……こっちに越して来ない?」



****



「わぁー!ひろい!」

「お姉ちゃん、ほんとにここに住めるの?」

「わぁ……」


弟妹がはしゃぐ中、ソフィアは呆然と辺りを見回している。


「……気に入ってくれたかな?」


そう。

テオを堕とすなら、ソフィアはかなり使い勝手が良い。

そして、この名前が出てきにくい世界で、ちゃんと名前のある者……ソフィアは、ある意味『欠陥の少ない』存在だ。


それならば、いっそ目の届く場所で囲ってしまえば良い。

幸いな事にソフィアの家は貧乏で、両親も居ないから窮屈な生活を強いられているから、嫌がりはしないだろうし。


「あの……本当に、私がメイドで良いんですか……?」


……だから、私はソフィアに住み込みのメイドとして働く事を提案した。


「もちろん。……時間外は自由に暮らして良いし、書斎だって中庭だって、好きに使ってくれて構わないよ」

「ほ、ほんとですか……?」


色々理由はあるけど、やっぱりソフィアを近くに置いておく一番の理由は、彼女が『良い人』だからだ。


現実において『良い人』である事は、全く信用に値するものでは無いけれど、この場合……つまり、作者が描写しないものに『隙』が出来るこの世界では、描写されたものが絶対。


ソフィアは序盤に登場してから出番が無かったけれど、それは逆に言うとその序盤の性格が全てだと言う事だ。


……そして、その登場シーンの中で、ソフィアはずっと健気で、慈愛に満ちた……優しい『良い人』で徹底されていた。


それが指すことは、つまり……どんなこの世界の住人よりも、信用出来るという事。


「うん。……メイドの仕事は、ゆっくり学んで行けば良いよ。ただし、出来ない事は出来ないと言うこと。……分かった?」

「は、はい……!」


味方にしてしまえば、最後まで私に『優しく良い人』で居てくれるだろう。


「ん。じゃあ……」


とりあえず一段落したから、ここに連れて来たもう一つの目的……テオを堕とす為の手伝いをして貰わなきゃ。


「……ソフィア。とりあえず、一緒に浮気男を成敗しよっか!」



****



「どうして……他の女の子と仲良くしていたんですか?」


そして……今に至る。


メイド姿のソフィアを見れば、特別賢くないテオでも、もう彼女が『こっち側』だという事を理解出来るだろう。


「……ま、待ってくれ、リズ」

「私……悲しいんです」


どんな理由があったとは言え、見せつけるようにダンスパーティーにソフィアと出席したりしたのは事実。


……まぁ、私もノアと出席したけど、あの時は男装と女装のペアだったからバレては居ないだろうし、都合の悪い人が誰も知らないのなら、それは闇の中で良い。


しかし、テオは公に、堂々と出席した。


それはきっと……


「違う!俺はただ、リズが……」

「……私が、何ですか?」

「っ……あぁ、もう!……リズが最近、俺を粗末にしてるように感じたから……こうしたらちょっとは気にするかなって、」


……そう。

彼は本当にリズの気を引きたいだけだった。

『ツンデレ』なのだから、発想が回りくどいのも頷ける。


ただ、


「そんな事……信じられません」


それでは許されない。


「私、ずっと我慢してたんです……テオはきっと私の所に戻って来てくれるって……」

「ま、待て!」

「でも!……テオは私との婚約を破棄した。違いますか?」

「ち、ちが……」


こんな茶番が出来るのも、テオがそもそも『リズ』の事が好きだからだ。


……それにしても、元々の『リズ』の事はテオだけじゃなく、ノアまで好きだった。

物語の中だからと言ってしまえばそれまでだけど、……性格の違う2人の男を惹き付ける、彼女の魅力は何だろう。


そして……私が見た限りの物語の中では、彼ら2人の『リズ』に対しての恋心は語られなかった。


それなのに、確かに2人に『リズ』への恋心が存在しているのは何故?


ケーナがそうなるように続きを書いていた?

それとも、あの本を使って書き足した?


有り得なくは無いけど……それならそこの辺りを詳しく教えてくれても良い気がする。


何か……ここの辺りが何か引っかかる。


「っ……お願いだ、信じてくれ。婚約破棄をしたのは事実だけれど……理由があるんだ」

「理由?」


婚約破棄の行動自体、ケーナが付け足したものだから……理由を聞いたら破綻しないか少し心配だ。


「俺が言ったのは覚えているか?…… 君のワガママにはもう付き合っていられないって」

「……まぁ、はい」

「それは実は……そう言えと父上に言われたんだ……!」

「陛下に?」


テオは王族なんだから、テオの父上と言えばこの国の国王様だ。


あまり描写はされて居なかったけど、……そんなトップの人がわざわざそんな事を?


……あ。


向こうの方にケーナが手を振っているのが見える。

きっと会話を聞いて……無理矢理付け足したんだ。


そんな事したら、王様の設定を後で考えなきゃいけなくなるのに……苦しむのは自分なのに、全く後の事なんて考えてないのが……彼女らしいけど。


しかも、あんなに本は極力使わないと言っていた割には、こういう時の為に『聞きたい場所の声が聞こえる能力』なんてのを獲得したりしていたし。


『超能力は憧れだから良いの!』って、子供みたいに言ってたっけ。

もう魔法使いのクセに。


「それは……わかりました」

「そ、そうか!良かった……」

「……只、」


私はわざとガタリと音を立てて立ち上がる。


「理由があったとはいえ……もう信じられないんです」


その言葉に、テオの顔色はサーッと青くなる。


「待って、待ってくれ!何でもするから、もう一度……」

「……何でも、ですか?」


ほら。

こうすれば良いんだよ、リズ。


すっかり裏切られた身から立場が逆転しちゃった。


「あ、あぁ、何でも……」

「……分かりました」


私はイスに座り直して足を組む。

あんまりこんな格好でやらない態度だけど、かなり画になってる気がする。


「テオ」

「な、何だ……?」

「あなたを、信じさせて欲しい」

「信……あぁ、もちろん……」

「……だから、」


私は目を細めて片手を大きく伸ばした。

そして、


「証明してください?」


と告げた。


「証明?」

「そう。……婚約よりも、もっと強い証」

「え……?」


違う方を想像したのか、テオは見るからに焦った様に赤くなる。


「ま、待て、それはまだ早い……と……」

「早い?……何の事でしょう」

「……?」

「……つまりあなたのプライドより、私の方を気にしてくださると証明して欲しいという事です」

「プライド……俺の?」

「分かりませんか?」


テオは混乱しているのかまだ分からないみたいだった。


……しょうがない。


私は自分の前の床を指差して口を開いた。


「私の前に跪けますか?テオ」


テオはびっくりしたように少し黙り込んだが、やがて素直に私の前にかしずいた。


「……これで、良いなら」


あぁ。

やっぱり人を支配するのは……楽しい。


思わず悪い笑顔が出てしまう。

それを片手で隠しながら、私はもう片方の手をテオに差し出した。


テオは黙って、その手の甲にキスをした。


……堕ちた。

いや、堕とせる。


もっと深みに……彼を使って女王でも目指してみようか。


あぁ……面白い。


面白くて、つい気づかなかった。


……ノアがその一連を、見ていた事に。

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