8.下準備は大切
「はーっ!やっと終わった……」
「はぁ……」
案は出さない癖にいっちょまえにこだわるケーナのせいで、だいぶ時間がかかってしまったものの……やっと主要人物のフルネームが出来た。
「よし……じゃあ早速書いてくよ」
『ソフィアのフルネームは、ソフィア・ジェミリ』
『ノアのフルネームは、ノア・アーサー・グレイ』
『テオのフルネームは、テオ・S・ハノーヴァー』
「そしてリズは……」
『エリザベス・A・キャンベル』
……と、ケーナは書き込んでいった。
有名人や貴族の名前なんかを借りてきて、その中でケーナが気に入ったのをつけただけだから、現実的な名前かどうかは分からないけど……ケーナは満足げだった。
「良かった。これでひとまず大丈夫」
「……他の人は良いの?サラとかアリスとか……あと、私の家族は?」
「いいの!見守ってるから、必要になればまたここに来て書き足すから」
「見守るって……どうやって?」
「……こうやって」
ケーナはたくさん名前が書かれた下に、一文付け足した。
『お姉様の正体は、リズの姉のケーナ』
「さっき、極力関わらないって……」
「……大丈夫。ケーナは家では引きこもりがちで、外に出たら出たで中々帰ってこないって設定にするから」
ケーナはそう言ってガリガリとペンを走らせて、色々と書き足す。
全く便利なアイテムだ。
「もういっそ、それで私が世界征服した事にしちゃえば?」
冗談交じりでそんな事を言うと、
「そんな事したら、すぐ破綻しちゃうから!……これからはあんまり改変には使わないようにしないと」
と、真面目に返される。
……そんな事は私だって分かってる。
最悪完結はしなくても良いけれど、物語の破綻だけは……元の世界に戻れる保証も無いし、何としてでも避けたい。
「分かってる。……じゃあ、今度こそ……またね」
「うん。……また」
「……どうやって帰るの?」
「えーっと……こうだね」
ケーナは本を開いて見せる。
そこには、私とケーナが飛ばされた時の文面の下に、
『2人が和解した後、握手を交わした瞬間に元の場所へ戻る。時間は進んでおらず、周りは2人が居なくなっていた事に気づかなかった』
……と、書いてあった。
「ケーナにしては、用意周到だね」
「……なんてったって、私は皆の憧れの的の魔法使いだからね。……さ、行こう」
2人で軽口を叩きあった後、ケーナが伸ばした手を握り握手をすると、こっちへ来た時のように辺りの景色がまた一瞬にして色を変えた。
***
「僕の名前は……ノア。ノア・アーサー・グレイです」
「……あぁ、その家は……前に聞いた事があるな」
私達は不審がられずに会話を続けさせる事、そしてちゃんとフルネームを付ける事に、とりあえずは成功した。
……ただ、一つ聞き忘れていた。
どうしてわざわざテオに婚約を破棄させに来たのか、そして……あの物語はどうしてリズが徹底的に堕とされるのか。
その二つには……なにか共通点がある気がする。
今は和解したけど、きっとさっきまではあの物語のように私を堕とそうとしていた。
……それは何故?
そうしたら私が『愛』を理解出来るとでも思ったのか……分からないけど。
「リズ」
「……何でしょうか」
考え込んでいると、ノアとの一通りの会話が終わったのか、テオがこっちに話しかけてくる。
「ほんとに良いんだな?破棄するからな」
「はい」
「……後で喚かれても迷惑だ。嫌なら今のうちだぞ」
「はい……あ、いえ」
何だか子供の駆け引きみたいな事をされて少し驚いてしまった。
この様子だと、何だか婚約破棄を回避出来そうな……。
「どうするんだ?早く決めてくれ」
「……いえ。テオの決めた事ですから」
「そ……うか。そうだな」
……このままリズのわがままで婚約破棄を無かった事にも出来そうだったけれど、それは辞めた。
今のテオを見て、婚約より……もっと確実な『関係』が作れそうだって、私の感が言ってる。
……どうせなら、引きずり込んでやろう。
「あの……その代わり、一つだけお願いを聞いてくれませんか?」
「ん、……何だ?」
ここで間違えちゃ失敗だ。
遠すぎず、でも確実に用意出来る日……。
「……3日後、私と最後にお茶してくださいませんか?」
「お茶?……まぁ、いいが」
テオはやっぱり即答して、その後に自分のメイドに予定を確認させている。
一応しばらく待っていると、
「悪い。3日後は予定があるから……4日後はどうだ?」
4日後……ちょっと遠いな。
……大丈夫、2日もあればできる。
「あの、でしたら早めだと嬉しいのですが……2日後、とか」
「2日後?……ちょっと待って」
テオはまたメイドに確認をとる。
王族は重要な予定が急に入ることが多いから、連続で大切な予定をあまり入れたりしないし……大丈夫だとは思うけど。
難しかったらしょうがない。
そうなら少しズレるけど、4日後にしよう。
……そんな事を考えていると、
「……分かった、2日後。詳しく決まったら、連絡送ってくれ」
さすがにこれ以上ズレる事は無くて、ひとまずホッとする。
「はい。……ありがとうございます」
私はテオを見送って、早速準備にとりかかった。
今回の駒は……ソフィアだ。
******
「リズ……」
「ノア、どうしたの?」
お茶の用意をしている時、ノアが向こうから顔を出した。
「……テオ様とお茶するの?大丈夫?」
「どうして?」
「だって、……」
心配そうにするノア。
……そうだ、ノアは分かっていないんだ。
ノアが知っているのは婚約破棄をされた事だけ。
そんな時にお茶をするなんて、すがろうとしてリズが馬鹿にされるんじゃないか……っていう、不安。
「大丈夫だよ、ノア」
「……ほんとに?」
「うん。……それに、いざとなったらノアが守ってくれるから」
「ね?」と笑ってみせると、ノアは苦笑した。
「僕がテオ様に逆らったら、一族ごと追放されちゃうよ」
「ん……だから、冗談」
「……ううん、大丈夫。いざとなったら、僕が守るから」
ノアは控えめな好青年だけれど、頼られるのが好きである事、そして悪く言えば……自分の想定内に居られる事に安心感を覚えるタイプだ。
奇想天外な行動も、やりすぎると彼の好感度以前に、彼のメンタルを削りかねない。
だから定期的に、こうやって彼の不安を取り除いてあげないと。
「……ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
「うん。……行ってらっしゃい」
すっかり安心し切った表情のノアに見送られて、私はティーセットをもって中庭の方へ移動する。
ノアと言えば、そう言えばあの本……大量に読んでもらった難しい本達の事について一応聞いてみたけれど、どれも主張がバラバラで有意義な情報はあまり無かった。
ただ、気になったのは……一冊だけ、ノアでも読めない本があった事。
所詮ケーナの作った物語なのだから、彼女の頭の中以上のものは出てこないハズだ。
少し気になるから……今度人目を盗んで読んでみようとは思うけれど。
「リズ」
「テオ!……今日はわざわざ来て下さり、ありがとうございます」
「……敬語はよせ、誰も居ないから」
「ですが……」
「良いから」
「……分かった」
テオはあんまりかしこまられたり、隷属されたりするのを好まない。
だからわがままなリズにも今まで耐えられたんだろうし、2人きりの時は敬語も抜きにさせていた……と、物語には書いてあった。
「それにしても、リズが俺をお茶に誘うなんて……何かあったのか?」
最近婚約破棄した人にする態度とは思えない程親身になって聞いてくるテオに、私はニコッと笑いかけて紅茶を注ぐ。
「実は……テオに言いたいことがあって」
「……俺に?」
「うん。……とっても大事な事なの」
「え……」
テオは驚いた様に固まる。
その反応は……期待だ。
よし、大丈夫。
テオはうんざりしていた様に見えて、実はその状況が案外好きだったり、自分からは言わないけど、なんだかんだリズと一緒に居たいとは思っている。
つまりは……『ツンデレ』と言うやつだ。
「来て良いよー、」
「……?」
期待するテオを横目に私が2回、大きめに手を叩くと、テオは不思議そうにする。
「……ねぇ、テオ」
「?……何……」
テオの視線は、私を外れて奥の方……私の呼ぶ声にやってきた1人のメイドに向けられる。
「な、何で……ここに……?!」
「……テオ」
そこに居たのは、
「どうして……他の女の子と仲良くしていたんですか?」
……ソフィアだった。
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