7.それだけは無理なので!

「『君』が、ただ一人と愛し合って、それから結ばれなきゃ、この物語は完結出来ないんだ!」


『お姉様』の言葉に、私はガタリと音を立てて立ち上がった。


「……欠陥を直す手伝いは……します。私に出来る事はそれだけです」

「そ、そんなこと言わずにさ……?」

「無理です。この物語は……未完成のまま」


そう言って、私が呑気に伸びをしていると、『お姉様』は困った様にうろつく。


だって、本当に無理なんだから。


たった一人を愛せ?

それも愛し合う?


無理無理。

今更私に何を望むと言うんだか。


「あ、それとも別の方法を探してみましょうか?そうだな……世界征服とか」

「えっ……?」

「……何も、恋愛だけが結末の全てでは無いでしょう?……勇者がラスボスを倒して終わるように、私も世界を征服して終わらせれば良い」


言っていて、何て楽しそうなんだろうと思った。


世界征服……ピッタリ。


この世の全てを私のモノにして、私はその頂点で高笑いして物語は幕を引くの。


それって、どんなチンケな恋愛話より、よっぽど素敵で魅力的じゃない?


「そう思わない?……『お姉様』」

「……」


私の質問に、『お姉様』は黙り込む。

このくらいで言い負けると思っていたのに、ここで粘るのは……何か『愛』じゃなきゃいけない根拠がある?


「……言いたいことがあるなら、今のうちに言って欲しいのですけど」

「うーん……正直迷ってるんだよ。君が言っている事は一理あるし、それが君にとって一番幸せな道かもしれないって、今更思ってしまって」

「……つまり?」

「ええっとね、つまり……物語の終わりが『君が幸せになる』が基準なのか、『君が幸せに見える』が基準なのかで迷っているんだよ」


つまり……主観か客観か、どちらかでの幸せって事?


それでも……客観の方だって、世界征服が幸せだと思う人が一人でも居るなら幸せじゃない?


……そうじゃないなら……作者?

私の親友の……あの子?


「……『ケイ』から見てって事?」

「!」


私の言葉に、『お姉様』はビクリと反応する。


「そう……『ケイ』は、愛に生きる人だから……」

「……へぇ、そうだったの?」

「う、うん……」

「……」


……怪しい。


急に『お姉様』はキョロキョロし出すし、ちょっと早口になってるし。


まぁ、物語に入ったり魔法が使えたりできる程だ。

私の考えが正しければ……


「あなた、ケイ?」

「!!」


当たりだ。


こんなに分かりやすい人だったか曖昧だけど、彼女は……ケイだ。


そして私がそれに気づけなかったのは、


「ご、ごめん……!……!」


……彼女の本来の性別は、男だからだ。



***



「私が誰かは当然分かってるよね?」

「うん……」


その後、『親友』だと分かった彼女……いや、彼に、私は尋問を繰り返していた。


「でも、もう現実の人の名前は出しちゃダメだから……」

「……どうして?」

「だって、作者の名前なんて、『メタ』じゃないか。……君の名前だって有名だし」

「ふーん……」


でも、驚いた。


彼……ケイは引っ込み思案で他人にはおどおどしている人だったから、あんなに堂々と魔法使いを演じるなんて思わなかった。


「でも、『お姉様』って呼びにくいんだよね。……何か名前、無いの?」

「えぇ……即興キャラだし、名前付けるのは苦手だって言っ……ただろう?」


……あくまでキャラはブレないらしい。


「じゃあケ……いや、元の名前に似せて、『ケーナ』はどう?」

「おぉ!……いいじゃないか」


『お姉様』改めケーナはにっこりと笑う。

正体がバレたからか、深く被っていたフードもすっかりとられて、『彼』の時と同じ特徴的な笑い方がハッキリと見られた。


……なるほど。

確かに顔を見ていたら、正体に気づけたかも。


「で、ケーナ。そんなに恋愛脳だったの?」

「う……そ、そうだよ……」

「へぇ……意外だなぁ。私の事、あんなに罵って来たクセに」

「そ、それは……!不誠実だからだっ!」

「誰とも付き合った事も無いオタクくんに言われたくないなー?」

「違う!お……私は『ケーナ』なんだから、そんな人知りませーん」


久しぶりの親しい人との会話で、少し和む。


彼とは……色々あって何でも言える友達になった。

ほんと、冴えないオタクが一番の親友になるなんて、あの時は考えもしなかったけれど。


「友情はダメなの?」

「ダメ。ノーカン」

「……どうして?」

「だって……そしたら絶対、私で済ませようとするでしょ?」

「ダメなの?」

「私は元々の登場人物じゃないの!」


どうやら彼……彼女の中には、色々とルールがあるらしい。


一つ、自分を頻繁に出されるのは『痛い』作品になるから嫌ということ。


一つ、同じ理由で、自分との友情や『愛』で完結させようとするのも無理だということ。


一つ、……恋愛至上主義だと言う事。


そして、厄介なのが……


「やっぱりヒロインは一途でなくちゃ!」


……この、純愛好き。


今まで彼が恋愛について語る事は……まぁ私相手だから当たり前だとは思うけど、ほとんど無かったから知らなかった。


でも、これはほんとに厄介なことになった。


ただ一人を選んで他の使える駒を手放すなんて、馬鹿らしすぎる。


それを私にやれだなんて、冗談じゃない。

ほんとに……。


「……ちょっと、真面目に聞いて欲しいんだけど、」


すると、突然真剣な顔になって彼女が話しかけて来た。


「ん……何?」


私が聞き返すと、彼女は前のめりになる。

……即興で作ったと言う割には、彼の理想が詰め込まれた様なボディーをしてる。


そんな事に気を取られている私とは裏腹に、は真剣な口調で話し始めた。


「君は……おれと親友になれた。だからきっと恋愛の意味で特別な人だって、見つけられる」

「……悪いけど、本当に……」

「分かってる。……おれはその為に、この物語を作ったから」

「そのために?」


彼はそのまま続ける。


「そう。……どこかいつも退屈そうな君に、恋愛を知って貰えれば……小さな幸せでも、この世界を楽しめるって、知って欲しかったんだ」

「……それがあの物語?」

「そう」

「私には、リズが堕ちる所まで堕ちていく物語にしか感じなかったけど……」

「う……ごめん、それは力量……でも、あの後リズは……」

「はいはい。分かったから」


熱くなる彼に、私はスっと手を出して制止する。


「いいよ。恋愛、頑張ってみても」

「ほんと……?!」

「……ただし、その代わりに私は『恋愛以外』もする。そっちの突破口も探すから」

「恋愛以外……え、それって……」

「そう」


私は大きく両手を広げる。

気分は……どこかの革命家だ。


「世界征服!」


ただ楽しくてやってるだけじゃない。


世界の隙を埋めるなら……何でも知ってる一番上に居た方が都合が良いだろうし、世界征服で完結したなら万々歳。

完結出来ないとしても、私がたった一人でも良い程好きになれるような男……あるいは女が見つかるかもしれない。


……まぁ、一番は好奇心なんだけど。


何だって良いじゃない、動機なんて……物語の完結って言う大義があるならさ。


「……分かったよ、それは止めない」

「よし。和解だね」

「だね。……あ、あと、おれと仲良くするのはこの場所だけにして」

「……何で?……『メタ』だから?」

「そうだよ。ここは言うなれば……そう、『物語の枠外』だ」

「……へぇ」


そう言う割には、彼もノリノリでネーミングなんてしちゃっている。


……人名もこんな感じで、スラスラと付けられれば良いのに。


「良いんじゃないの。……じゃあ、また『枠外』で。ケーナ」

「うん。……あ、待って」


いい感じに帰ろうとしたら、引き止められた。


「……何?」


私が不満げに振り返ると、彼は申し訳無さそうにぽつりと言った。


「名前考えるの、手伝って……」

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