6.婚約破棄と見えた『隙』
「リズ。お前との婚約を……破棄する」
テオの一言で、辺りがザワつく。
私は冷静にそれに答える。
「……それは、どうしてですか?」
「……」
「彼は君のワガママには、もう付き合っていられないそうだよ」
「……そうだ。君のワガママには、もう付き合っていられない」
「……そう」
私は冷静だった。
……だって、まだ想定内だから。
それよりも、『お姉様』の行動が気になる。
見てる限り、自分で理由までを作らせるのは難しいみたいだし。
やっぱりあの手に持ってる本に何か書いたのがトリガーになっているのか、それともあれは前のハッタリだったのか。
……調べてみる価値は大いにある。
「こんにちは、『お姉様』」
「……リズ、君もその呼び方なんだね」
「えぇ。他に何か呼び方が?」
「いや、良いんだ。……それより何かな?言いたい事があるんでしょう?」
『お姉様』は至って冷静だ。
でも、わざわざ聞いてくれたのだから、ここは乗って言ってみてしまおうか。
「えぇ。……『お姉様』のその大きな本に、興味があります」
「リ……リズ!」
「良いんだよ。……見るといい」
そんな事聞いたら……と言うようにノアが小さく言ってくるが、それを『お姉様』は優しく止めて私に本を差し出した。
……こんなにあっさり見せるって事は、本はハッタリ?
でも、そう見せかける可能性も捨てきれない。
「……ありがとうございます」
私は『お姉様』ににっこりと笑いかけ、本を開いた。
その本はほとんどが空白で、パラパラとページを戻っていくうちに、やっと文字が書かれたページにたどり着いた。
そして、そこに見覚えのある文字を見つける。
『ソフィアの熱はすぐに良くなった』
この文はこうだったのか。
まあ……概ね合っている。
そして他にも、興味深い文字を見つけた。
『この世界には魔法が存在する』
『魔法使いは極小数と言われ、公表しているのはお姉様と呼ばれる者一人』
『その者はこの本の持ち主である』
……そして、最後の文。
『王子テオは、お姉様と一緒にリズの元を訪れて、婚約破棄を言い渡した』
全て書いてある通り。
つまりこれは……書いたものが現実になる本?
「……もう良いかな?」
「えぇ、とっても興味深かったです」
「そうか。良かったよ」
この行動は……手の内を明かしたと言っても良いだろうけど、肝心の動機が掴めない。
敵意は感じないけど、その代わり悪意と似たものを感じる。
この違和感は……何?
それに、あれには意図的に私を対象から避けるようには書かれていなかった。
私があの本の力を受けるのなら、他の人の様に魔法が最初からあったかのように思い込むだろうし……私にはあの魔法は効かないと考えても良いんじゃないだろうか。
やっぱり、私がこの物語の人物じゃないから?
何にしろ、私があの魔法にかからないのなら、それに越したことはない。
「リズ」
「……何でしょうか?」
すっかり『お姉様』との話が終わると、それを静かに聞いていたテオが口を開いた。
「そいつ……その男は?」
「ん……幼なじみのノア……です」
「えっ?!あ、テオ様、ノアです……」
ん?……何か違和感。
こういう自己紹介の時は、普通フルネームを名乗る様な気がするのに。
そう言えば、ノアのフルネームも知らない気がする。
……待って、リズのフルネームは?!
どうして見逃してたんだろう。
これは物語の『隙』だ。
確かにこの物語を作った私の親友は、名前を付けるのが苦手だったから、名のあるキャラを減らしたかったって言ってた。
思い返してみると、そもそも物語にはファーストネーム以外出てきて無かった気がするし。
とんだ穴だ。
……突いてやる。
「ノア」
「な、何……?」
「こういう時は、フルネームで名乗らなきゃ」
「あ、そうだね。僕の名前は……」
「ストーップ!!」
ノアが言いかけた時、慌てた様に『お姉様』が割って入ってきた。
……ほら、やっぱり。
「『お姉様』、どうされましたか?」
「……ちょっと話し合わない?」
「まぁ、良いですけど」
『お姉様』は、「ちょっと待っててね」と言って前のようにインクとペンを出して本に書き始めた。
私はペン先を読んでみる。
『……その瞬間、イスとテーブルしかない空間に飛ばされたリズと『お姉様』は話し合いをする』……って?
彼女はまだ書き続けているけど、私はそんな非現実的な事を起こされるとなると、さすがに警戒せざるを得ない。
「……大丈夫、リズ……君が壊しさえしなければ、君に危害は無いよ」
「……」
嘘をついている目では無かったけれど、一応身構えているうちに、辺りは一瞬にして景色を変えた。
***
「じゃあリズは、ここに」
「……」
『お姉様』に言われた席に座ると、『お姉様』は向かいの席に座った。
「えーっと、とりあえずまたされちゃ敵わないから、最初に教えておくね」
「……」
「この世界は、脆いんだ」
「……脆いって?」
「ええっとね、つまり……さっきみたいに隙を突こうとすると、この世界が破綻……つまり、壊れてしまう可能性がある」
「とんだファンタジーな話だけど……大体分かった。私に何を望んでる?」
『壊れてしまう』が指す未来は、きっと悲惨なものだろうという事だけは分かった。
とりあえずここは協力してあげようと思いつつ私が聞くと、『お姉様』は答えた。
「望む事……あぁ、そうだね。……物語の完成を、君に手伝って欲しいんだ」
「物語の完成?」
「そう。さっきみたいな欠陥は、魔法……この本に情報を書き足すだけで塞げる」
「……じゃあ、私はその欠陥を探してあなたに伝えればいいの?」
そう聞くと、『お姉様』は唸る。
……さっきからどうも、彼女……考えながら話しているように感じる。
思い出しているというよりは、嘘に真実を混ぜて話されているような感覚に近い……まるっきり信じる訳には行かなそうだ。
「それもお願いしたいけど、望むのは物語の『完結』」
「完結……したら、私はどうなるの?」
「そう、完結したら……そこはもう物語の中じゃ無くなるから、世界が破綻するような事は無いね」
「……そう」
確かに、気をつけて暮らす事は出来なくはなさそうだけど……世界が破綻する可能性を考えながら生きるのであれば、どこかでオチをつけてしまった方が良いかもしれない。
「分かった。……オチをつけてくる」
「待って!待って待って!……どうする気……?」
「ん?……とりあえず、テオを手中に収めれば良いんじゃないの?」
「あぁ、もう……。リズ、物語はそんな事じゃ終わらないよ」
……じゃあ、どう物語を終わらせろって言うの?
リズの話はそもそもが展開としてめちゃくちゃだから、……あの通りに進めば完結って言うのなら、一生欠陥に気をつけて生きた方がマシだ。
「あのね、この手の話は……」
私が考え込んでいると、『お姉様』は話し出す。
「……令嬢が、誰かと結ばれて終了ってのが、王道なんだよ」
「つまり……私が誰かと結ばれろって事?」
「そうなるね」
「……分かった」
……仕方ない。
完結してからは自由になれるんだし、それまでの辛抱だ。
手っ取り早そうなのはノアだけど、……やっぱり後が面倒くさそうだから婚約者のテオ?
あぁ、そういえばテオはもう婚約者じゃ……
「ストップ!!ストーップ!!」
「……何?」
いい加減しつこくなってきたので少し不満げに振り返ると、『お姉様』は声を荒らげた。
「今、誰かと恋仲になれば良いと思ったでしょ!」
「……それが何か?間違ってる?」
「そんなんじゃダメなんだよ……」
困った様に言われる。
でも、結ばれたら完結って言ったのは『お姉様』の方なのに。
……待って、もしかして……。
「主人公は君なんだよ!」
「君がサブキャラだったら、主人公さえ惚れさせればどうにかなるだろうけど……」
「……主人公の感情は、物語ではバレてしまう」
「だから……この物語は……」
あぁ、やっぱり。
……最悪だ。
私が唯一出来ない事。
「『君』がただ一人と愛し合って、それから結ばれなきゃ、この物語は完結出来ないんだ!」
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