第10話 改め愛な二人
猪俣 智司は今になって気付いたことがあった。それは昼食後もパジャマのままだったということに。
いつ気付いたのか。
実は昼食のあと一ノ瀬 涼香に言われるまで気付かなかった。恥ずかしい。でもよくよく考えると普段着の方が酷かった。
それならばこのままでもいいかと開き直ろうとした。気が気でない。もしこのままの恰好でいたら一ノ瀬 涼香はどう思うのだろうかと。
「あー! 開き直ろうとしてない? 猪俣くん! 駄目だよ! 駄目! 駄目!」
「う」
バレるのが早かった。確かに筋が通らないなとは感じていた。仕方がないので猪俣 智司は着替えることにした。
ちなみに昼食後の洗い物は未だに四角いミニテーブルの上にあり着替えるまでは動かすつもりがなかった。この事を鑑みても着替えざる負えなかった。
覚悟を決めた猪俣 智司は普段なら使い回す服のことは考えずクローゼットに一直線に向かった。けっして着替えがない訳ではなかった。あるのは外出用の服装のみだった。そもそも昨日の服などは洗濯機の中だ。もうどうすることも出来なかった。
「あー! 一ノ瀬さん! その!」
さすがに着替えの瞬間を見られるのは抵抗しかなかった。
「あ! この通りだから! 早く着替えてね? 猪俣くん!」
一ノ瀬 涼香はすぐさまに目線を外し背中を向けた。
「一ノ瀬さん。気を遣わせてごめん。色々と助かるよ、ほんと」
生活習慣が乱れに乱れていたほんの少し前と比べても見違えていた。一番の大きな違いはやはり一ノ瀬 涼香がいることだった。もどかしいと思えばもどかしくもなるが猪俣 智司はなるべく考えないようにしていた。たとえ感じたとしてもそれ以上の追求はしなかった。しようとも思わないでいた。
「恋のお陰だよ? 恋する乙女は強いんだよ? 猪俣くん」
恋の暴走を愛で止められるくらいになれば実に旨く行きそうだった。やはりと言わんばかりに猪俣 智司は決意を改めた。絶対にこの恋路からは逃げないと決めた。
「お世話になります! 一ノ瀬さん!」
「お邪魔します。猪俣くん」
二人は対面することなく言った。二人の相性は抜群かと突っ込みたくなるくらいだった。実にまとまった雰囲気が二人の気分を上げ始めた。
改め合いならぬ改め愛とでも言うのだろうか。まさにこの二人にしか出来ない事態に発展していた。お邪魔されてもいいと思えたことがなによりも収穫だった。
また一ノ瀬 涼香もお世話をしたいと思えたことがなによりも収穫だった。もうこの二人の運命は決まったも同然かも知れなかった。
「あれ? 着替えてないね? 猪俣くん?」
もういいのかと訊くことはせず一ノ瀬 涼香は振り向いていた。ただの天然な素振りだけに猪俣 智司の頬は一気に緩んだ。
「あはは! だね! 一ノ瀬さん!」
こんなにも充実した昼下がりがあっただろうか。独りの時は日々の中で布団の中という広大無辺な闇の中で生きていた。それが当たり前なんだと言い聞かせていた。でもそれでもこうしていられるのは紛れもなく一ノ瀬 涼香のお陰だった。
「
息が合うほどに二人が重なり合った。互いに同じ境遇でなくても答えは一緒だった。余りの衝動に二人の表情は綻びやわらかくなっていた。こうして微笑み合えることがどれだけ二人にとって大切な時か。
世界でちっぽけな二人にしか訪れない日々の出来事がある。これは確実に前へ前へと進むたった二匹の亀の物語だ。
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