第2話 お片付けの時間

 四角いミニテーブルを挟み合い猪俣 智司と一ノ瀬 涼香は対面し合っていた。

 いきなりの登場と逢ってまだ数十分しか経っていない。猪俣 智司はテレビを意識したが時既に遅く一ノ瀬 涼香が間にいた。

 なんて気まずいんだと感じた。今からでも遅くないと会話を芽吹かせようとすればするほどに空回りしていた。まさか同棲することになるなんて夢にも思わなかったことへの反動だった。

 座る位置を間違えたことが最大の一因だということに一ノ瀬 涼香は気付かなかった。一方の猪俣 智司は一ノ瀬 涼香とテレビが被っていることに焦りを感じていた。仕方がないので猪俣 智司は四角いミニテーブルの上にあるスマホを握り画面を見始めた。

 なにかいい情報はないのかなと――。

 次第に猪俣 智司は落胆することになる。スマホは万能とはいえ話題になりそうなニュースなどがなかった。スマホとの睨めっこを止めさりげなくバッテリーの残量を確認し手放し戻した。

 これならソファに誘えばよかったと猪俣 智司は後悔したがいきなり近付きすぎなのもどうかと思った。せめてテレビとは真逆に座っていれば一緒に見ていたかも知れなかった。急接近のような距離は二人には早過ぎたようだった。

「散らかってる、部屋の中」

 意外性なく部屋は衣服で散らかっていた。一ノ瀬 涼香が来るなんて聞いてない。だからこれは仕方のないことだと猪俣 智司は感じていた。備え付けのクローゼットを使うよりも近場に衣服があった方が助かるようだった。

「俺は困ってない。むしろ居心地がいい。でも、一ノ瀬が言うなら片付けてもいいかな」

「うん。片付けようね、二人で」

 他人から得る笑顔がこんなにも気分を良くするなんて上京して初めてかも知れない。そう言わんばかりに猪俣 智司は心の中で歓喜していた。こんな世の中でも拾ってくれるんだなと思い馳せていた。

 とは言うが猪俣 智司も一ノ瀬 涼香もなにから手を付けていいのかが分からなかった。こういう時は部屋主である猪俣 智司が先導するべきだった。その思いに応えようと猪俣 智司は意を決し立ち上がった。

「まずは……衣服を畳むべきかな? 丁寧に」

「うん。手伝うね、私」

「んじゃあ俺が集めるから畳んでくれるかな?」

「うん」

「有難う」

 役割分担が出来た。これから付き合っていく上で必要不可欠なことだ。もしかしたら着ていく服を選んでくれるという淡い妄想を抱き始めていた。だがそれは真面目によりシャボン玉のように弾け消えていった。

 わずか数秒の妄想によって現実を無茶苦茶には出来ないと想い猪俣 智司は心を改め直した。謎の間に一ノ瀬 涼香は首を傾げたかのような雰囲気に包まれていた。こんなにも純真で無垢な目線を送ってくるなんて反則だと猪俣 智司は想い焦がれた。

「どうかした? 猪俣くん」

「ぐ!? な、なにもない! さ、さ! 始めよう!」

「うん」

 つべこべ言わずに衣服を集め始めた。改めて自部屋を見ると確かになにもかもが散らかっていた。必要最低限とはいえ散らかり放題だった。こんな状態だから靴下がないなんて日常光景だ。だがその度に買い直すのも億劫になりそうだった。

「なんだか。裸足の理由が分かったな。フフ」

 図星だった。今の猪俣 智司は裸足でいた。自部屋と思えば困ることがなかった。別に学校みたいに画鋲がある訳でもないしと警戒心の欠片もなかった。ただ難点があるとしたら寒いに襲われるということだ。さすがの猪俣 智司もカーペットなしには耐えられなかった。スリッパも考えたが履いたり脱いだりは面倒だと感じた。それから今のスタイルが生まれたのだった。

「今後は気を付ける。……とそれよりもと」

 猪俣 智司は集めた衣服を一ノ瀬 涼香の横に置いた。これでもまだ散らかっていた。あと一回は集めないといけなかった。こうなったらさっさと終わらせようと猪俣 智司の速度が上がっていった。負けじと一ノ瀬 涼香の衣服を畳む速度も上がった。意外にも手際が良かった。これならすぐに終わりそうだった。

「す、凄い。俺ならもっと時間が経っていた」

「へへ。日々の練習の成果だよ。さ! 最後の一踏ん張りだよ」

「ああ」

 二回目の衣服は一回目と比べると量は減っていた。その為に衣服を集めるのが意外に早かった。だがそれよりも驚いたのが一ノ瀬 涼香の畳み上手なことだった。てっきりそこも不器用なのかと思っていた。これならスムーズに片付けが出来そうだった。

「あ! 畳んだ奴は俺が運ぶから!」

 突然の機転とかにより一ノ瀬 涼香は一度も立ち上がることがなかった。その代わりに丁寧に折りたたまられた衣服が四角いミニテーブルの上に置かれていた。かさばるように置かれた衣服を静かに手に取るとクローゼットへ歩き始めた。

「ううん! 後で私も運ぶ! 猪俣くんは整理整頓に集中して!」

 散らばっていた衣服を丁寧に畳みながら言ってきた。この時の猪俣 智司はそう言えば整理整頓もしないといけないと感じた。確かにどこになにをしまうのかを考えないといけなかった。クローゼットに辿り着くと一ノ瀬 涼香が気になった。軽い気持ちで振り返ると一所懸命に俺の衣服を畳んでくれていた。

 有難うの気持ちで一杯になり一ノ瀬 涼香への好感度が上がった。こんなにも人を恋しくなったのは久しぶりだった。猪俣 智司はクローゼットの方を向くと戸を開け始めた。

 中を見ると空っぽだったがすぐに埋まるだろうと感じていた。とりあえず明日とかに着る奴を手前にスペア的な衣服は奥にと分けておくことにした。この方が取りやすいと感じたのは変なのだろうか。

「猪俣くん。はい!」

 集中が解けると猪俣 智司の横に一ノ瀬 涼香がいた。これまた丁寧に両手で持たれた衣服が差し出された。余りの近さと淡い香りが猪俣 智司を襲った。だがなんとか耐え抜いた。

「あ、有難う!」

 恥ずかしさを言葉で誤魔化し一ノ瀬 涼香から丁寧に畳まれた衣服を受け取った。拭いきれない恥ずかしさと共に嬉しさがあったようで猪俣 智司は子供に戻ったようだった。浮かれながらも衣服をしまっていった。

「……これで良しと」

「うわぁ。大分片付いたね! 猪俣くん!」

「ああ。それもこれも一ノ瀬さんのお陰だよ。本当に……有難う」

「後は……閉めるだけだね」

「だな。……んじゃ」

 静かにクローゼットの戸を閉めた。まだ入りそうだが使いこなせそうになかった。とりあえず入りきったのだからそれで良しと二人は感じていた。いちようだが衣服の片付けは終わり後は掃除機を掛けるだけという時に限り猪俣 智司はあることを思い出した。

「あ……悪い。掃除機、使えないや、近所迷惑だから」

「そうなんだ。ううん。それじゃ仕方ないよね」

「ごめん! 余り大袈裟にしたくなくて!」

「ううん。謝ることじゃないから安心して。猪俣くん」

「有難うな!」

「それじゃ……小さな物の片付けになるのかな? 今後は?」

「確かにそうだな。言われて見れば足元が危ないところがあるかもな」

「片付けたら危なくなくなるね!」

「ハハ。そりゃそうだ! んじゃ片付けるとするか」

「うん!」

 こうして二人は片付けをし続けた。これも一ノ瀬 涼香が同棲するからだ。さすがに来てすぐに物の在り処が分かる訳もなかった。だからこそに猪俣 智司は夜の暗さのことを考慮し危なくないように小さな物すら片付けようとした。

 こうして二人の同棲生活の幕開けが着実に行われようとしていたのだった。

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