絶賛ニート中の俺に不器用系天使が舞い降りた件

結城辰也

第1話 許嫁の上京

 明けない日はないと誰かが言った。

 ぼっち族からすれば太陽なんて沈むだけだろう。

 そう。猪俣 智司はひねくれたことを考えていた。

 無職からすれば時間なんてお湯の中の氷だと感じていた。あっという間にくる太陽に怯えながらただ過ぎ去る時を待つ。

 意味のない人生を送ることに違和感はなくなっていた。もう既にこれが俺の人生なんだと悟り始めていた。遂には独り言を語るかも知れなかった。

 そんな異常な空気の中で一筋の転機が訪れようとしていた。呼び鈴が鳴ったのだ。まるで起きろと言われた気分だった。

 だが猪俣 智司は出たところで良いことはないと思い込んでいた。亀の甲羅のように掛け布団を羽織り頭を引っ込めてしまった。なによりも大抵の訪問者は居留守を使えば帰っていくと思い始めていた。

 だが今回の訪問者は諦めが悪くまた呼び鈴を鳴らした。この時に一度ならず二度までもということは普通ではないことを猪俣 智司は悟った。

 仕方がないと掛け布団から頭を出すと寝惚けながらも瞼を開けた。

「あー! ちょっ待って! 出るから!」

 猪俣 智司は外の訪問者に聞こえるくらいの声量で言い放った。訪問者の耳に入ったのかその後は呼び鈴が鳴ることはなかった。

 大雑把に掛け布団を片足で払い抜け猪俣 智司はベッドから脚を出した。立ち上がるためだが寝起き過ぎて覚束なかった。やはり足腰に力が入らずゆっくりと歩く羽目となった。それでも着実に歩を進め吹き抜けた廊下に差し掛かった。

 もうここまで来れば壁を頼りに歩けばいいだけだった。猪俣 智司の視界にはもう玄関ドアが映っていた。後は今まで通りのペースで辿り着くだけだった。無事に玄関ドアに辿り着くと取っ手を握り下ろしゆっくりと開いたのだった。

「どちらさまですか。……え?」

 訪問者は静かだった。だから逆に誰かと訊いた。それでも訪問者は返事をすることなく玄関ドアが開き切った。そのことで訪問者が誰なのかが猪俣 智司には分かってしまった。急に訪問してきた人物は母友の幼馴染だった。

 だがどうして? と猪俣 智司は口をポカーンとしていた。そんな様子に母友の幼馴染は首を傾げ笑顔で応えようとしていた。

「おめでとう。今日から一ノ瀬 涼香が貴方の許嫁だよ」

「は!? 許嫁!? なんだよ!? それ!?」

「なんだよ、それって。忘れたの? 嘘でしょ!?」

「ちょっ待て! 今! 思い出すから! 黙っててくれ!」

 こっちも信じられないと言わんばかりに猪俣 智司は慌てていた。幼馴染で高嶺の花で有名の一ノ瀬 涼香が俺の許嫁だなんていつ決まったことなんだと思い悩んでいた。だが記憶の片隅に靄がかかっているような気がした。

「約束したよね!? 許嫁になっても絶対に守るからって! 言ったよね!?」

「あ……。言った」

 一気に靄が晴れた。完全に思い出した。確かあれは猪俣 智司と一ノ瀬 涼香がまだ子供だった頃だ。たまたま耳に入った許嫁の情報を鵜呑みにし二人きりの時に約束していた。

「凄く……嬉しかったんだよ? なのに――」

「違う。そうじゃない」

「え?」

 確かに猪俣 智司は約束をした。だが天と地のように離れていく一ノ瀬 涼香を見て記憶の片隅への追いやっていただけだった。封印していた記憶が感情をどんどん呼び覚ましていく。思い出せば思い出すほどに理想が重たく圧し掛かってくる。

「俺は……ただ――」

「分からないよ。でもこうして逢えたんだよ? 前向きになろうよ。ね?」

 高嶺の花になっていく一ノ瀬 涼香を見れば劣等感を抱くのも無理はない。それにしても一ノ瀬 涼香も田舎で就職活動をして内定を貰っていた筈。それなのにどうしてここへ来たのだろうか。それほどまでに放っておけなかったのだろうか。

「なれるかよ。どうしたって無理なもんは無理なんだよ」

「我慢……してきたんだね? 一途にいることがこんなにも後ろめたいなんてさ。しんどいよね?」

「え?」

「ごめんね。世間体になんかに負けて。ううん。私が悪いのかも。親に逆らえなかったんだから。でもね。いいこともあったんだよ? 初めて親に感謝したの。こんなにも一途になれたなんて初めてだったから。嬉しかったな。あの時は凄く」

「そんなに……俺のことを?」

「うん。一期一会ってこういうことなのかなって思ったよ」

「俺は――」

「本当に私って駄目だね。不器用で」

「そうじゃない! そうじゃないんだ! 一ノ瀬!」

「え?」

「むしろ謝らないといけないのは俺なんだよ! ……俺! 自分のことばかり考えていた! でもそれ間違ってた! 俺! いや! 一ノ瀬! 是非! 俺の許嫁になってくれ! そして一緒に歩もう! 亀だって辿り着けるところ見せてやろうぜ! 俺達で!」

「うん!」

 全ての靄が晴れた。一ノ瀬 涼香も泣きっ面に笑顔だった。雨上がりのような希望が二人に芽生えそこはまるで新世界だった。晴れ渡る新世界は新鮮だった。初めて出会った時のことがまるですぐそこに現れたようだった。

 一途の恋が互いに亀になることを選んだのだった。愛は育まれ次第に二人の絆は強固のものになる。たとえ意図せぬ出来事だとしても人が出会う限り希望はある。それでも決して無敵になった訳ではないが立ち直れる術を手に入れたも一緒だった。

 これからの二人が一緒に暮らしなにを齎すのかは誰にも分からないのだった。

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