第40話 ハデルはダンジョンを魔改造する

 極限にまで集中したハデルがダンジョンコアを中心に刻印こくいん魔法をきざんでいく。

 白い部屋に蒼白い線が、術式が、魔法陣が描かれていく中、カタリナ達とサラシャ達はそれぞれその様子を見ていた。


「……これが『シルクのダンジョン』を底上げしていた力、か」

「見たことのない……、驚くべき技術ですね」


 感慨深くサラシャが呟く。パシィも驚き自然と言葉がらしている。


 しかしそれもそのはず。ハデルが今ほどこしている刻印魔法はかなり特殊だからだ。

 今行っている作業はハデルオリジナル。真似しようにも誰も真似できないもの。

 見たことがないのは当たり前だ。


 ハデルが行っているダンジョンの魔改造はダンジョンコアの改造と言っても差し支えない。


 ダンジョンコアとはダンジョンの力の根源。このコアを通じることによってダンジョン全体をコントロールし、影響を及ぼすことができる。

 それを改造するということはダンジョン全体を改造することに繋がる。

 しかしこのようなだいそれたことを——例え精霊族ハイエルフと言えど一人でできることはできない。

 よってハデルはブル達マザーダンジョンのコアの力を借りて、魔改造を行っている。


「——」


 ハデルは空中に魔法陣を描き、「ピン」とはじく。加減された力で移動したそれはちゅうで止まり、固定された。

 固定するとハデルは次の魔法をえがき繋げていく。


 ダンジョン全体に影響を及ぼす術式を組むには膨大な量の魔法陣に術式が必要だ。このコアルームの平面部分だけで足りるはずがない。よって足りない部分はこうやって空中に一時固定し立体的に繋げている。


「——」


 ある場所では新しい魔法術式が描かれ、蒼白いラインが宙に浮かぶ。これはベルデを通過しロッソを通り、そしてコア状態のブルを通過し、このダンジョンのコアへ吸い込まれていく。コアが光ったかと思うとすぐに元の明度に戻った。


 異様。


 あまりに異様な光景に職員三人娘は只々ただただ驚くだけだった。


 (何が……。何が起こっているのですか)


 カタリナは只々驚いていた。


 管理人と聞いて正直彼女は不快ふかいに感じていた。

 ハデルが来る前までは彼女がこのダンジョンのリーダー的存在だった。管理人代行としてナンシーやリナをひきいて、真面目に仕事をこなしているはずだった。


 しかし突然魔国本国から管理人が来ると聞いた。

 くやしかった。次の管理人は自分と思っていたがゆえに。


 ハデルと顔を合わせて何故彼が派遣はけんされたのかを知った。

 彼女の不手際でこのダンジョンが破棄寸前にまでおちいっていたことを知って、唖然あぜんとした。


 しかしこの神秘的な光景を見てハデルが派遣された理由を納得するのであった。


 誰も近付けさせない雰囲気を保ったまま数日に渡りハデルはひたすら術式をんでいくのであった。


 ★


 ある日の事。ダンジョン職員三人娘はいつものように出勤する。

 それぞれが挨拶しコアルームを覗く。

 するとそこにはいつものようにハデルがおり——最後の言葉を告げた。


「収束」


 空中に展開された紋様もようが一気にダンジョンコアに吸い込まれていく。

 入れる場所がない程に展開された魔法術式が一気にダンジョンコアに吸い込まれていく。

 その様子をみて「おお」「にゃ?! 」「わっ! 」とそれぞれ驚き後退した。

 が次の瞬間ハデルから声が上がった。


「終わったぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」

「お疲れ様」

「お疲れさまです」


 ハデルが両手を上げて一気に後ろに倒れ込む。

 それに部屋の隅にいたサラシャとパシィがねぎらう。


「ふぁぁぁ。おれっちも疲れたぜ」

「少し休ませていただきましょう」


 ロッソとベルデがそう言いゆっくり移動する。

 いつの間にかリス型精霊獣モードに戻ったブルは何も言わずにそのままリュックサックへ入っていった。


「じゃ、一眠りさせてくれ」

「契約書は任せて」

「頼んだ」


 そう言い残し、ハデルはそのままの状態で眠りにつくのであった。


 ★


 頭にやわらかい感触を受ける。

 ……、いつも枕にしていた三リスの体だろうか?

 いや毛の感触がない。違うな。

 しかしなんだか心地いい。もう一回意識を放したいくらいに……。


 と思うが、気付く。

 やべっ! 契約更新日!!!


 まずいと思い急に頭を上げる。


 ゴン!!!


「痛っ!!! 」

「いてぇ! 」


 額がひりひりする。

 頭をさすりながら右に左に様子を見る。

 俺の隣にはサラシャが同じようにひたいをさすっていた。


「酷いよぉ。いきなり頭を上げるなんて」

「わ、わるい……」


 俺が謝るとサラシャが「全くもう」と立ち上がった。

 見えそうに……見えない!!!

 ちらりと視界にパシィが映る。

 すると口だけを動かして「残念でしたね」と伝えてきた。


「はい。これ」


 俺が心の中で「全くだ」と思っているとサラシャが紙を渡してきた。


「例の更新用の契約書」

「お、出来上がってたか」

「これでも執務しつむは得意だからね」

「事務に強い奴がいると助かる」


 そう言いながら俺はサラシャから契約書を受け取る。

 内容を確認し、俺も立った。


「さぁ行くか」


 こうして俺達は契約の更新へ向かった。


 ……ところで、今さっきの感触はもしかしてサラシャの膝枕ひざまくらだったのか?


 ★


 町役場の会議室。そこには俺と赤鬼の男性、そして商人風の一角魔族の男性がいた。

 赤鬼の男性は腕を組みイライラした様子で足を組んでおり、青年に見える一角魔族の男性は落ち着いた様子で町長を待っていた。


 俺達が来た当初、この二人驚いた表情で俺を見た。

 新しく俺がダンジョン管理人として配置されたのを伝えると、赤鬼は不機嫌になり、魔族の商人は考える様子をしながらも自己紹介をして席に座った。


 現在カタリナ達職員三人娘は連れていない。

 町長とこの二人に付け込まれすきを与えることになりかねないし、なによりあなどられている。


 俺が新人だからということで侮られるかもしれないが、隣にはサラシャ王女という権威けんいかたまりがいるから大丈夫だろう。

 後は強引に話を進めるだけ。


 なにせこれから行うのは交渉ではない。脅迫だ。

 ま、どんな方向に転んでもこれまでのつけは払ってもらうが。


 ピリピリとした雰囲気の中、ノックの音が部屋に響く。

 商人の男性が返事をするとそこから町長が入って来た。

 町長ギュンターが中に足を踏み入れると、忌々いまいまな目線で俺を見る。

 俺がニヤリと笑って返すとギュンターは唇をむ。


 そんなやりとりをしていると「早く始めろ! 」と赤鬼の男性が怒声を上げた。


「ではこれからダンジョンに関する諸事項の契約更新を行います」


 ギュンターは腰を降ろして、会議の開始を告げた。

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