第26話 ハデルはブチ切れ無双する

 受付に戻ると出た時とはまた違う雰囲気を感じた。

 サラシャとパシィもそれを感じたのか少しまゆを寄せている。

 気にしても仕方ないと思い、鑑定が終わるまでどこか座る場所でもないかと考えていると、なにやら獣人族の男が近寄って来た。


「おい、そこのやさ男。ここはおめぇみてぇな奴が来るところじゃねぇぞ」


 この狼獣人はそう言いにらんできた。

 それを軽く受け流し奥を見る。

 すると全員がニヤニヤと俺の方を見ていた。


「ああ“? なににやついてんだ? 」


 おっと、いけない。顔がゆるんでいたか。


「まぁいい。ここはお前見てぇなひょろい奴が来るところじゃねぇ」

「あぁそうだ。これはお前のための忠告だ」

「ま、情報料として金と女を置いて出て行きな」

「別に置いていかなくても良いぜ? ま、そん時は町でどんな目にあうかわからねぇがな」

「「「ハハハ」」」

「ちょっと! 」


 流石にサラシャがキレたのか大声を上げて前に出ようとする。

 奥から「おお、こぇこぇ」と聞こえるが俺が彼女を制する。


「ここまで言われてどうし……上を向いて、本当にどうしたの? 」

「俺は今猛烈もうれつに——感動している! 」

「「はぁ? 」」


 意味が分からないという声が上がるが、あふれる涙を手で押さえてそれどころじゃない。

 魔国の冒険者ギルドに来てまさかの事態。

 思えば俺がAランクに上がったところから、冒険者ギルドで俺にたてついて来る者はいなくなった。

 もう百年以上……いや百五十年以上になるのか。


 この久々のやり取り!!!


 流石魔界である!!!


「こいつ気でも狂ったのか? 」

「ま、身包みぐるみでもいでさっさと楽しもうぜ」


 だが感動と彼らの行為は別である。


「……さてここは冒険者ギルドで盗賊のアジトではないはずだが? 」


 と受付の方に顔を向ける。

 しかし今さっきまで対応してくれていた羊魔族の受付嬢がいない。

 聞く相手がいない状態に首を傾げていると誰かが奥に運ばれている。

 その代わりなのか奥から魔族の男性が受付に立った。

 再度聞くと彼は答えた。


「ああ。ここは冒険者ギルドだ」

「でこれら盗賊行為は許されるので? 」

「……はぁ。冒険者同士の争いにギルド側は関与しない」

「ということだ」


 受付の男が「こんなこともわからないのか」と言う表情をし、狼獣人の男がいやらしい笑みを浮かべてそう言った。

 すると獰猛どうもうな目をして俺に聞いてくる。


「なんだ、その目は? 」

「何だも何も、お前達の品の無いやり取りに呆れていたところだ」

「んだとぉ! 」


 獣人族の男が詰め寄って来る。

 どうもこいつは沸点ふってんが低いようだ。


「馬鹿にしやがって……。俺達と決闘しろ! 」

「ほぉ」


 良い心構えだ。


「もちろんそっちは金と女をけろ」

「金は良いが、女はかけられん。俺の物ではないのでな」

「ボクは良いよ、その賭けに乗って」

「?! サラシャ? 」


 俺が驚き声を上げると隣まで来て小さな声で聞いて来た。


「勝てる見込みがあるんでしょう? 」

「というよりも負ける気がしない」

「ならボクが懸けに乗る分相手が賭けるものをり上げてよ」


 ギャンブラーだな、おい。


「ちっ! なにいちゃついてんだ! 」


 俺とサラシャが話しているとイラついた声が聞こえてきた。


「彼女が良いってさ。がお前達、サラシャに見合うものをかけれるのか? 」

「たりめぇだ! 俺達を何だと思ってる! 」


 冒険者の名をかたった盗賊、とは言わずに笑顔を向ける。


「で何を賭ける? 」

「全財産」

「なら俺達もそれに乗った」

「裏に訓練場がある。そこでやろうぜ」


 そう言われ俺達は裏にある訓練場に出た。


 ★


「頑張れー。ハデル」

「負けたら切り刻みますよ? アレを」


 パシィの言葉を聞いた瞬間俺は寒気に襲われた。

 これは余計に負けられない。


 ここに来る前受付に念書ねんしょを書かされた。

 どんな被害が出ても冒険者ギルドは関与しない、と。


 この受付は定期的にこんなことをしているのだろうか。

 恐らく奴もこいつらの仲間。勝ち取った報酬の一部でもふところに入れているのだろう。

 いやらしいその顔が本当にムカつく。


 がそんなことはどうでもいい。

 まずこの決闘はどうやって相手を殺さないかがきもだ。殺してしまったら財産を没収できない。普通にやったら絶対に殺してしまう。


「どうした無言で」

「いや。お前達の意地の汚さにあきれていただけだ」

「誰も一対一とは言ってねぇだろ? それにこいつらも賭けに乗ってんだ。それなら戦闘に参加する権利はあるはずだ」


 こんな時だけ頭が回るというかなんというか。

 はぁと溜息を吐きながら奥を見た。


 大体三十人ほどだろうか。奥には魔杖を持った奴もいる。

 その魔法使いを護るように前に盾役と剣士が配置していた。

 盗賊っぽいが一応は戦闘集団ということか。


「ではこれより決闘を始める。勝負は相手が降参するか死亡するか。負けた方は全財産没収と言うことでよろしいですか? 」

「ああ」

「おう」

「では……始め! 」


 と手を切った瞬間後衛の魔法使いが吹き飛んだ。


 ★


「な、なにが……」

「グッ! 」

「ひぃ! 来るな! 」


 開始の合図がされた瞬間ハデルはちゅうを舞い後衛にひかえる魔法使いを壁にめり込ませた。

 冒険者盗賊達は消えたハデルを見失い、そしてどんどんと壁にめり込んでいく。

 四・五人めり込んだ時、やっと異常状態に気付く他の冒険者盗賊達。

 が時すでに遅く、気付いた瞬間から壁に地面にめり込んでいく。


「手応えねぇなぁ! こんちくしょう! 」

「な、何なんだよ、お前! 」

「魔法を使うまでもねぇなぁ! 冒険者はここまで質が落ちてんのかぁ! 」


 そう叫び怒気を上げるハデル。

 からまれたこと自体は気にしていない様子だったが、サラシャを賭けの対象にされたことに怒りを感じていた。

 ハデルの怒気に当てられた冒険者達は一気に恐慌にかられて逃げ出そうとする。


「逃げんなよ。金蔓かねづる


 だがその冒険者の前まで移動し頭をつかみ、地面にめり込ませた。

 決闘とは言えない一方的な蹂躙じゅうりんが始まり一分が立とうとした時、審判である男が我に返る。


「け、決闘。や、やめっ! 」

「何言ってんだ、てめぇ? まだ降参してねぇだろ? 」


 そう言いながら顔面血だらけの男の髪を持ち上げた。

 それを見て「ひぃ」と情けない声を上げる受付だったが気にする様子もなく更に続ける。


「それによぉ。この決闘とやらは冒険者ギルドは不介入じゃねぇのか? 」

「わ、私は審判だ! 」

「だが貴様は『冒険者ギルド職員』だろ? 違うか? 」


 それを言われ言い返せれない審判役。

 ルールの決定的な不備ふび。それは「不介入であるがために、止める権利を有していない」と言うこと。

 彼らは今まで「勝てること」を前提ぜんていに決闘を行っていた。

 三十対一。誰もこの戦力差をくつがえせるとは思わないだろう。

 しかし圧倒的な強者が現れたらどうなるか。簡単である。誰もそれを止めることは出来ない。


「オラオラオラ! 観客共! かかってこいやぁ! 今さっきまで笑ってみてたやつだ——っよ」


 と男冒険者を観客席に投げ飛ばし、椅子にめり込ませる。


「ひぃ! お許しを! 」

「根性がねぇなら観戦にもくんな!!! 」


 鬼神の如くいかれるエルフハデルの顔を見て気絶する冒険者。

 異臭漂う中腰を抜かして呆ける受付魔族。

 この蹂躙は会場が全滅するまで行われた。


「こ、これは一体何事ですか?! 」


 轟音ごうおんに気付いた、——最初にハデル達の対応をした受付嬢が駆け寄りハデル達に聞く。

 状況を把握していると他の職員達も入ってくる。

 受付の男性と冒険者達がやらかしたことがわかると、ハデル達に一斉に土下座で謝った。

 ハデル達は賭けに乗った全ての冒険者達に支払いをさせるようにだけ言い残し去っていった。


 この世に三人しかいないEXランク冒険者『ハデル・エル』。


 またの名を『大災害級精霊術師カタストロフ』。


 彼の異名は単に強さだけではない。好戦的な彼が巻き起こす騒動を含めて『大災害』なのだ。


 今日この日から冒険者ギルドアベル支部の凋落ちょうらくが始まった。

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