第22話 ハデルは謁見する

 上から胸元まである長い桃色の髪をもつ女性が俺を見下ろしている。

 リリス・アスモデウス、とサラシャに呼ばれた長身の美女はどうやらこの国の王のようだ。

 彼女が俺に黒い瞳を向けている。

 相手におじづかないように俺も目をそらさない。


 む。よく見るとサラシャに似ているな。

 少し全体を観察してみる。


 後ろから前に、くように伸びる二本の角。顔立ちもサラシャに似ており確かに親子。サラシャをあどけなさが残る少女と例えるならば、差し詰め前にいる色欲の魔王様は大人版サラシャと言った感じだ。


 だが似ていない点も幾つか見られる。

 まず母性あふれるその胸はセパレートの服装には合わなかったのか、はみ出ている。美しく白い美脚びきゃくは玉座で組まれ、俺をき付けている。


 ん~。なんともエロいお姉さんだ!!!


 サラシャの母親と言うことは種族は淫夢魔サキュバスか、その上位種だろう。

 そう考えていると下から声が聞こえてきた。


「ちょ、ちょっと何見つめ合ってるのさ! というか頭下げて。ほら早く! 」


 何か聞こえるが気にしない。

 やはりこれは採用試験の一環いっかんかもしれない。さっきから何度か魔力感知を受けている。やはり俺を見定みさだめようとしているようだ。

 だが俺も職の為ここで引くわけにはいかない! 更に見つめて意気込みを送る。


 そのまま魔王のお姉さんを見つめていると、みずみずしい唇が少し開いて、閉じた。

 どうしたのだろうか。何か言いたそうだが躊躇ためらっている感じだ。

 何か言いはばまれることでも言おうとしているのか?

 まさかの不採用?!


「だ……」

「だ? 」

「誰がこんな化け物連れてきたのじゃぁぁぁぁぁぁ!!! 」


 精神干渉ただようこの謁見えっけんの間。

 魔王の悲鳴ともとれる声が——とどろいた。


 ★


「どういうことじゃぁ、じいぃ! 」

「どういうこと、とおっしゃいましてもハデル殿をお呼びしたのは陛下ではありませんか」


 魔王ことリリス・アスモデウスはシュラーゲンの肩をつかみガタンガタンとさぶっている。

 しかし慣れているのか揺さぶられながらも、彼はおくすることなく主にそのまま答えた。

 だがとうの魔王様は涙目だ。

 せっかくの美人が台無しですぜ?


「わ、わらわはダンジョン管理のエキスパートを呼んだはずじゃぁぁぁ。どこに魔王を簡単にほうむれるほどの化け物を呼ぶ馬鹿がいるのじゃぁぁぁぁ」

「指名し呼んだのは陛下ですよ? 」

「そうじゃったぁぁぁぁぁ」


 ぐぉぉぉぉぉ、と頭をかかえてうずくまる魔王様。

 少し引いてサラシャを見る。

 すると何が起こっているのかわからないような表情で俺を見上げた。


「な、何が起こってるのかな? ボクあそこまで混乱した母上をみたことないんだけど」

「そ、そうか……。なんかご愁傷様しゅうしょうさま


 サラシャの戸惑いの表情が——いたたまれない。

 非常に、いたたまれない。

 なんか……ごめんなさい。


「一体なんじゃあの膨大な魔力量?! 有り得んじゃろ! 」

「はて……。ワタクシは何も感じませぬが」

「力量差があり過ぎるからじゃぁぁぁぁ!!! 」


 さっきまで大人の雰囲気溢れていた美女は涙目で俺の方を指さしてそう言った。

 混乱しているのか更に激しくシュラーゲンを揺さぶり女王が落ち着くのを俺達は待った。


 しかしシュラーゲン。俺に目線を送ってきても、どうしようもないのだが。


 ★


「コホン。先程は取り乱して済まぬ。わらわはこの魔国の魔王にしてそこにおるサラシャの母。『リリス・アスモデウス』じゃ。そして隣にいるのが——」

「リリス陛下の補佐をつとめています。宰相『シュラーゲン・ウァプラ』ともうします。先程は陛下が失礼を働き申し訳ありません」

「な、何を言うか! そんなことはない! 」

「あれだけの事をしでかして何を言いますか」


 揺さぶられ過ぎて服をヨレヨレにしたシュラーゲンがため息交じりにそう言った。

 何というか、おじいちゃんとその娘みたいなやり取りだな。

 さっきの騒がしさから一転しなんだかほのぼのしてくる。


「でじゃ。サラシャに聞いていると思うが」

「こちらアベルの町に関する書類と職員証になります。身分は魔国所属ダンジョン管理局職員となります」

「ちょっ! じぃ! なに勝手に話を——」

「しかしながらヘッドハンティングでの採用。反発はんぱつする者出てくるでしょう。ですので——」

「アベルの町で実績を作れ、と」

「そう言うことになります」


 シュラーゲンが深くうなずき更に俺に近寄って来た。

 シュラーゲンの後ろでリリスが涙目になっているが……気にしたらダメだ。今は仕事の説明中。


 執事服の三角魔族は俺のところまできて、黒いトレイに置かれた書類のたばと黒い職員証を渡してきた。

 シュラーゲンに言われる通り職員証に魔力を流して個人登録。今まで黒のみだった職員証に金色の文字が描かれていた。


「そちらは魔力紋を利用した最新式になります。別の方が身分証明のために魔力を流すと消えてしまいます故お気をつけください」

「じぃ! 妾が説明する手筈てはずだったじゃろ?! 何故なにゆえ一人で進め取るのじゃ?! 」


 リリスが怒るとシュラーゲンが玉座の方を向いた。


「リリス陛下が喋ると横道よこみちにそれそうだったので」

「そ、そのようなことはない! 」

「では説明は終わりました。現地に、現地で公務員として雇っているダンジョン関係者がいますのでその方達と調節してください」


 シュラーゲンの言葉を受けて俺とサラシャはその場を後にする。

 最後にリリスが何か叫んでいたが、隣のサラシャが顔を真っ赤にしていたので気にしてない風で扉を出た。


 親の痴態ちたい、か。


 ★


 ハデル達がいなくなった後の謁見の間にて。


「陛下。ハデル殿をとどめて良かったので? 」

「……率先そっせんして話を進めたのはじぃではないか」

「あれは陛下にとどめる意思があると知っての行為。留めないのならば不採用で突き返す予定でした」


 それを聞きリリスは「ふん」と不貞腐ふてくされた顔をして足を組み替える。


「……様子見じゃ。彼の者はサラシャのお気に入りじゃしのぉ」

「相変わらずサラシャ姫に甘いですね」

「仕方なかろう。一人娘なのじゃから」


 それを聞き「はぁ」と溜息をつくシュラーゲン。

 リリスは思い出すかのように遠くを見た。

 ぶるっと体を震わせてぽつりとつぶやく。


「恐ろしい程の魔力をもっておったのぉ」

ちなみにですがどのくらいの魔力を持っていたので? 」

「ふむ。まず魔王共ではかなわんじゃろ」

「……急に胃が痛くなり始めました」

「妾は見たことないが、もしかしたら魔界にあるマザーダンジョンなるものを攻略した大魔王に匹敵ひってきするやもしれん」

明日あす病院に行っても? 」

「逃げるのは無しじゃぞ? 宰相兼ダンジョン管理局局長殿」

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