第9話 失くしものを探しに
「斗空、龍は独占欲が強いというのは分かるが……あまり人前でやられるとこっちも恥ずかしいから自重してくれ」
繰り返し私に唇を落とす斗空に対し、痺れを切らした母が声をかけた。
「これは浄化です。翠花が他の男に触れられたのに、そのままで放置なんて我慢がなりません」
そう言った斗空は私の額に音を立てて口付けすると漸く離れた。
「……そんなに馬鹿みたいに見せつけてくれなくても大丈夫だよ。僕はこの人にそういった興味なんてない」
ウンザリした様子で玖然はため息を吐いた。
「そうだよ斗空、さっきのは子どもの悪戯みたいなものだよ。私も気にしていないから忘れよう」
上手く援護したつもりが、玖然は何故かムッとした表情になり、斗空は眉を吊り上げた。
「子どもの龍は発情しませんよ。あの反応は、生殖能力があるという事です。全く……本当に危険ですね、君の危機感の無さも」
今度は私が斗空に睨まれた。
色々間違った発言だったみたい……普段穏やかだから、この怒りは本当に怖い。
「ところで、翠花。こんなに朝早くから来るなんて、何か急の用事があったのかい?」
母が話題を変えてくれた。
「あのね、斗空に相談したいことがあったの。お母さんもいるのだと尚更良かった」
「相談?」
「先ずは確認なんだけれど、『魃』の力の影響ってあとどのくらい、何年続くものなの?」
斗空は一瞬目を瞑り怒りを消したようだ。涼しい表情に戻ってから問いに答えた。
「そう……ですね、『魃の乾きは100年』と言われるので、その位の年数は覚悟する必要があるかと。完全に元通りになるには更に年月がかかると思います」
「うーん、やっぱり数年でって訳にはいかないのか。ええと……、実はさっき、私の木属性の力をこの土地相手に使ってみたんだ」
「あの野菜シャッキリの術をかい?」
「そう。大地に向かって命の痕跡を探して呼びかけた。そうしたらね、反応があって白山菊が咲いてくれたの」
「枯れた大地に花が⁈」
玖然が目を丸くして声をあげた。
「凄いでしょ。だからね、やれば出来るんじゃないかって思ったんだ。私がもっともっと鍛えて広範囲に術が使えるようになれば。ずっと早く村を元に戻せる。出来るよね」
前向きな答えがもらえるかと思ったのに、斗空も母も難しい顔をしている。
「出来ない。と答えたい所ですが……
斗空はチラリと母を見た。
「そこまで言ったら話すしかないだろう」
母は腕を組んだまま、しかめ面だ。
「翠花、覚悟が必要ですよ」
「私の覚悟で何とかなる話?」
「まあ、他にも何とかしなくてはいけない事は沢山ありますが、一番は君の意志です。村を元に戻す力をというならば、険しい道をいくことになります。今までのように穏やかな道は歩めないかもしれません」
安らかな日々を送るより大事な事。そういったものがある気がする。
「私が出来る事ならば」
覚悟を決めて答える。
「分かりました。では、君の『失くしもの』を取りに行きましょうか」
「私、何か失くしてたっけ?」
「龍珠を」
確かに。出会った頃から斗空は珠がどうのと言っていた。
「今は俺の珠で凌いでいますが、翠花本来の珠があったならば、もっと自然に、強力に力が使えると思います」
「私、いつ珠を失くちゃったんだろう?」
龍である事すら今日知ったのだ。珠の記憶なんて無い。
母はため息を吐きながら額を押さえていた。
「生まれたその日だよ」
「一体何があったの?」
「お前を産んだその日に襲撃を受けてね。流石の私も出産直後は充分に動くことができなくてさ、なす術がなかった。奴らは生まれたばかりのお前の胸を切り裂いて龍珠を取り出し、奪っていった」
「ええっ、それで私よく生きていたね」
「奇跡だとしか言いようがない。正直、私も死んだと思ったからね。
なんか、私、壮絶な誕生だったんだ。
胸に手を当てる。これは、会ったことがない父、そして水燕先生が守ってくれた命か。
「それで奴らって? その人たちに所に行って珠を取り戻せばいいのかな」
「そんなに簡単ではないと思うぞ。恐らく襲ったのは皇后『
玖然が苦々しく言った。
「ええっ、想像以上に大物っ⁈ でも皇太子殿下って当代の『青龍様』なんでしょう。自分の珠があれば充分じゃない?」
皇家は青龍の一族で、その時代ごとにその血が最も濃い者が青龍に転じることができるという。何で他の珠が必要だったんだろう?
「だから、僕の兄上が偽物なのさ。僕は一度、矢車草色の美しい珠を見たことがあるけれど、兄の持つ波長とは随分ズレたもので強い違和感を持っていた。つまり、兄は君の珠を、さも自分のもののように扱って皆を騙しているってこと。兄は青龍じゃない」
とにかく私の珠ってば、ひどく面倒な場所にあるんだ。
ん、ちょっと待って……心臓がドキンとする。
「じゃあ、本物の青龍はどこに?」
斗空がじっと私を見つめる。
「……君が春神『青龍』の正統な裔です」
冗談ではない、よね。斗空の目は真剣だ。
「やはりそうか。昨日『飛電』……雷の術を使っただろ。あれは古から伝わる青龍の得意技なんだ。陽家でも限られた者しか使えない、それを翠花は本能で使った。そして何より、普通の術では魃が枯らしたての大地に、花なんか咲かせられない」
玖然が頷きながら額を擦った。
何だか色んな物事が複雑に絡んでどんどん大きくなってきている気がする。
「分かったと思うけれど、単に珠を取ってくればいいと言う話では無いよ、今のこの国の歪み、そして皇后紫荊に立ち向かうことになる」
母は、私、斗空、玖然、3人の顔を順番に見た。
「ちなみに……僕の命を狙っているのも母上だ。兄上の秘密に迫ろうとして逆鱗に触れてしまった。つまり、妖の群れも、金翅鳥も、魃も母の仕業だ。……母上はどこかおかしい。国や民のことなんて気にしておらず、只々兄上を皇帝にすることに執着しているんだ。先ほどまでは、どこかでひっそりと生きていこうと思っていたけれど、君が立つならば助けになりたい。どうか僕も一緒に行かせてくれ」
「俺は嫌です。顔も知られている、お尋ね者のような方を……何で連れて歩かなくてはいけないんですか」
斗空は玖然の懇願をあっさり却下した。
でも、置いて行ったらきっと彼は色々と責任感じて悶々としちゃうそうじゃない?
「仲間は多い方がいいよ。変装! ほら女の子の格好とかして貰えばいいんじゃない?」
いい考えだと思ったのに、玖然からは思い切り睨まれ、斗空は吹き出した。
あれ、私またやっちゃった?
「何それ、僕を愧死させる気?」
「なるほど、確かに似合いそうですね」
「はぁ⁉︎」
「アハハッ、良かった。意外といい仲間になりそうじゃないか。殿下については一人でも村の人たちと一緒でも具合が悪い、翠花達と行く方がいいだろう。そっちには水燕を付け、根回ししながら都を目指してもらった方が良さそうだ。私は村の皆の移動を護衛した後に合流するとしよう」
母が今後のことについて提案した。腹を括ったのか、険しかった顔が今は幾分晴々としたものになっている。
「分かりました。後ほど水燕先生を交え、改めて策を練る必要はありますが、基本はその線で考えましょう。さて、そろそろ翠花のお腹が鳴りそうな時間なので朝食をとりに戻りましょうか。それこそ、我々の姿が見えなくて水燕先生が青くなっていそうです」
朝食の事なんて忘れていた。
けれど、昨夜も殆ど食べれないで寝たせいか、意識したら本当にお腹が空いてきた。
グ〜ッ
大きな音が鳴った。
ほらね、といった表情で斗空が微笑んだ。
母も玖然も笑っている。
ちょっと締まらなかったけれど、道は見えた。
やれるだけやってみようか。
私をこれまで育んだこの村に、再び緑と人の営みを取り戻すために。
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