第8話 出生の秘密

 次の日は早朝から晴れていた。

 

 昨日の疲れが出たのだろう。周りの子はまだ眠っている。

 お母さんは……戻ってきた気配がない。


 私はそっと寝床を抜け出すと岩谷の外に出た。

 夜明け前の空は薄桃色で、白く細い月が浮かんでいる。


 改めて確認した村の様子は酷かった。

 緑が溢れ多くの生命を育んだ大地はひび割れ、乾燥してボロボロになっていた。

 木々や花の匂いを届けてくれていた風は、今や埃っぽい空気を運んでくるだけ。

 

 大地に触れてみると、見た目通りのざらざらとした砂の感触がした。

 ずっとこのままなの? もう、草一本も生えない?


 目を閉じて、植物の気配を探る。

 沈黙。

 もっと奥へ奥へ意識を潜らせていく、地中深くにあるのは植物たちの恐れ。

 魃への恐怖が強く刻まれている。

 成程、これでは例え雨が降ったとしても植物達は目を覚さないだろう。

 私はさらに感覚を研ぎ澄まして、力を集めて地中に眠る種に呼びかけてみる。


——もう大丈夫、怖くない、怖くない。ほら、目を覚まして。

  あなたに会ってみたい。


 ググッと仙力を吸い取られるような感覚があり、触れていた場所が黒っぽい土に変わった。

 命の気配がする。


——さあ、出ておいで。


 ぴょこんと緑の芽が顔を出す。

 先が短く尖った葉っぱが翼のように生えて、濃緑色の茎は真っ直ぐに伸びていく。

 そして、中心の黄色を可憐な白い花びらがぐるりと取り囲む愛らしい花が咲い白山菊しらやまぎくが咲いた。


 やった!

 できた‼︎

 ちょっとフラフラするけれど……大地がほんのちょっとだけれど元に戻ったよ。

 って事は、直ぐには難しいけれど……この力を使えば何とかなるかもしれない。


 山の向こうから橙色の光が差し込んできた。

 枯れた大地が金色に輝く。

 

 よし。 

 私は斗空がいる洞穴へ向かった。

 見張りの人に、入っても良いか聞こうとした時、中から咆哮が聞こえた。

 かと思うと、灰みを帯びた青緑色の龍が凄い勢いで飛び出してきた。

 斗空……変色しちゃった?

 と思ったけれど、大きさも角の形も斗空とは違う。

 龍は身をくねらせて上空に飛び上がる。

 しかし途中で動きが止まり落下してきた。


 地面に叩きつけられた龍は体を痙攣させて、悶えている。

 

「怪我したの?」


 私は龍に駆け寄って鱗に触れた——熱い。

 ビクッと身を震わせた龍の体は、みるみる縮んで昨日の少年の姿に変わった。


「え、君も龍⁉︎ どうなっているの? っていうか大丈夫?」


 少年は人の姿に戻っても、体を引き攣らせ焦点の合わない瞳で呻いている。

 さっき触った時、異常に熱かったから、そのせい? 私は確認しようと少年の額に手を当てた。


「翠花っ! 離れてっ!」


 洞窟から駆け出してきた斗空が悲鳴のような声を上げた。

 何で? なんて聞き返す時間は無かった。

 少年が勢いよく起き上がり私を抱えた。そして、そのまま勢いよく跳躍をして斗空から距離をとった。


「ど、どうしたの?」


 問いかけに答えはなく、逃れようとしても腕はびくともしない。

 

「早く彼女を返しなさい」


 斗空は射抜くような鋭い視線を向けている。


 少年は私を抱きしめる手に力を込めた。

 苦しい、折れそう……。

 

「殺しますよ」


 斗空は私でも分かる殺気を放った。

 しかし、少年は私を解放してくれない。

 もう、何なの⁉︎


「本当に殺されちゃうよ。斗空、まだあれでも手加減しているの。お願いだから離して。ね」


 私の懇願は無視され、少年は速度を上げて走りだす。

 理性が飛んじゃったのだろうか、口からは獣が威嚇するような声がずっと聞こえている。


「君、こんなことする子じゃないでしょ。しっかりしてよ」


 昨日の冷静すぎる彼はどこに行っちゃったの?


「僕を選べ」


 少年が昨日より低音で呟いた。


「え、何?」


「だからっ、アイツじゃなくて。僕を選んでよ!」


 怒鳴られた。

 はい? ちょっと⁉︎ 本当に訳が分からない。

 人とは思えない速度で少年は駆け、それを斗空が追ってくる。


「渡すものか」


 少年は急に立ち止まった。

 視線の端に斗空が映り目が合う。

 あの顔、怒り心頭って感じだ……これは拙い。

 「落ち着いて」って呼ぼうとしたけれど出来なかった。


 少年が私の頭の後ろに手を回し、押さえ込むようにして唇を奪ったのだ。


 刹那、斗空が距離を詰めた。

 明確な殺意。

 手刀が少年の首を目掛けて繰り出される。

 少年を突き飛ばしたいけれど私を抱き込む腕は動かしようもない。

 ダメっ!

 怖くて思わず目を瞑った。


 ギィィィィィィィン


 金属同士がぶつかる様な音がした。

 目を開けると、信じられないものを見た。


 ——お母さん……


 巨大な偃月刀で、斗空の攻撃を止めていたのは母だった。


「斗空、こんな事でカッとなる様では、婿失格だよ」


 静かな声で母は告げた。


「申し訳ありません」


 斗空はハッとした様子で手を引くと、頭を下げた。


 母は武器を下げると、私達の方を見る。

 こんな状況なのに少年は私をぎゅうと抱きしめたまま離そうとしない。


「ご無礼いたします」


 母は一言そう言うと、少年の頬を張った。

 かなりいい音が響いて、彼はよろめいた。

 斗空が素早くやってきて、少年と私を引き離した。


「鎮めて差し上げてくれ」


 母の言葉に斗空は頷くと、少年の顔の前に手を翳した。

 斗空の掌が青白く光った後、少年の全身が淡い光に包まれた。

 それで漸く人間らしい表情に戻った。

 

「う、ぅぅ、僕は何て事を……」


 少年は項垂れた。


「無理矢理に龍形になろうとするからですよ。愚かな事を」


 斗空は冷たい声を放った。


「君たちが僕を解放してくれないから。逃げるには龍にでもならないと無理だと思った。……でも、これは、その……本当にすまなかった」


 少年は私にも深々と頭を下げた。


「何が起こったの? 龍、だったよね? お母さんも何だかとんでもなく強かったし……」


 私は斗空と母の顔を交互に見た。


「殿下、よろしいですね」


 殿下⁉︎ 母は少年をそう呼んだ。


「ああ、構わない」


「翠花、この方は青龍国の第2皇子、よう玖然きゅうぜん殿下だ」


 皇子様……だから子どもなのに偉そうだったんだ。

 そして、さっきの龍の姿にも納得。

 なぜなら、この国は「青龍」によって建てられた国で、皇族はその子孫で力の強い方は今でも龍の姿となることが出来るという。


「慣れない者が龍形をとると、著しく本能が刺激されるのです。食欲、性欲……が影響を受ける場合が多い様ですね」


 斗空は淡々と説明する。殿下は決まり悪そうに再び俯いた。


「この子は皇子様だった。それでお母さんってば何者? 真龍の攻撃を受け切るなんて、よほどの達人じゃない無理だよね」


「ははっ、今まで黙ってて悪かったね。水燕から村の秘密をは聞いたんだろ」


「うん。うちも訳ありだって事も。お母さんが強いのと関係ある?」


「バレたと思うけれど、私は元から料理人な訳じゃない。昔は青龍国の武官だった。その頃はこう月華げっかと名乗っていてね。結構名の知られた武将だったんだよ。色々あって身を隠していた」


「伯母さん。『色々』だなんて曖昧にせずに、本当の事を話たらどうなんだ。僕らの関係も含めてね」

 

 玖然は鋭く言った。


「本当の事?」


「確かに、お前の父親が誰かってことを。話しておかなきゃいけないかもね」


 母は嘆息した。


 これまでも父のことは何度か聞いていたけれど……


「どこか抜けている、とびきりの男前って以外にも何かあるの?」


「アイツの実家について話したことはなかっただろ」


「確かに……ひょっとして身を隠す必要って、実家が反逆者だったとかなの?」


「違う。実家が皇家なんだよ」


 我慢できなかったのか、玖然が口を挟んだ。


「はい?」


「だから、君の父君は僕の父の兄なんだ」


「嘘ぉ」


 皇子様と従兄弟同士ってこと?

 

「それって、まさか……私も龍?」


 恐る恐る斗空を見る。

 

「ええ。君は龍です」


 斗空はあっさりと答えると、玖然の方に向き直った。


「いいですか。彼女は既に俺を番に選んでいます。俺たちは相思相愛ですので、他の龍が入る隙はありませんからね」


 玖然をひと睨みした斗空は、指を絡めて手を繋いできて……そのまま首を少し傾けて私の唇を塞いだ。

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