第7話 隠れ里

「この村での暮らしはもう諦めろって? 死ぬしかないってことか……」


 村の若者は声をうわずらせて俯いた。それに対して村長は静かに首を振る。


「そうは言っておらん。ただ、今まで通りにここで生きることは不可能だろうと言ったのだ」


 山の麓の岩屋には多くの村民が集まっていた。

 ここは、災害などが起こった時に備えて食糧など非常用の物資が蓄えている村の避難所だ。お母さんによれば村民が20日は凌げる用意がしてあるらしい。

 うちもそうだけれど、昼間の騒動で家を失った人は多い。

 だからしばらくはここで寝泊まりをして村を復興をしていくのかと思っていたのに、事はそう簡単には進まないみたいだ。


 夕食を終え、幼子たちが眠ったあと村長から状況説明があった。

 そこで真っ先に告げられたのが「復興不能」。

 村民たちに動揺が走った。


「大妖『魃』が大地に与えた『乾き』はそう簡単に消えるものではない。作物が育たぬ土地では再建も難しかろう」


「ですが、村長、ここは我々が漸く辿り着いた安住の地。山野を切り拓き、数多の苦難の末に出来上がった、かけがえの無い大事な故郷です。たった一日でこれまでの全てを捨てるなんてとても……」


「運めというのは時に無情なものだ。しかし我々は今こうして生かされておる。これほどの災いにあって奇跡と言って良い。枯れた大地に縋りついても明日は知れぬ。新たな地で生命を繋いでいこう」


 村長の言葉をみんな悲痛な面持ちで聞いている。


「先ほど他の『隠れ里』と連絡を取った。受け入れる準備があると言ってくれた村もある。移転先については明日また話し合おう。各々考えを纏めておいてくれ」


 副村長の言葉で、会は閉じられた。

 お母さんは残ってまだ話し合いに参加していくみたい。

 斗空は別の洞窟で例の少年の見張りだって。


 私はひとり岩屋の外に出て、空を眺めていた。

 今夜は美しい星空だ。地上の荒廃も悲しみもお構いなしにキラキラ輝いている。


 長い1日だった。

 

 誰かが言っていた「たった1日」って。

 「たった1日」で当然あると思っていた未来は消えてしまった。

 斗空と結婚しようと決意したのは、ほんの半日前。

 今は、もうどうなるかなんて分からない。

 村も、生活も、私も、私たちも。

 これまでの当たり前は、どんなに尊いものだったんだろう。


 きっとこれまでと同じではいられない。

 寂しいな……育った村が無くなってしまうのは。

 怖いな……これから色々変わっていくであろうことが。



「風邪をひくぞ」


 暗闇から馴染みの声がかかった。


「水燕先生! 見回り?」


「ああ」


「お疲れさまでした。死にかけたばかりなのに……無理しないでくださいね」


「大丈夫だよ。それに、これは俺の得意分野だから、ゆっくりしている訳にはいかないんだ。それより、眠れないのか?」


 先生はそう言って私の隣に腰を下ろした。


「色々考えてしまって……。それと何かみんな私に気を使っているみたいでちょっと居づらい、かな」

 

 恐れ、畏れ? そんな視線。

 心なしか、以前より距離を感じる。


「気にし過ぎだ」


「そうかな……」


「いい機会か。翠花、村の秘密を教えよう」

 

「秘密?」


「ああ。この村は『隠れ里』なんだ」


 副村長もさっきそんなような言葉を使っていたけれど……


「田舎の村って意味ではないの?」


「この村は人目を避けている」


「本当に隠れているってこと?」


「そうだ。村の周囲には認知障害をおこす術が施され普通の人間は見つけられないようになっている。村の入り口にも強力な結界が張ってあって、村長に許された者しか入れない」


「確かに村の外の人って、ごくたまに来る行商の人くらいしか会ったことがない。すっごい田舎だからってだけじゃなかったんだ。でも、何でそんなに閉じこもっているの?」

 

「国に追われて落ち延びた者の集まりだからさ」


「うわぁ、それ反逆者の村だったって事?」


「まあ、反逆を疑われて追われた一族の者もいるが、各々隠れねばならない理由は様々だ」


「それじゃあ、お母さんは私が赤ちゃんの時にこの村に越してきたって聞いたけれど……。うちも訳ありってこと?」


 先生は頷いた。


「『訳』は青華に直接聞いた方が良いだろう。ただ、そんな村だからこそお前の事情も、斗空の事情も、村の大人は大体分かっている。信頼のおける者しか村には入れないからな」


「確かに、妖を退けた事は喜んでいたけれど、斗空に対してみんな動揺していないと思った」


 妖魔をどんどんやっつけるわ、鬼門をあっさり閉じちゃうわ、大妖怪の呪いを解いちゃうわ……どう考えても人間とは思えない事をやってのけていた割にはね。


「じゃあ、あの……先生も隠れているの?」


「俺の場合は、村長特例。大事なものがこの村にあったから、特別に入れてもらったんだよ」


「大事なものが、か。そうだと、やっぱり寂しいよね。ここを離れるのは……村長は前向きな選択だって言っていたけれど……」


「人々との繋がり、文化、伝統……いいや、そんな大層なものじゃなく、あの景色、匂い、音、風の感触……この土地ならではのもの、それらを失うのは辛いな」


 そうだよね。ここに今まであったものが、思い出の中になりやがて薄れてしまうのはあまりに切ない。


「先生……村が無くなって、みんな変わってしまう。皆んな苦しいよね。これって……私のせいだって、考えれば考えるほど思えてきて……なんだか……」


 それが堪えて眠れない。


「そんな事はない。翠花は目の前の人を見捨てなかった。それは誇っていい事だ」


 先生は、はっきりと告げた。


「でも……最善だと思ってやったことが、最悪だったら? どうすればいいの?」


「何が最善かなんていうのは、そう簡単に分かるものではないよ。少なくとも俺は翠花が最悪の事をしたなんて思っていない。少年も俺たちも生きているんだ。あっさり彼を見捨てようとした俺の判断よりもいい未来に繋がると信じている」


 この先、いい未来もあり得るのかな?

 心に刺さっていたトゲトゲがすぅっと消えていく。

 気持ちは十分には晴れてはいないけれど、かなり軽くなった。


「ありがとう、先生。やっぱり『お父さん』みたいだなぁ。……ってどんなものが父親かって分かんないんだけれどね」


 ついポロリと余計な事を言ってしまった。

 何言ってるんだって、笑われるのかと思ったけれど。反応は直ぐに返ってこなかった。

 これは……私の父親だなんてムッとしたかな? 

 星明かりだけじゃ水燕先生の表情はよく見えなくて心配になった。


 ふと私の頭に、ふわりと手が乗った。

 優しく、優しく先生は私の頭を撫でた。


「役に立てていたなら、良かった」


 そう言った声は、いつもより少し揺らいでいたけれど……とっても温かった。


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