第5話 龍の天敵 

「何て事……」


 眼下には信じられない光景が広がっている。

 村のあちこちから煙が上がり、赤い炎が見える。


「火……火を消さなくちゃ!」


「待ってください」


 斗空は、慌てて山を駆け降りようとする私の手を掴んだ。


「異様な気配がします。何者かが境界を侵し鬼門を無理に開いたようです。妖魔が溢れ出しています……俺が何とかするので、翠花はこのまま山にいてください。ここに保護結界を施しますので」


「駄目だよ。怪我人が出ているかも知れないじゃない。それに、消火の手が足りてないかも知れない。妖魔だって、目眩しくらいなら私でも出来るから大丈夫。斗空、結界を張るならもっと麓に大きいものをお願い。村のみんなをそこに逃そうと思うの」


 この非常時に待っているだけなんて出来る訳ない。


「分かりました。では、少し待って」


 斗空は指を絡ませて手印を結ぶと空を見つめた。


「仙境の霊峰より、来たれ『るい』」


 すると、涼やかな風と共に天空から赤みがかった黒の体、頭が2つあるカササギのような鳥の群れが現れた。


「彼らの羽ばたきには、鎮火の効果があります。火はこれで何とかなるでしょう。翠花、お願いですから決して無茶はしないでくださいよ」


 

 村は酷い有り様だった。見慣れた家々が焼けて煤けたり崩れてしまっている。

 妖魔を退けながら進むと、数名の子どもを連れた水燕先生に出くわした。

 


「水燕先生! お母さんは?」


「無事だ。今は村の自警団と行動を共にしている」


「これって何が起こったの?」


「先刻、黒づくめの男共がやってきて村長を問い詰めたらしい。その後村長が斬られて、妖魔が湧いて出た」


「ええっ! 村長大丈夫なの?」


「ああ。老いたとはいえあっさりやられるほど耄碌はしていない。ちゃんと生きてるさ」


「良かった。盗賊とかそういう輩なの?」


「分からない……人を探していたという話だったが」


 ギェェェェェッ


 先生と状況を確認していると、耳をつんざくような鳴き声が響いた。


「あれは何?」


 見上げると、斗空が呼んだ鸓とは違う、もっと大型の鳥型の妖怪が叫び声をあげて飛んでいた。

 キョロキョロと何かを探しているようだ。


「おい斗空、あれはまさか……」


 先生は眉を吊り上げて妖鳥を睨んでいる。


「ええ。金翅鳥こんじちょう……ですね。それにしてもあのダミ声……おかしい」


「ヤバいだろ」


 水燕先生は私をチラリと見た。


「危険な妖なの?」


 尋ねると斗空は、鋭い視線を上に向けながら頷いた。


「ええ、龍の天敵です」

 

「天敵って……」


「金翅鳥は龍の肉が好物なんです。そして強い。そこら辺の龍なら本気を出した金翅鳥には成す術はないでしょう」


「斗空も危ないって事?」


「まさか。俺は勝てますよ。でもまあ、ちゃんと仕留めておいた方が良いですね。だから、ちょっとだけ離れます。翠花、先生と一緒に子ども達を先ほどの結界へお願いします。アレを何とかしたら、俺はそのまま鬼門を閉じに向かいます」


「分かった。気をつけてね」


「はい。水燕先生、くれぐれも彼女を頼みます」


「任せろ」


 こうして、私は斗空と別れて結界に向かった。

 途中、妖魔と何回か遭遇したけれど、水燕先生が難なく切り伏せた。

 今まで知らなかったけれど、先生、多分強いんだと思う。斗空が私を任せる訳だ。

 

 子どもたちを無事に結界まで連れていくと、私たちは再び村に向かった。

 他にも避難先に困っている人たちがいるかも知れないからだ。

 

 しばらく行くと、人の悲鳴が聞こえた。

 先ずは木陰からそっと様子を窺う。


 子どもが襲われている?

 旅装束の男の子で、どうやらこの村の子ではない。

 彼の脇には男女2人が倒れていた。

 それぞれ、首と胴、上半身と下半身が離れてしまっている。

 男の子の前に立っているのは、鋭い嘴から涎を流す鳥の妖魔だった。

 

「金翅鳥だと……もう一体いたのか」


 そう呟くと先生は気配を完全に消す指示を出した。

 そしてそのまま方向を変えて進もうとした。


「待って、何してるの? 先生。あの子を助けなきゃ」


「ダメだ。絶対に金翅鳥には近づいてはいけない。あの子は……可愛いそうだがな」


 これまでの教えに反するような冷ややかな言葉が先生の口から飛び出した。


「っ! 子どもを見捨てるなんて駄目でしょう。私は行きます」


 私は襲われている子どもの方に駆け出した。


「馬鹿っ」


 焦った声が後ろから聞こえる。

 私の出来ることは、少ない。

 植物の成長を早めたり遅めたりその程度。

 だから、倒そうなんて考えてはいない、せめてこの場から逃げおおせれば良いのだ。


 集中する。

 周囲の木々を伝う蔓を一気に成長させて金翅鳥の両足を絡め取った。

 

 よしっ。


「逃げるよ」


 私は少年に駆け寄って手を握り、全力で走り出した。


「ニク、肉……リュウノ肉。ニク、ニクニクニク……ヨコセェェェ」」


 金翅鳥が喚いている。もの凄い迫力だ。

 とにかく逃げれるだけ逃げ……

 られない!


 ブチブチと蔓を引きちぎる音がしたかと思えば、バサッと羽ばたき金翅鳥は目の前にいた。


「リュウノニク、ニク……」


 嘴から覗く鋭い牙、ポタポタと涎を垂らし血走った目をこちらに向けてくる。


「下がってろ!」

 

 素早く水燕先生が私と金翅鳥の間に割って入った。


「光を喰らえ……『影狼』」


 水燕先生が唱えると影がゆらりと立ち上がり、真っ黒い獣と化して、金翅鳥に飛びかかっていった。

 しかし、黒い狼は妖鳥をすり抜ける。

 そして——鳥妖の爪が水燕先生の脇腹を貫いた。

 血が、大量の血が吹き出す。

 悲鳴を飲み込んだ先生は踏み止まると、相手の首を狙い剣を振り下ろす。

 妖は爪を引き抜き素早く空に逃げた。


「闇属性が効かないとは、クソっつ、やはり堕天しているか」

 

 先生はプッと血を吐き出した。

 大きく肩で息をしており、足元には血溜まりが出来ている。


「邪魔スルナ、コロスコロス……リュウノニクヨコセェェェ」


 金翅鳥は翼を広げて打ち合わすと急降下し嘴が、嘴で爪で再び先生に襲いかかる。

 先生は猛攻を剣で巧みに受け流してはいるが、あの血の量……このままではきっと持たない。

 

 私のせいで、先生が……みんなが死ぬ?

 考え無しで突っ込まなければ、もっと違うやり方でこの子も助えたかも知れない。

 

 ドカッ


 金翅鳥に蹴飛ばされ先生は地面に転がった。

 妖鳥はそのまま先生を蹴り続ける。

 そして、遂に先生は剣を握ったまま動かなくなった。

 

 鳥はけたたましい鳴き声をあげて、先生の頭を踏みつけている。


「ぐ、ゔぁぁ……」


 先生の口から苦しそうな呻き声が漏れる。

 このまま踏み潰すつもり?


 いけない。

 木でも草でも花でも何でもいい。力を貸して。

 あの鳥を止めたい!

 体中に仙力を巡らす。かつて無いほど体が熱い。

 お願い。


 空がチカチカ光った。

 次の瞬間。

 金色の光がうねりながら飛び込んできた。

 ドォォォーン

 お腹の底から震えるような轟音。


 目の前の金翅鳥は光を受けて、真っ二つに裂けた。


 運よく雷が落ちた?

 金翅鳥は黒炭になって倒れた。


「『飛電』か。久しぶりに見た。ははっ。翠花……やるじゃないか。ゴフッ」


 幸い先生は雷に当たらなかったみたい。でも鳥にやられた傷は酷い。


「先生っ!」


 布を当てたがそれはあっという間に真紅に染まった。

 嫌だ、先生のお腹の血が……止まらない。

 植物を元気に出来ても、目の前で傷ついた人を助けることが出来ないなんて。

 なんて役立たず。

 私のせいで……大事な人が死んでしまうかも知れない。

 怖くて体が震える、ポタポタと涙が溢れてきた。


「お姉さん、退いて」


 それまで私に庇われていた少年が隣に座った。


「本当は、僕がこんな事してはいけないのだけれど」


 そう言いながら男の子は水燕先生の傷口から私の手を退かすと自分の掌を傷口に当てた。

 何やら呟いて、手を持ち上げると血が止まっていた。


「やはり足りないか……。オジさん相手にやるのは気が進まないが、仕方ない」


 少年はそう言うと、大きなため息を吐いた。

 そして、ゆっくりと頭を下げていって、水燕先生の傷口に唇を当てた。

 隣にいても優しい波動が伝わってくる。

 癒しの仙力を直接注いでいるんだ。

 真っ青だった先生の顔色が幾分良くなってきている。


「今起こったことは、絶対に秘密だよ」


 少年が唇を離した後、先生の傷口は綺麗に無くなっていた。




 

 

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