小話 龍を弟子にとる⁈ 〜「水燕」視点 〜
おいおいおいおい。
勘弁してくれ。
連れてこられた少年を見て「夢であって欲しい」そう思った。
銀髪碧眼の美貌の男子は、その外見だけで只人ではない事を感じさせるのだが、問題はその気配である。
抑えているのだろうが、妖気というか霊気なのか、もうむしろ神気といった方が良いのでは? というようなただならぬ気配がするのだ。
「翠花も年頃になってきたし、私だってホラ女盛りだろ、ガハハハっ。流石に同じ屋根の下は拙い、妙な噂を立てられちゃ困るからね。そういう訳で、この子を預かって弟子にして欲しいんだ」
豪快な笑いを挟みながら、昔馴染みの女性、青華が紹介してきたのは厄介事にしかならなそうな少年だった。
「名前は斗空。年は、ん〜15って事でいいか。しばらくの間、頼むよ。ね」
「待って下さい。一体どういう事です?」
「ええっと……この子はうちの娘が、山で見つけた。見た通り異国の血が入っていてね。見せ物小屋からさらに奴隷として買われ、金持ちの玩具になっていたところ、隙をみて逃げ出したらしい。それを私が保護している。そんなところかな」
「はぁぁぁ。勘弁してくださいよ。
「流石、
彼女はニィと笑って俺を
益々嫌な予感が込み上げる。
自分や翠花だけでも充分厄介なのに、この人はこれ以上何を背負い込もうというのだ。
「で、
「分かるか」
「ふぅん、誤魔化しが効かないなんて、俺もまだまだですか」
斗空と呼ばれた少年は前髪を弄びながら面白そうにチラリと俺を見た。
「そいつはかつて帝国一探知能力の高い武官だったんだ。どんな妖の気配も見逃さない、都一帯の妖魔に恐れられた逸材だよ」
青華は嬉しそうに話した。
「買い被りを……しかし、分かりました。この方には隠さないという事ですね。では改めまして、俺はこの村で薬屋をしながら塾を開いている
俺が自己紹介をすると青華はくくくと笑った。
「よく言う。お前が学問所を出る時は丞相と大尉が取り合った話は有名だぞ」
まあ、遠い昔そんな事もあったかな。
「という事は、青華も武官だったという事ですか」
意外、という顔で斗空は青華の方を向いた。
確かに、たっぷり肉を蓄えた今の彼女の外見からは想像もつかないだろう。
「こう見えて、私は昔は宮中の警護を担う衛尉の副官だった。ぼちぼち強かったのさ」
いや、青華こそ謙遜が過ぎる。
彼女は本当に強かった。
国境付近の警備にあたっていた時、俺たちは、度重なる諸部族の襲撃も、荒れ狂う妖魔も退け続け、だから彼の人は軍神と呼ばれるようになったんだ。
俺はほんの少し当時にを馳せた。理想に胸を焦がし笑い合っていた青春の日々に。
「なるほど宮中ですか。では、そこで皇族のどなたかの妻となったという事ですか?」
斗空は僅かに首を傾げた。
「私は確かにある方から種を頂いた。……でもね斗空、きっとあんたが想像したのとは、違うよ。ひとつ言えることは、翠花は私たちが心から望んだ子で、宝だと言うことさ」
青華が微笑む。俺は古傷が少し疼いた。
しかし、翠花の正体に気付いたと言うことは、この男……。
「貴方、もしや龍ですか」
「相変わらず鋭いねぇ」
青華がニヤリとした。
「正解です。俺は翠花に見染められたので山を下りてきました。なのに、彼女はまだ決心がつかないようなので、そばに居て誘惑を続けようと思いまして」
「龍、成る程……、青華良いんですか? こんなの近くに置いて」
「『こんなの』とは随分な扱いですね」
「俺にとっても翠花は、娘同然。青華と2人で赤ん坊の頃から育ててきました。龍のきまぐれに付き合わされるのは我慢ならないんでね。青華が追い出して欲しいと言うならどんな手を使ってでもそうしますが」
「そんなんじゃないよ、龍に喧嘩売ってどうする。まぁ、時既に遅しというか……翠花が初経を迎えた」
「くそっ」
俺は龍は睨んだが、奴は微笑みを返してきた。
翠花が成人したとなれば、気配を隠しにくくなる。俺と青華でしのぎきれるか怪しい。
「だから護りが必要になる。そうなんだけどね斗空は自分の龍珠をあの子に与えたんだ」
「は? 嘘だろ。あれは龍の力そのものですよね」
「という訳で、斗空は本気のようなんだ。だとしたら、無理に引き離さない方がいい。というか、そこまでするなら離れないだろう。変な形で付き纏われるより手の内を明かして、味方になってくれた方が断然良いさ」
「確かに。しかし龍珠を失ってもこの気配って……化け物ですか。伝説の真龍でもなければこんな……」
「だから俺は真龍ですよ」
「はい⁈」
思わず声が裏返った。
俺の心臓は今日何度試されるのだろう。
これまでそれなりに修羅場を潜り、滅多なことでは驚くまいと思っていたのだが、今日はどういう日なんだ。
真龍は、龍の古代種で神龍とも呼ばれ智・力・善の化身とされる最も尊いとされる龍だ。
「真龍だと。真龍が翠花に惚れた……はぁぁぁ……そうですか……12年前に『心穏やかに翠花を過ごさせることに全力を尽くそう』と言った、あの誓いが果たせそうにないと感じるのは俺だけですかねぇ」
「仕方ないさ、翠花の身体が珠を求めて悲鳴を上げていた。何もなくとも『平穏』とは程遠い事になっていったさ。そこに龍珠を捧げるほど惚れてくれる龍が現れるなんで奇跡、そうとも感じないかい?」
「それは、そうですね。ここの所、都周辺がきな臭いようです。彼女の生存がバレれば消そうとする輩、利用すようとする輩が現れかねない。その上翠花が成熟したとなれば、想定外のモノに狙われる可能性すらあります。こんな状況で、真龍が絶対的な味方というのは僥倖です。分かりました。しかし……真龍の師匠なんて俺に務まりますかね」
「無理しなくていい。置いてくれれば」
「藍燕、俺はできれば算術を教えて欲しいです」
「算術ですか?」
「はい。翠花が食堂を切り盛りするのに必要と言っていました。長く生きてはいますが市井の事には疎いので他に役立ちそうなものがあれば是非一緒に教えて頂きたいです」
「であれば、経営学とか会計学、ついでに法の知識も入れときます?」
「興味深いです」
龍は俗世の事には関心が薄いものと思っていたが。斗空は学習意欲が旺盛らしい。
それが恋の成せる業かどうかは分からないが、超優秀な弟子、しかも龍を鍛えるというのは中々に楽しみではある。
「藍燕、それとだな、翠花も鍛え直して欲しい」
翠花に関しては、元々都の子女と変わらない内容を教えてはいたが、足りないという事。
「つまり、万一に備えよと」
「まあね。この国を覆すつもりは無いが、向こうがそのつもりで来た場合は、ただやられるものかよ」
そう言った青華の瞳は鋭く、かつて大軍を率いて戦った武将の目をしていた。
あわよくば、このままのんびりと余生をと思っていたんだが、どうやら運命の輪は再び大きく回り始めた。
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