第2話 飼われてあげる
「良いでしょう。君に飼われてあげます」
龍は信じられない言葉を発した。
「からかっているの?」
「いいえ。本気です」
確かに私が望んだことだけれど、嬉しいけれど……龍を飼う⁈
離れたくないのは本音、でも「したい」と「できる」は別で、現実問題難しいと思う。
「あのね、自分で言っておいてなんなんだけれど……飼うだなんて正直畏れ多いというか。私はただの人間の娘で……それにうちはとても狭いから、あなたがいる場所もないの。だから、やっぱりごめんなさい」
私は深々と頭を下げた。
「恐縮なんて今更では? それに場所が狭いのが問題……で、あれば」
と言うや否や、龍の体はするすると縮んで、人になった。
ふわりと地上に降り立ち、私の目の前に立っている。
「これならどうでしょう?」
青い瞳はそのままの、キラキラした銀髪の、これまたとてつもなく綺麗な男の子がいる。
「化けた……」
「
そう言って少年は微笑んだ。
いや、その……物理的には可能だけれど「世間の目」的には厳しい気がする。
「えーっと。お母さんがなんて言うかな。あなた一応男の人だし。うちは女二人で住んでいるからね」
「だったら尚更男手はあった方がいいのではないですか? 俺、結構強い方ですし、用心棒として置いても役に立ちますよ」
「うちのお母さん力自慢だし、肝も太いから別に困っていないし……むしろ貴方みたいなイケメンを招き入れた方が色々ピンチな気がする」
なんたって村なのだ。よそ者が入ってきたってだけで敏感なのに、若い男、しかもこの外見で一緒に住んだらは噂話の餌食になってしまう。
「イケメン? 龍型だけでなく人型もお気に召していただけました?」
龍は私の手をとりそのまま自分の顔を触らせた。
体温は低めだ、ひんやりして滑らかな肌、本当に人そのもの……まつ毛が長い、瞳は宝石のよう、すっきりと通った鼻筋に形のよい小ぶりな唇。
うわぁ、ほんとすっごい美人。
私はドギマギしてしまう。
ふと、彼が鼻をひくっとさせた。
「おや、君、怪我をしてます? 血の匂いが……」
「怪我? 何もないけど」
「でもほら、ふくらはぎまで血が伝って……」
彼の視線の先を確認すると、足首近くまで赤い筋が伸びていた。
「これって⁉︎ 多分大丈夫、怪我じゃないと思う。ああっ、でもどうしたらいいんだろう」
突然のことで動揺する私に対し、龍の彼は冷静だった。
「はい、とりあえず血はこれで拭いて」
綺麗な手巾を手渡されたので、私はお礼を言ってそれを受け取ると、慌てて赤い線を拭った。
これがお母さんが言っていた「生理」なんだろう。
最近時々出ていた頭痛、微熱の症状は
12歳だしそろそろかなとは思っていた。でも、人生で恐らく最も貴重な体験になるであろう龍との遭遇時に来なくても良くない?
はぁぁ、溜め息が出ちゃう。
「経血……ですよね、これ。すみません俺のせいです……責任は取ります。……どうか俺の妻になってください」
「……は? 妻⁇」
聞き間違いだろうか。
「はい、妻に」
彼の目は真剣だ。
「いきなり、なんで?」
「その……龍は発情しないと初潮が来ないのです。発情することで最初の仮卵が降ります。その後に成卵が体に宿り、子を成す準備が整う……完全に体が成熟する訳です」
「えっと、意味が分からないんだけれど」
「つまり……君は発情した。その原因は間違いなく俺です。俺も初めての経験なので、やり方が正しいかは分からないですが、番う相手として選んで頂いたことは光栄ですし、以前こういう事は滅多に起きないと聞きました。そこで、運命だと判断し求婚を」
彼は、ほんの少し恥ずかしそうに説明した。
それって、私がイケメンにムラっと来て初潮を迎えたと思われている……って事?
「あの! 私、龍じゃないんで、ぜんっぜん気にしなくて大丈夫です」
全否定しなくちゃ。
彼に発情して生理が始まったと勘違いされているのは気まず過ぎる。
「そう、ですか? ……まあ、とにかく早く、手当をした方が良いですよね。この話は改めて」
彼はもう一枚緋色の綺麗な布を取り出すと、私の腰にぐるりと巻いてその下を覆い、ひょいと横抱きにした。
「ええっ」
「先ずは山を下りましょう。ご自宅まで案内してください。このままお連れしますから」
そう言って彼は走り出した。私の同意なんて待たずに。
——速い。
飛ぶようにという表現がぴったりな速度で山道を駆け降りていく。
こんな速さで行けば私も辛いはずだけれど、快適そのもの。
私に負担がかからないように、細かい力調整をしているみたいだ。
駆けながら彼は話かけてきた。
「そう言えば、お互い名も知りませんでしたね。俺は真竜の裔で名は
「私の名は
「美しい名ですね。『翠花』。うん、君に似合う」
セリフが甘い。
この龍、斗空は本気で口説きにきているの?
「さっきも言ったけど、結婚とか責任とか忘れてね」
念の為伝えておく。
すると、私を抱える手に力が籠った。
「俺はこの巡り合わせを好ましく思っています。それに、自分で言うのもなんですが俺は連れ合いとして悪くないかと。龍の中ではかなり温厚な部類に入ると思いますし、癒し、護り、攻撃いずれの術も得意としています。それに若くて未婚です」
そう言われも……結婚そのものを考えて事無いし、まして相手が龍だなんて想定外の守備範囲外だ。
「あのさ、うち食堂だし、癒し、護り、特に攻撃の術の出番は無いよ」
「そうですか? ならば、火術も得手ですので、とろ火、弱火、中火、強火、火加減はお任せをって感じです」
「うーん。それより、うちのお母さんどんぶり勘定だから、算術が得意な方がありがたいなぁ」
「算術ですか……精進します」
そんなこんな会話をしているうちに村に下り、麓にある我が家『深竹月酒家』の看板が見えてきた。
さて、この状況、母に何て言えばいいだろう……龍に求婚されています? 言いにくいなぁ。
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