宇宙人、浮かれて落ちる

楽しい時間というものは、早いものだ。

緊張しながら食べ漁った鍋の中には濁ったスープとほんの少しの食べ残しだけになっていた。


会計はスマートにこっそり済ませる。

本で読んだとおりにこなした。

彼女に

「私との食事は楽しかった?」と質問された。

「とても楽しかったよ。ありがとう。」と素直に返した。


私は以前、

誰かと食事をしている時に楽しいと思ったことはないと話したことがあるのを思い出した。

きっとそれを気にしてだろう。


わざわざそれを訂正する必要は無いと思い、店をあとにした。

そのまま真っ直ぐバス停まで彼女を送る。


なんて健全な男なのだろうか。


バスを待つ間の沈黙が居心地悪くなったころ

待っていたバスが到着した。


乗車する彼女に

「また誘ってもいいかな?」と声をかけた。


彼女は

「今度は美味しいリゾットが食べたい。」

そう言うとバスの扉が閉まった。


走り出すバスに小さく手を振りながら頭の中では

(リゾットってなんだぁ)

となっていた。


自分はバスに乗らず

歩いて余韻に浸りながら帰ることにした。


自宅までの道は約20分くらいで着く。


歩きはじめて少ししたころ、メールが届く。

母からだった。

「今どこ?まだ帰らないの?大丈夫?」という文章だった。


浮かれていた私の酔いは覚め

「こんな時間まで待たせてごめん。今すぐ帰るよ」

と、すぐに返信をした。

それに対しての返信はなかった。


私は申し訳ない気持ちになり、

そこから走り帰宅した。


外から見る自宅は電気がほとんど消えていて静まり返っていた。

玄関をゆっくり静かに開けて小さな声で

「ただいまぁ」と母にむけて言った。


リビングで座っている母は

「おかえりなさい。遅かったね。」と立ち上がって私のために残してあった夕食を温めはじめた。


手洗いうがいを済ませて食卓につく。


母は私の前に皿を並べながら

ハンカチは渡せたのか。何を食べてきたのか。

誰とどこにいたのか。いろいろなことを聞いてきた。


私は食事をしながら、1時間前の素敵な時間が少しずつ消えていく感覚と母からの質問責めにより勢いよくその場で吐いた。


緊張で味がわからなかったがとても美味しかった、もつ鍋は胃酸が混ざり酸っぱくなってしまい全て吐き出してしまった。

母はほほえみながらトイレットペーパーを持ってきて

「はい。自分で片付けてね。私はもう寝るから」と言って自室に戻っていった。


私は「ごめんなさい。」と言ったあと、

自分の吐瀉物をきれいに拭きはじめたのだった。


私のケータイには彼女からのメールが届いていた。

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