ライブラリー

 ライブラリー。

 図書館。

 

 僕達は別に、そんな場所に行く必要はない。

 ネットワークから幾らでも情報は引き出せるのだ。

 

 しかし、物好きな奴はいるらしい。

 誰かが勝手に放置された区画を乗っ取り、過去のデータを収集してサーバーの一部を“図書館”化させているようだ。明らかに規律違反だが、需要はあるのか現在まで綺麗に残っている。

 とはいえ普段は人気がないスポットの一つだ。部屋に入ってみると当然誰もいなかった。その代わり、部屋の中心には青い六角形の柱が立っていた。サーバーの入り口。隣でエレノアが急かしている。

 

「ほら、早く早く」

「あー、はいはい」

 

 僕は乗り気じゃないのでテキトーな返事。

 柱へ向けて手を翳し、星導環術式コード・ステラを起動させる。

 

「< stella*宣言――vise接続 Ulka出力 lianoデータ展開=“photo genon本の都>」

 

 それはかつて機械大国が作り上げた、星のエネルギーを利用した術式プログラム。

 その言葉を合図に、ぶん……と六角形の柱が輝く。

 次の瞬間、意識はもう架空空間にダイブしていた。

 

「――さて、ここが図書館ライブラリーか……」

 

 確かに表示展開されたテクスチャは、記録にある図書館そのものだ。

 ところ狭しと並ぶ棚、棚、棚。そしてぎっしりと収められている本、本、本。部屋も広いので無限に続いている感覚だ。

 見ているだけで疲れてくる。

 

「どうしてわざわざこんな場所に連れてきたんだよ、エレノア」

 

 不満たっぷりに言えば、エレノアはなんてことないように答える。

 

「そりゃあ、調べ物言ったら図書館でしょ?」

「そうかあ?」

 

 僕は胡乱げな顔だ。

 

「まあ、それだけじゃなくてね。ここの本は色んなものが揃っているんだよ。花とか、文化とか、後神話や伝承、物語のデータなんかもあるよ」

「……人間様達の?」

「そう。中には魔法大国のものまで」

 

 そう言うと、エレノアは一冊の本を取り出した。

 タイトルは本人のまんま「エレノア」だ。

 

「実は私の名前もここから取ったんだよ。すっごく面白くてね!」

「……ふーん。敵国の本から名前取って良いの?」

「そ、それはまあ、色々とアレだけど! ……でも、私はこの本すごく好きなんだよ。……私もいつか……この本の主人公みたいに――」

 

 なんて、ポッと顔を赤るエレノア。じーと見ていると、妙に慌て始めた。変な奴だ。

 

「まあ、つまり、ここから色々と名付けのヒントになりそうなのを探せば良い訳か」

「そう! ほら、とにかく集めよう!!」

「分かったよ」

 

 それから僕達は、手当たり次第、本を集めた。

 室内の中心にはテーブルと椅子があったので、そこに運んで座った。

 でも、一体どうやって名前なんて考えれば良いのか。

 

 天使の名前なんて所詮、愛称だ。由来は単純なものが多い。

 例えば識別番号だ。

 僕の場合は「Z-OP-050」。

 そこに出身地であるIllnerの文字を付け加えたのが、正式な個体識別型番となる。ここから慣例通り名乗るなら、フィフティ辺りだろうか。

 他にも髪の色や、目の色、得意なことからつけることも多い。

 しかし僕の髪と目の色は群青色。天使の中でも珍しくない色合いだ。そのため「アオ」、「ブルー」と言った名前は非常にありふれている。却下だ。

 後は……珍しいが、身体構成物質か。確か生体パーツの元となる細胞杯アリルの名前を逆転させ、ルゥリアと名乗っていた同期がいた。そこから取ってみるのも――

 

「……、結構、難しいな……」

 

 悩んでも良い答えが見つからない。

 

 とりあえず、一番上の本から手に取ってみる。

 魔術構成理論……。

 本当に魔法大国の本が混じっているんだな。

 

 そうやって一つ一つ確認してみると、結構内容は面白かった。

 絵本だとか、エッセイだとか、論文だとか。人間様の創造性の豊かさには感銘を受けるばかりだ。

 特に宗教関係は興味深い。昔は魔法大国と機械大国で似たような宗教が信仰されていたらしい。魔法大国が悪魔教で、機械大国が天使教だな。それが文字通り現在の“悪魔”と“天使”の由来となったのだから、皮肉という他ない。

 

 と、色々と考えていると、ふとエレノアが何をしているか気になった。

 そこで隣ををチラッと覗いてみると、何やら図鑑のようなものを読んでいた。

 

「何それ」

 

 話しかけると、エレノアは顔を上げて答えた。

 

「武器図鑑だよ。色んな伝説の」

「武器?」

「ほら、君、盾持ちって呼ばれてるでしょ。なんか良い言い換えが出来ないかなって思って」

「別に盾持ちは悪口だろ。そんなことしなくても……」

「何で“盾持ち”が悪いの?」

 

 キョトンとした顔をされた。

 そんな顔をされると、確かに言われた通り、どうして悪いのか分からなくなってくる。

 僕は言い訳のようにポツポツと呟いた。

 

「だって臆病で、すぐやられて、剣も落としちゃうし……」

「臆病なのは良いことだよ。恐怖がないと、そっちの方がやられちゃう」

「……」

「それに君がやられてるのは、きっと自信がないというよりも、準備が足りないからじゃないかな。同一規格の新米天使なら、やり方と工夫、そして作戦さえ立てれば、勝てるチャンスは幾らでもある。なんせ能力は互いにおんなじだからね。まず、最初にやるべきは――」

 

 そこからするすると合理的な作戦を口にするエレノア。

 僕はびっくりしていた。すっかりイメージが泣き虫な女の子になっていたからだ。

 だが何もおかしな事ではない。

 エレノアは既に前線に出て戦っている。実践的な考え方が出来て当然なのだ。

 

「でね、武器もそれぞれにあった形を使った方が良いんだよ?」

「形?」

「ほら、星導環術式コード・ステラを使う時、補助で無詠唱魔術を使ったりするじゃん」

「あー……」

 

 そう言われればそうだった。

 

 魔術――正式名称、凶星図魔法術式理論ステラマジック・セオリー。それは本質的に星導環術式コード・ステラと同じものなのである。

 使う星霊言語も同一だし、そのアプローチが、ただ機械を通してか、生体を通してかの違いでしかない。

 まあそれによって結構細かい差異があったり、デメリットもメリットも違ってくるんだけど……。

 でも使う言語が一緒なら、星導環術式コード・ステラをメインに、魔術をサブの補助に……といった感じで、並列使用することも出来る。そしてその場合、相乗効果により何倍も術式の効率が良くなるのだ。

 この補助に使う凶星図魔法術式理論ステラマジック・セオリーには、イメージが重要視されていた。弓なら遠くまで攻撃出来そうとか、剣なら強そうとか、そんな感じだ。

 だから、弓を使えば遠距離攻撃の術式の威力が高まるし、剣を使う人は接近戦のスペシャリストになっていく。イメージが術式の精度を高めるのだ。

 更に言うなら、武器の形状に寄って、エネルギーの流れにも変化が起きる。星導環術式コード・ステラの性質もそれぞれ武器によって特色が出るのである。

 

「剣と盾が推奨されてるのは、一番バランスが良いからだね。銃に変形しやすいし、何より無個性で便利だ。だけど、君には合ってないんじゃないかな。武器の変更は許可されてる?」

「一応……」

「じゃあ変えた方が良い。君みたいなタイプでオススメなのは盾だよ。でっかい盾」

 

 盾……。

 あの盾が、僕にとって一番の武器だとでも言うのか?

 散々馬鹿にされた盾が。

 

「そりゃ、戦闘の最後まで持ってる武器だけど……」

「じゃあピッタリだ。マザーの親衛隊にも、盾を持ってる人は結構いるし、むしろ盾に適性がある奴は、マザーを守れる立派な天使だと思うな」

 

 そう言われて。

 僕は何だか、ちょっとだけ、救われたような気持ちになった。

 自分の中にも、まだマザーの役に立てる可能性があったことに。

 

「……」

 

 でも、何故か顔が熱くなっちゃって、お礼を言うことが出来なかった。

 照れ臭い……ってのに、近いと思う。

 だから代わりに、僕はエレノアの本を見て、

 

「それ、僕にも一緒に読ませて」

「良いの?」

「……うん」

 

 頷くと、やけにパアって明るい顔で、エレノアは笑った。

 どうしてそう嬉しそうにするのか分からない。

 微笑ましくて、つい僕も笑ってしまう。少しだけど。

 

 そして僕達は、図鑑を読み進めた。

 機械大国、魔法大国のみならず、色んな伝説の武器が載っていた。

 エクスカリバー、ジュワユーズ、草薙の剣。

 その中に、面白い逸話があった。

 

 蛇女の魔物、メドゥーサ討伐の話だ。

 その魔物はある島に住みつき、見たものを石に変える恐ろしい魔物であったという。だが、女神アテナが英雄ペルセウスを導き、メドゥーサを倒した。

 その際に使われたのが、曲刀の鎌ハルペーに、魔除けの盾アイギス。

 メドゥーサの魔眼は死しても尚失われず、アイギスにはめられたという。

 なかなかインパクトのあるお話だ。

 

「それにしても魔眼ね」

 

 魔眼と言えば僕らにも身近な存在だ。

 それは先天的、あるいは後天的に特殊な魔力……星のエネルギーを宿した瞳のことであり、またはそれを元に視覚情報をトリガーとして発動する術式の名称でもある。

 ランクが存在し、下からE、D、C、B、A、S、SSとなる。

 悪魔の脅威度ランクや、術式のランクと同じ考え方だ。

 

 そしてこの魔眼は、実はイルナー砦の天使は皆持っていて、僕もEランクの魔眼が宿っている。僕達は視覚情報の処理に特化したタイプなのだ。

 こういうのは地方柄の特性だな。そこで取れる材料とか、基地の状況によって、少しずつ天使の設計が違ってくるのである。

 

「後この魔眼の効果は、武器に付与ことも出来る……だったっけ」

「え? そうなの?」

 

 初耳の情報に驚いて聞けば、エレノアは別の本を取り出した。

 これも魔術に関する本だ。

 

「ここに書いてあったよ。実例も知ってるし」

「マジか。どんなものだったんだ?」

「詳しくは知らないけど、確かニョクス・ケルビム様の大鎌じゃなかったっけ。アレに切られると、どんな奴でも“必ず死ぬ”呪いが刻まれるんだ。その力は彼女の不夜の魔眼によるものらしい」

 

 そんなすごい方が魔眼持ちなのか。ケルビム様と言えば、六、七年も生きていて、全天使の中でも、二番目の戦闘能力を持つ方だろう?

 僕達新米天使の憧れの方でもある。

 その方のようになれたらどんなに良いか。

 

「ケルビム様の鎌……ハルペー……魔眼……盾」

 

 そう考えると、うん。自分の中でも、スッと入ってくるキーワードだ。

 馴染み深く、それでいて目指すべき目標。魔物の討伐エピソードも、悪魔を殺すという点では、縁起があって良いし、中々良い感じじゃないか。

 

「よし、名前はアイギスにしよう」

 

 僕はそう決めた。

 アイギス。

 それが僕の、今日からの名前。

 

「ふふ、良い名前だね、アイギス」

 

 早速エレノアが僕の名前を呼んでくれる。

 それだけでもう胸が暖かくなった。自然と頬が緩む。名前を持つってのは良いことだな。

 

「さて、アイギス。名前も決めたことだし、これからその名に恥じないよう、明日から特訓しようか」

「え? 特訓?」

 

 ちょ、待って。

 どうしてその流れで特訓になるんだ?

 意味不明なんだけど。

 

「だって、強くなりたいんでしょ?」

 

 エレノアは僕の考えを読んだみたいに言ってくる。

 そりゃ強くなれるなら強くなりたいが……。

 

「でも何でここまでしてくれるんだ?」

「ん? どういうこと?」

「だから、何もしてないのに、名付けのヒントをくれたり、特訓してくれるって言ったり。今日話すようになったばかりだろ? 何でなんだ?」

 

 僕達は別に友達じゃない。

 知り合い以下の関係だし、エレノアからしてみれば、僕はよく知らない奴だ。それなのに、無償でエレノアは僕のために動いてくれようとする。

 それがどうにも不可解だった。聞かずにはいられなかった。

 しかしエレノアは少し考えて、

 

「そうは言うけど、嬉しかったんだよ。本当の私のこと、受け入れてくれて」

 

 と、あまりにも当たり前のように答えてくれた。

 

「それが理由じゃ嫌かな。結構単純なんだけど」

「……。……ううん」

 

 嫌なんかじゃない。

 僕は気が付けばそう首を振っていた。

 

 多分、エレノアってこういう奴なんだって分かったからだろう。

 素直で、とても真っ直ぐで。捻くれ者の僕と違い、綺麗な心が彼女にはある。ならばどうしてそれを無碍に出来ようか。

 

 ――ほんっと、お人好しな奴なんだなあ。

 

 そう、心の中で呟いて、僕は目を細めた。

 彼女がとても眩しく感じた。まるで汚れなき白雪のようで。

 

「今度、お礼するよ。君には世話をかけるから」

「え、良いよ、良いよ。そんなの私には――」

「嫌だね。それじゃ僕が納得出来ない」

「もう……しょうがないなあ」

 

 僕が断固として譲らないと、エレノアは仕方なさそうに受け入れてくれた。

 だけど、結構楽しみにしてるような顔だから、僕は最高のプレゼントをしようと思った。

 エレノアに、僕の思いが届くようにと、考えながら。

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僕のエレノア(黎明の果てに外伝) 金餅 @wqwwwwa

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