名前
この星の人類は――人間様は、とうの昔に絶滅している。
そのきっかけは、ある革新的なエネルギー源の発見だったという。
その名も星のエネルギー。
別名、魔力、心力、星力。
ただ一滴だけで町の電力をすべて潤し、地域一帯のインフラを構築させる。まさに夢のような万能のエネルギー。これまで不可能と思われていた理論も、仕組みも、既存の根底からすべてをひっくり返してしまい、文明は大きく飛躍した。
が、その代償として戦争は激化。エネルギーを求めて領土を奪い合い、やがて世界は二つの大国――正確には連合のようなもの――に統合され、相争うようになった。
後に魔機大戦と名付けられる世界大戦である。
その結末は共倒れだった。
超科学文明を誇った機械大国も。叡智を極めた魔法大国も。兵器をぶつけ合った余波により人間様はすべて死滅してしまわれた。
しかし、それぞれの国の、兵器製造の統括頭脳体は生き残っていた。
機械大国――AI、マザー。
魔法大国──魔導結晶、ファザー。
かくして大戦は無機物たる兵器に引き継がれた。
目的は人類の復活。星のエネルギーをすべて手に入れ、そのエネルギーを持って人間様を甦らせる。
僕ら天使は、そのためにマザーによって生み出された尖兵だ。
同じようにファザーから産まれた悪魔と、もう何百年も戦争をしている。
ちなみに相手側も目的は一緒だ。
じゃあ協力すれば良いじゃないって思うけど、僕らが求める人類像と違って、ファザーの生み出そうとしている人類は歪なのだ。
何より敵国だった奴を許す訳がない。どうしたって争うしかないのである。
さて、以上が天使の成り立ちであるが、その中身はどうなっているのだろうか。
簡単に言うと、体の構成は機械が半分、生体パーツが半分で構成される。
例えば視神経そのものはあるが眼球はアイカメラであるし、筋肉は備わっているがその動きはアクチュエーターによって支えられている。
生物と機械……どちらにも属する、謂わばハイブリットとも呼べる存在なのだ。
ここで注目すべきは、生体パーツの方である。
生体パーツは人間を模しているが、もちろんその中身は人間様のものとはかけ離れている。
人造人間、ホムンクルス。
不老不死を目指した人類は朽ち行く体を嫌い、死に貧した際にまったく違う、別の体に乗り替えることを思いついた。
そのための器として、かつて魔法大国で造られていた生命体である。
中には人生をやり直そうと子供の姿で創れられた個体もいて、それは一定年齢まで成長するようプログラムされている。
……そう、成長。
ホムンクルスは、成長することが可能なのだ。
その素体を用いる天使もまた、子供から大人へと成長する。ただしその成長条件は、年数によるものではない。
力の段階的開花や心の発達と共に、天使達は年を取り、能力面の細分化が進むのである。
無論、個々人でバラツキは出るが、問題にならない。
そもそも殆どの天使は、子供の姿のままで死ぬ。もとより使い捨ての命としてデザインされているのだ。生まれた時点で一定以上の戦闘能力を持ってるし、それだけで雑兵としては及第点。
そしてその最低ラインはクリアしているから、成長した後でも、いざとなればどんな役割もある程度こなす事ができる。数もいるから、かけた穴を即座に埋めることは簡単だ。
……だが。
安定性があるのは、あくまで機能面だけの話。
そこに絡む要素……心は、不安定の塊と言って良い。
たとえ優秀であったとしても、精神面が足を引っ張って成長出来ない奴はごまんといる。成長しても、発達した能力が有益であるとは限らない。
そのような生体パーツに、頼って良いものかどうか──そんな疑問視する声が一部で上がったらしい。
だから、上層部は実際に造ってみることにした。
成長する力を犠牲に、そのスペックをボディの性能向上に充てる。能力は最初から完成されてるので、非力な子供の姿でなく、強靭な大人の姿としてデザインする。
そうして、持てる技術をすべて詰め込み……特別実験個体が──エレノアが生まれたのだ。
彼女に兄弟はいなかった。同期もいなかった。
仲間と呼べるものは、何もなく。彼女はたった一人、重い期待を背負いながら、冷たい棺の中で目を開けたのである。
そして直後、そのスペックを確かめるべく、あらゆる実験を課せられた。
本人曰く、訳が分からなかったそうだ。
そのせいで多くの失敗をしたし、一生懸命になってもついていくことが出来なかった。
結果――
「……まあ、所詮、実験個体は実験個体だったわけだ。
基準を満たしてなかったり、コスパが悪かったり…… スペック向上の代償として、精神年齢だって他の子より低くなってね。そんな私は、欠陥品って見做されちゃってね。そんで揉めに揉めた挙句、こんなところまでたらい回しにされちゃったんだ。
出力が安定してるからって、まともに訓練させてもらえなかったし……本当、どうすればいいか分かんなくて参っちゃうよね!」
投げやりに笑うエレノア。
僕はそんな表情を見て……なんていうか、ぎゅっと胸が掴まれるような思いになった。今まで、こいつのことなんも知らなかったんだなって。
それなのに、勝手に気に入らないとか思って馬鹿みたいだった。
でも、それを素直に出せる僕じゃない。
誤魔化すように、気になっていたことを聞いてみる。
「……なあ、普段のエレノアってさ、やっぱり演技なんだよね? 今のエレノアが、本当のエレノアなの?」
「だって、こんななりなのに、ガキっぽかったらおかしいもの。それに捨てられたくないから、頼りになるよう振る舞わないと」
「……じゃあ、妙にチャラチャラしてるのは、なんでよ?」
「それは……なんか、分かんないけど、知らないうちにモテちゃってて。そんで、モテてる人ってああいう行動とるのかなって、面白い半分でなんとなく実行したら、予想以上に反響が良くて、後に引けなくなったっていうか……」
……そんな理由であんな行動とってたんかい。
こいつ、思ったよりも相当の馬鹿だ。
しかも、本当はかなり恥ずかしいのか、耳の辺りまで真っ赤になって、「仕方ないじゃない……」とぶつぶつ呟いている。
僕はなんとも言えない顔をするしかない。
そして、一言。
「……アンタ、不器用な奴だなあ」
「……じゃなかったら、ここまで泣いてないわ」
「世知辛いな……」
「はあ……」
エレノアは、死んだ目で盛大に溜息を吐く。
苦労人だな。
流石に同情を禁じ得ない。
僕は労いの言葉をかけた。
「でも、アンタ、頑張ってたんだな。凄いわ」
「……そんなこと言われたの初めて」
「そうか」
「君、変わってるね。さっきも、好きなように振る舞えば、なんて言ってきてさ。ここに来る前、皆、私のこと変だとか、おかしいって笑ってたのに。中身と外見が釣り合ってないって」
「……」
僕は思わず黙ってしまった。
かける言葉が見つからなかった。
確かにエレノアの言う通り、ギャップがおかしく映るのは避けられないだろう。
心が体に追いついていない分、チグハグさは隠せない。
それに僕ら天使は子供だけど、子供じゃない。中身はしっかり大人だ。その精神年齢は大体、人間様を基準すると、十三〜十七才ぐらいで揃えられている。
……そう考えると、そのでかい体は多分コンプレックス……何だろうな、こいつにとって。
だから、無駄に大人ぶろうとしているのだろうか。
たらい回しにされた経験もトラウマとなって。
でも――
「……僕は、今のエレノアの方が好きだな」
瞬間、ボフン、とエレノアは赤くなった。
恥ずかしそうにあたふたとし始める。
「ふぁ!? ええ、んな、何でよぉ……い、いきなりそんな……」
「はあ!? そんな意味で言ったんじゃ……あくまで親しみがあるって意味だよ!!」
「あ、そ、そうだよね! うん」
僕もあたふたして訂正すると、エレノアも妙に無理やり納得したみたいに頷いた。そうして、何とも言えない空気の中で……けれどエレノアはだらしなくニヤニヤしている。
「……えへへへ」
「どうしたんだよ、気持ち悪い」
「気持ち悪いって何!?」
ガガン!! とショックを受けるエレノアだけど、小さくまた笑う。
「だって、そう言う風に言われたのも、初めてだから」
「……。初めて……」
その言葉が、どうにも甘く胸を締め付けて仕方なかった。
だから、僕はついこう返していた。
「だ、だったら、僕の前では無理に隠すなよ。悩み事があるなら聞く。いつでも、……ここで待ってるからさ」
「いいの!?」
するといきなり距離を詰めて、僕の手を両手で握るエレノア。
思わず、んぎゃあ!? と言いそうになったり、その柔らかさに心臓がドッキンコと音を立てたが、なんとか平静さを保つ。
そんで出来るだけ何でもないふうに言った。
「い、いいよ、別に……エレノアだし……暇だし」
「〜〜〜〜!!」
嬉しくてたまんないって感じで、エレノアは喜色満面になった。
それが最高に可愛くて、不思議とキラキラ輝いて見えて、つい頬を赤らめてしまったのは悪くないだろう。たとえ中身がガキンチョでも、顔は無駄に良いのである。……いや、それはそれでまずい気もするが。子供相手トキメクのは、何だかすごいロリコンみたいだ。
しかもこっちの気も知らず、エレノアは煽るみたいに笑ってる。
「照れてるんだ〜? 可愛いの〜」
「……うっさい」
逆に僕のことを可愛いって言うなんて、なんだそりゃ。
「あ、そういえば名前はなんていうの?」
と、エレノアは今更思い出したように聞いてきた。
僕はちょっとの間悩んで、呟く。
「盾持ち……?」
「何で疑問系なの?」
「いや、普通に悪口だし、仲良い奴いないから名前考えてなかった」
最悪、識別番号や型番でどうとでもなるしな。名前なんてのはただの慣習だ。使い捨ての天使にとって、然程重要視されるものではない。
だって言うのに、エレノアは少し悲しそうだ。
「ちょっと寂しいよ。名前は絶対あった方がいいに決まってる」
「そうかあ?」
「そうだよ。第一君のこと、盾持ちとか呼びたくない。悪口で呼んでも気分良くないでしょ?」
確かにそうかもしれない。
エレノアの言う通りだった。
「さて、そうと決まったら早速ライブラリーに行こうか!」
「こういう時は自分で調べないとね!」とエレノアは立ち上がって僕の手を引っ張った。
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