逃亡②
第8話 取引という名の
(私はこのままだとイシズエに売り渡される。そうして、彼らの恩を売るネタとなり、さらに向こうでも冷遇される。)
マルキアは慎重に言葉を選んで、口を開いた。
「……でも、それを私に教えてくれるってことは、完全に私を売り渡すつもりではない、ってことですよね。」
虚勢を目一杯張って、奥歯噛み締めて言った。
「まあ、さすがイシズエの経営者としての英才教育を受けてきただけはあるな。」
(皮肉か……)
グウの音もでない。
「それだけ帰ってこいと願われるんなら、相当使える駒なんだろうな?」
飽くまで紳士的、ただ、じっとマルキアの瞳のずっと奥をとらえて離さない。それだけで、マルキアは襟首を掴まれているような印象を受ける。
(ここで謙遜は悪手、コイツなら、そんなこと言った日には強制送還が待ってる。かといって喧嘩売るのもなし。性格も読みきれてないし。)
どう返答しようかと懸命に頭を回す。
「……そうだな。今、見ての通り、立て込んでるんだ。お前、手伝え。」
「……は?」
返答する前に新たなことを言われて、刹那、脳がフリーズする。
(命令かよ、クソ野郎。)
マルキアは遅れてやってきた苛立ちをあくまで心の中で吐き出して鎮静化した。
「私なんて信用できる要素が微塵もない人間をそんな無防備なところに入れ込んで良いんです?」
「おいおい、わかってて聞くんじゃないよ。生意気だぞ、俺を試そうなんざ。お前の想像通りだぞ。今、お前ほど信用できる人間なんざいねえ。目的が分かりきっていて、手綱も握れる。そして、お前1人くらい、把握できないわけがない。」
リヒャードは瞳孔見開いて言った。
「私が持ち出した情報を使って、私の望むようにイシズエを動かすとしても?」
マルキアは真顔で言った。
「イシズエがそんな黒い情報握らされてくれるほど甘い組織じゃないだろ。それに、ここまできて出戻りってお前のプライドが許さないんじゃねぇの?まあ、俺からしたらお前のそのプライド?もかわいいだけのハリボテだがな。」
笑いながらそう言って、リヒャードはマルキアの耳元で、「家出のお金だぁれにもらったのかなぁ?」と意地悪に囁いた。
これには動揺しただろうと口を三日月に裂いて笑いながら、マルキアの表情を確認して驚嘆した。
彼女は小馬鹿にしたように笑っていた。
「まさか、親の金だとでも?」
心底おかしいと笑ってからこう言った。
「確かに元手は親からのお小遣いだよ。けどね……
ちゃ〜んと増やして返してきましたヨ。」
マルキアは家出を決心する前から資金運用に手をつけ、有望な人を探しては投資、アドバイス、人脈を使って機会の提供を繰り返し、活動資金を稼いでいた。
家出するためのメンバー集めや、資金調達にはこのお金が使われており、新たにビジネスを立ち上げるには後ろ盾も資金もまだまだ足りないが、世界的にも一等地と呼ばれるSecretary特区でオフィスと大人数の住居を賃貸できるくらいには金持ちなのだ。
「これは、期待以上だな。余程、上に立つ者としての才があるようにみえる。」
リヒャードの賞賛に小さく眉間に皺を寄せた。
心のどこかで、頭の隅でわかっていながら無視していた、自分の才能。
自分のやってきたことを考えれば、それは必然だった。
「さて、もう一度問おう。お前、俺の仕事を手伝え。」
これは取引という名の脅迫である。
答えなど、最初から決まっていた。
マルキアには頷くしか選択肢が残っていない。
「よし、じゃあ、連絡先を交換しよう。そこに業務内容を送るから、命令は絶対遵守。いつ何時でも呼び出されたら来い。」
リヒャードは苦虫を噛み締めるような表情を愉快に見る。
「それと、世襲も悪くないと思うぞ。」
厳然たる態度と、優位性、そして、正論……
(クソ厨二野郎が。)
マルキアは心の中で悪態をつくことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます