第7話 罠

 マルキアがAIにテキストで命じてSecretaryでの通報方法を検討していたそのとき、薄暗い廃坑に光が差した。


 「面白そうな話をしているな。」


 高らかな声が響く。


 コツコツと(無駄に)足音を立てて、歩く人影は、正装しているように思われる。


 「俺も混ぜろよ。」


 刹那、空間が張り詰めた。


 怪しげなる密談の集団の顔は青ざめ、誰かが息をヒュッと鳴らす音がマルキアの耳に届いた。


 「……リ、リRicherdリヒャード=Wardウォード!?」


 「呼び捨てかぁ、俺も呼び捨てしていい?」


 リヒャードと呼ばれた男は至近距離まで近づいて、顔面に息を吹きかけた。


 「Loganローガン?」


 「な、名前!?」


 知ってるよ、と口パクで言った。


 「駄目だよ、逃げちゃ。まあ、無駄だけど。」


 リヒャードはキロリと目線を向けて、逃げようと算段をつけている輩を牽制した。


 (リヒャード・ウォード?……聞いたことのない名前。)


 マルキアは聞き耳を立てていた。


 アルドルに調べさせても、いつもよりもレスポンスが遅く、ネット上に情報が少ないのだと察する。


 ならばと、画像検索をかけようと、カメラを向ける。


 (少し光が少ない? というか、逆光……)


 ただ、マルキアもフラッシュを焚くことはできずに、なんとか顔を認識させようとしていると、カメラ越しに男と目があった。


 ぶわっと鳥肌が立って、腰を抜かした。


 (こっちを見た……!?)


 「録音は録れたか、Noahノア。」


 密談時にパソコンを熱心に操作していた子どもがこくんと頷いた。


 それらを見ながらマルキアはハッとした。


 (そうか、景観にそぐわない警備の薄い建物、内通者、全てが……!?)


 「さて、我が社、最大の掟……守秘義務。それを破ったという自覚はあるよな?」


 (逃げないと、マズイ……。けど、あれはもう見つかってる?)


 「……その、わ、わたしは……」


 「我が社に入った以上、それに、俺の存在を知ってるってことは……分かってるよな?」


 「はーい。終了終了。」


 パチパチと手を叩きながら、別の男が入ってくる。


 「もうちょい時間取れよ。」


 「必要な証拠は録れたでしょう?それに、もう十分演出は楽しんだはずです。みなさん、お願いします。」


 「うーっす。」

 「はいはい。」

 「ン……。」


 どうやら、扉が開いて、足音を立てて入ってきていたのは、ただの趣味だったらしい。だがしかし、マルキアはそんなことを気にしている余裕はなかった。


 (こちらをみたときに、見られたのは?……とりあえずは、服を変えて、で、帽子かなんかで誤魔化そうか。とはいえ、ここにも防犯カメラが隠されていたりして……。)


 音声入力を利用しない場合は、アルドルに命じるよりも、自分で端末を操作した方が速いため、忙しなく指と視線を動かしながら、自分の服を変えていく。


※最新式の端末は指で画面に触れて操作できるのとは別に視線を読み取って操作可能なものもある。しかし、目線はふとしたことで動いてしまうために、使いこなせる人は少数。


 物音を立てないように忍んで、端末を操作して、そう時間は経ってないはずだった。


 「でさ、家出常習犯……マルキア=フォーブスはこんなところで何してんの?」


 視界に影がかかったのに驚いて見上げると、そこに立っていたのは、リヒャード=ウォードだった。


 「マルキア=フォーブス。Secretary特区ウチにはちゃんと手続き踏んで不正なく入ってるけどさ、こんな防犯カメラの位置を気にしながら、見るからに怪しげな建物に忍び込んでたら、問題だってわかってるよね?」


 (……なんで名前バレてるの?画像認識?いや、私が彼らを撮れなかったように、彼らも光の加減で私を撮影できないはず。それとも、どこかに防犯カメラがあって、調べた?というか、家出常習犯って何さ。)


 「世襲に経営。それらが嫌〜つって、よーく逃亡してたよね?お前さ、Secretaryへの信頼が妙に高い、もしくは、そこまで気を回してる余裕がなかったってことで、Secretaryウチの防犯カメラ無視してたよな。」


 ギクリ。

 つぅーっと、汗がこめかみをつたう。


 「それがよ、うちの警報AIシステムによく引っかかるんだ。犯罪なんかはしてないから、飽くまで注意しろってだけだけどな。不審なくらいに防犯カメラを警戒した動きをするから。」


 お前、レッドリストに載ってんだよね、とリヒャードは言う。


 (つまり、最初から危険人物としてSecretaryに目をつけられてたってことで?)


 今後の計画を考えて眉を顰めた。


 (そして、今回のゴキブリ●イホイ的罠に、飛んで火にいる夏の虫してしまったってこと。)


 「理解したか?ま、お前は相応に頭いいからな。」


 「それで、リヒャード=ウォードさん、私を捕まえにきたんですか?」


 覚悟を決めて、マルキアが尋ねる。


 「いや、全然。」


 あっけなくそう答えられ、思わずポカンとしてしまう。


 「ま、どうしようかな、とは思ってたけど。」


 これを見てと見せられたのは、端末に映されたある文面。


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(前略)

弊社『(株)イシズエ』の専務の愚娘マルキア=フォーブスが行方不明になったため、捜索の協力を貴社にお願いしたい。

詳しい情報と、正式な依頼文書(貴社webサイトの形式に沿ったもの)は以下に添付した。

(中略)

貴社の機密主義の方針は弊社も十二分に理解しているところであり、不正になんらかの情報を求めるものではない。飽くまで、規則に則った依頼であることをここに重ねて記しておく。

貴社の尽力を期待する。

(株)イシズエ


添付ファイル

format.pdf

data.csv

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 「随分と大切にされてるじゃないか。」


 リヒャードは笑っていった。


 「……そうですね。飽くまで、七光の経営者として。」


 マルキアは自嘲した。


 「Secretaryはまだ、この要請に対して回答をしていない。……機密主義とはいえ、家出人の捜索に手を貸すことはやぶさかではない。彼らに虐待の事実もないしな。」


 Secretaryは、子どもが虐待や何かから逃げるために家出した場合、彼らの家出を手助けすることさえある。


 だがしかし、マルキアはそれに当てはまらない。

 彼女は歯噛みした。


 「ついでに、イシズエに恩も売れる。悪くないだろ?」


 (確かに、ポリシーは絶対に守る。けど、ポリシー内で利潤を追求する、民間企業。当然か……。専務の娘を助けた、これは大きな恩に、利になる。)


 「もう、わかっているだろ?」


 (ここで、それ以上の利を示さなければ、送還される。)


 苦境に震えながら、マルキアは不敵に笑った。

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