第6話 見てしまった

 「知っての通り、ここは世界に5つしか存在しない特区のひとつ、Secretary特区」


 文明が発展し、経済が発展し、技術が発展した今、国よりも、大きなプラットホームを管理している民間企業のほうが力を持っていた。


 そうなった今日でも、国というものは存在していて、国ごとの法律も存在するし、形は変わり果てているが、政府というものもある。


 「特区はどの国にも属さない、治外法権だ。一方で、Secretaryが管理している特区であるから、彼らのポリシーに反するなら、勿論、相応の罰則がある。それはわかっているでしょ?」


 「カーターとサリームはわかっていないっぽいぞ。」


 マルキアの言葉に大我が待ったをかけ、ソフィが説明を始めた。


 「つまり、このSecretary特区ではSecretaryっていう会社が一番偉いの。」


 「せくれたりー?が王様ってこと?」


 「(王様というのは語弊があるけど、)そういうこと。」


 ソフィ説明に納得した様子だったので、マルキアは次の説明を始めた。


 「Secretaryが特区を設けているのはsecretumセクレタムを運営しているってこともあって、受け入れられた。そして、国から土地を買い上げて、今がある。つまり、ここを運営しているのは利潤追求を目的とした民間企業。ポリシーに反する利潤追求はしないだろうけど、場合によっては、私たちが追い出される可能性もある。」


 secretumとは、世界トップシェアを誇る情報管理システムである。国際機関のとある事件以降に設立され、設立以来、情報漏洩は一度もない。多くのサービスがこのシステムに支えられ、secretumを利用したログイン方法はとても有名ある。


 「Secretaryは機密については相当厳しいからね、賄賂があっても無理よ。実際、それをやろうとした組織が、昔しっぺ返しを受けていたもの。」


 実際、とある国家が情報を集めようとSecretaryに掛け合った際には、賄賂を渡した事実まで録音映像などなどで詳らかに公開された。


 「それは百も承知だよ、リヴィア。でも、方法がないわけじゃない。それこそsecretumに預けた情報は安全と言っていいと思う。けど、それ以外にも情報は溢れている。……Secretaryは来るものは基本拒まないから、イシズエから追手がこないこともない。その時に後ろ盾として、守ってもらうものが欲しいの。ま、これは私の個人的な事情だけど。」


 マルキアは苦笑いしてから付け加えた。


 「その私の事情を除いてもね、彼らに認めさせることは有用だと思うの。私たちはここの家賃を含めて、それぞれの特技をそれぞれで売って、収入を集め、共同管理によって支出を減らしている状態にある。けど、いつまでもそれでいるつもりはない。最終的に、私たちは事業を立ち上げることが目標にある。それには今ある資金では到底足りない。」


 「つまりは、投資が必要ということじゃな。」


 「Exactlyそのとーり。そこで活躍して出資してもらおうと思って。幸い、Secretaryでは、企業内事業立ち上げシステムがあってね、それによると……」


 AIアルドルに声をかけて、資料を皆に見えるようにしてもらった。


 「Secretary内で、起業するってのがイメージに近いかな。Secretaryが全面的に応援してくれるし、リスクも最小限にしてくれる。Secretaryの名前を使えるところも大きいかな。代わりに、うまくいった場合には利益を還元しなくちゃいけないけど。それを差し引いても有用だと思うんだね。」


 「つまりは、僕らに事業を立ち上げさせといて、最悪、secretumだけで立ち行かんくなったときとか、時代の流れちゅーもんに合わせて主軸事業を転換してこってわけか。頭えぇな。」


 志鶴はSecretary目線でそのシステムについて考察していた。

 しばらく発言がないカーターとサリームはすでに理解を諦めているようだ。睡魔との格闘に忙しい。


 「そう。企業内での新陳代謝ということ。」


 「なら、僕らは皆、Secretaryに入社せなアカンってこと?」


 志鶴の質問は想定内だったのか、頷いてから、話し始めた。


 「全員が入社する必要はないよ。規則によると、メンバーは勝手に集めていいことになってるから。けど、誰かは入らなきゃいけないし、事業が失敗した時の手当てとかは社員分しか出ないから。そこらへんは強制しないけど、ちゃんと選んでね。」


 付け加えるようにフォローした。


 「大我とかソフィとか、リヴィアにスミスさんとかは、既に手に職って感じだし、ここからも並行でやってくと思うので大丈夫な気はするけど。まあ、他の人たちも、何らかの特技がないとここにいないし、失業するってことはないと思うよ。」


 少し弱気な発言をしたと自覚したマルキアはふと気づいて謝罪した。

 そうさせるつもりはない、と。


……

…………


 少し出てくると言って、マルキアは外に出た。

 アルドルは端末を通じて使用可能にして、オフィスに置きざりにした。


 敷かれたレールの上とはいえ、世界はずっと変わらず広いのに、それが見えずにいたあの頃、檻に閉じ込められたみたいに窮屈だった。

 けど、今、世界はずっと広い。


 マルキアは風を心地よく浴びた。


 (抜け道を探しちゃうのは悪い癖かな〜。)


 そんな事を考えながら、ひとり、小道をゆく。


 カメラの場所、人の視線、往来からの見え方、きょろきょろと周りを見ながら、確認をして、抜け道を探していく。


 (……もう、こっそりと抜け出す必要はないのにね。)


 Secretary特区ならばどこも綺麗な建物が厳重に建てられているものと思っていたのだが、意外にも空き家や工場跡が点在している。


 (このセキュリティー、何世紀前の?)


 ハッキング不可、賄賂不可、諜報不可の難攻不落のSecretaryにしては不自然なほどに脆弱な建物。


 (こんなの、犯罪者の格好のスポットじゃないか。)


 興味をもったマルキアはこっそりとその建物に近づく。


 壊れた窓から中を覗くと、十数人の大人たちが、会話をしていた。


 「情報はしっかりと取れますよ。ほら、このガキ、なぜかキーをもっていたのです。」


 「確認はできた。約束の金だな。」


 「そのことなのですが、少し色をつけてもらえないかと。」


 「なに?」


 痩せ型の男と、筋骨隆々の男。

 そして、その痩せ型の男の隣で、無言でノートパソコンを叩いているおかっぱの少女。


 「ほら?わざわざ、この社に入って、このガキを見つけて、そそのかして、随分と手間がかかりまして。」


 「おい、調子乗ってんのか、あ゛?」


 筋骨隆々の男の手下と思われる世紀末ヒャッハー男がメンチ切って喧嘩をうるのを筋骨隆々男が止めた。


 「やめろ。こいつ以外に今、情報を得られる奴はいねぇ。」


 「よくお分かりで。」 


 世紀末ヒャッハー男の脅しにもニタニタ笑って同時ない痩せ男は端末を確認してから、情報が入っていると思われる何かを渡した。



 (……これはガチの犯罪現場に出くわしてしまったのでは?)


 マルキアは声が聞こえ始めたあたりから、端末の録音機能を発動していたが、いよいよガチの犯罪だと感じてきたようで焦り始めた。


 (これは通報?けど、どこへ通報すればいいの?ここは特区だから警察もいないし、ならSecretaryに電話?それも変だな……というか、あの痩せ型の男、Secretaryの社員だって言ってた?あとは、その隣の子供、あの子も共犯なの?)


 録音機能はそのままにしながら、アルドルAIを呼び出して、テキストで尋ねた。


 特区で犯罪を見てしまったらどこに連絡したらいいの?

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