第4話 Secretary特区

 もう数分で到着するというときに真幌は尋ねた。


 「そーいえばさぁ、総入れ歯さぁ、2人はエイ語話せるの?」


 これから彼らが向かうのはニホンの東側にある大海であるパシフィック洋を渡った先にあるノース米大陸のカナダにあるSecretaryセクレタリー特区。公用語はエイ語である。


 「俺たちは話せますよ。」

 「イシズエ系列の養育院よういくいんだとエイ語とニホン語両方を使えるようになります。毎日交互に話すので。」


 養育院、即ちオヤナシの子どもたちを育てる施設での育成方針は施設ごとに異なるが、同じ系列の養育院では似たようなスペックの子どもが育つ。


 (前世、英語の試験なんて最悪の点数だったけど、そんな風に育てられて仕舞えば普通に話さざるを得ないんだよね……。これだけは施設に感謝していいかも。)


 「話せルンバァ?ならマーモンタイかな。正直、今ドキ、地域別の言葉が残ってる方がなんでかイミフなくらいだけど、まあ、ユニークで大好き。そう考えると、オヤアリの方が甘やかされて育つからな。エイ語話せないやつ、というかモノリンガルなんて、意外といるし。」


 『オイッ オマエラ, モウ着クゾ。コノ 旅ノ神 ヘルメス様ニ 感謝シロッ!』


 機内に偉そうな声が響く。


 『敬エ! 奉レ! 崇メヨ!』


 「なんでアナウンスがカタコトなんだ?」


 大我は戸惑い、ソフィは謎のノスタルジーに襲われた。


 (Hermēsヘルメスと名乗っているのだから、操縦しているAIだろうけど、創作の中以外でこんなカタコトなAI見たことないぞ。)


 (カタコトロボット‼︎)


 「カタコトロボット……カタコリロボット?あぁ。これはブレンダンのマイブーム。AIにわざとカタコトで話すように調教したって。生意気なのは性癖だから、いつも変わらないけど。冷たくされるのにキュンとしちゃうぅらしいよん。」


 (いつも思うがなぜハンドラーになった?)


 AI調教師ハンドラーとはAIに物事を教えコントロールする職業である。

 AIが人間倫理的に間違ったことを選択したなら正し、賢くより自分の味方になるように育て、扱う。故に、ブレンダンのような性格のものは少ない。


 「ブレンダンは罵られたいらしいから、そのように調教しがちだ。」


 「性癖を満たすために仕事してるの?」


 ソフィは思わず本音を漏らしてしまった。


 「その通りだヨ。」


 ニョっと壁から顔を出してきた男が言った。


 「もう着いたから、呼びにきたんだけど。ぶっちゃけそうだネ。自分を素晴らしく罵ってくれるAIに育てたいと思ってるヨ。ま、現実の恋人も募集中ダケド。」


 どうやらリアルな恋愛の方はお相手がいないらしい。


 「副業で恋愛ゲームのシナリオ会議にも参加してるヨ。」


 「そーゆー方面に素養があるんだ。ブレンダンは重度のオタクだから、エイ語圏出身で、外国語は習わない施設だったんだけど、ニホン語を独学で身につけたんだ。」


 大我とソフィはあまりの情報量の多さに呆然としていた。


 (俺はあんまり関わったことなかったけど、この人もやばい人だと?常識人はいないのか?)


 「さて、ゴーしよっか。2人も私と一緒に安全なところまでついてきて。」


……


(株)Secretaryセクレタリー

情報管理システムsecretumセクレタムを提供する会社。どこの国にも属さず、情報管理業務や電波の提供を行なっている。これまでに情報漏洩は一度もない。パスワードやIDの管理は基本secretumを通じて行う。

本社はカナダ近郊にあり、他の支社は砂漠やオーストラリア大陸、そのほか宇宙コロニーなどに点在する。拠点は災害が少ない地点が選ばれやすい。


Secretary特区

(株)Secretaryの本社一帯の地区を指す。どこの国にも属さない治外法権。


……


 「うんうん。ここならマーモンタイタイ。にゃんともいえないけど。とりま、ここでバイバイだね。マルキアちゃんには、ちゃぁんと恩を忘れぬようくれぐれも伝えてちょ。恩返し、これ、重要なりっ。」


 真幌はそう言って笑った。


 「ありがとうございました。俺たちからもちゃんと伝えとく。」


 「よろしゅうな。あと、ソレはここで替えてって。」


 了解と目で返事をすると、端末を操作して、一瞬にして姿を変えた。

 それを見て満足そうに頷くと、真幌は去っていった。


 「うん、LO★CATエルオーキャットもONにしたことだし、そろそろかな。マルキアちゃんに会うの楽しみぃ。」


 「ついさっき、会ったばっかだろ。数時間も経って無いぞ。」


 旅路はたったの25分。なんなら、飛立つまでの方が時間がかかっているくらい。それにしたって、数時間も経ってい無いのだ。


 「それはそれ、これはこれなの。全く、風情ってものがないよ、大我くんは。」


 ソフィは不満げに言った。


 「事実だろ。」


 「抑圧された家から飛び出して新たな門出っ!新しい出会いがどこかで待っている……ワクワクッ。そんな新しくなったマルキアちゃんに会えるんだよ。楽しみじゃないはずないでしょ?」


 ワクワクが隠せ無いソフィは落ち着いてられ無いのかむずむずと今にも走り出しそうだ。


 「それより、俺は初めての場所に慣れねぇよ。」


 大我は別の意味で周りをキョロキョロとしていた。


 方向性は違えど、2人とも挙動が不審なことに間違いなかった。


 『そろそろ合流するはずだ』

 「おっと、いたねぇ。案内ありがと、Ardorアルドル。」

 『礼には及ばねぇよ』


 「老体にこの速度はきついんじゃが?」

 「補助器具つけてるんだからあんまり関係なくない?」

 『気合いだ、気合が足りねぇ!』


 近づいてくる三つのかげ。


 ゴツゴツとしたスーツを身に纏った頑固そうな老人。

 肩より短い天パの髪はインナーのみ明るい黄色で染まっている快活な若者。

 そして、若者の近くを一定距離で浮いて進んでいる丸い物体。


 「久しぶり、ソフィに大我。まあ、そんなに時間も経って無いけど?」

 『根性入れてけよぉっ!』

 「よく来たな、ようこそSecretaryセクレタリー特区へ。」

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