第3話 25分の旅
「ああぁ〜蓮根にぃあ〜なが空いてるぅ。あ〜なをあけたいなぁ。」
真幌の意味不明な歌は続く……と思ったが、正面から現れた人物を見て、真幌は歌うのをやめた。否、一時停止したという方が正しいか。
「みかっさん、その人たちでいーの?」
細く背の高い少年は、へにゃっと笑いながらそう聞いた。
「いぃえっさー!」
言語が原型をとどめなくなってきているが、気にしたら負けだと大我は突っ込むのをやめた。
「えぇっと、初めまして。みかっさんのお手伝いみたいなことをしてます。
「おっ、おぉ。ご丁寧にどうも。石川大我と……」
「ソフィア=イシザキです。この度はお世話になります。」
丁寧に挨拶を返したものの、
(常識人だ……)
(本当に三笠ちゃんの部下なの⁉︎)
内心では2人ともめちゃくちゃ驚いていた。
「ちょっとぉ、なんか心外心外辛亥革命なんですけどぉ。怒っちゃうよぉ?もう激おこぷんぷん丸発進だよぉ?」
「本当にこんな上司でいいんですか。上司についてどう思いますか。上司に不満とか。」
大我は真幌を横目に見ながら、畳み掛けるように尋ねた。
「!? そ、そんな……みかっさんに不満なんて。僕みたいなオヤナシにも丁寧に接してくれて、待遇も気を遣ってくれる。これ以上望むのは烏滸がましいです。」
モジモジと照れながら応える姿に、なにか無理をしている様子は見えなかった。
「だーかーらぁ、オヤナシを卑下するなって何回も言ってるのにさあ、きーくんってば聞かないんだよ。あのとき絡んできた奴らが異常なの!! 今時オヤナシ差別なんてさぁ、アホみたいじゃん。ねぇ、そう思うでしょ?」
真幌は大我とソフィの方に振り向いて尋ねた。
「まあ、あるとは聞くがな。俺もソフィもオヤナシだし。別に俺はなんとも。」
「同じく。オヤナシに違和感はあるけど、この世界はオヤナシの方が多いよね。」
(前世の地球じゃあり得ないことだけど、少子化対策で一定年齢になったら子どもを産むことか精子や卵子を定期的に施設に提供することが義務付けられている。人工授精・人工出産された子どもや出産したものの、育てることを拒否した場合は施設によって育てられる。その場合、親が誰であるか知ることはできない。子育ての費用は全面的に無料だけれど、身体的負担やライフプランの多様化、相対的貧困などから子どもを産もうとする人は少なく、施設育ち、つまりオヤナシの方が多い。)
「ほらね。……というか、ソフィちゃんの言い回しは面白いね。ユニークグッジョブ。その言い回しがストーリーの人気の秘密かなぁ。」
真幌はニンマリ笑った。
(なんか、のほほんとしているくせにいちいち気が抜けねぇ。怖ぇ。)
「さて、時間がないよぉ。まああるんだけど。急ぎなんでしょ?」
「ええと、はい。端末に衣服データ送るので、それに着替えてください。今は裏方で、みかっさんが管理している地区ですが、どうしても通らなきゃいけないところがあるので、そこでのカモフラージュに着替えてもらいます。1回着たら削除されるようになっているのでくれぐれも悪用は……」
「そこら辺は多分だいじょーブイブイ。マルキアちゃんがそんなに抜けてる子とは思ってないから。マルマルキアキアは『凪』だからねぇ。」
大我はすぐに了承して、端末を取り出し、連絡先交換を始めた。
「ソフィと俺の共有スペースに招待するから」
「はい、じゃあそれで。」
数秒で完了して、ソフィがスペースを開くと、データが届いていた。
彼女はダウンロードしてからアプリにインポートして、専用のボタンを押す。
(相変わらず、すごい技術。何回経験しても、やっぱりすごい。)
元々の服が粒子となって変化して、インポートしたデータの通りの服に変化した。
(繊維粒子……高いけど、これがあれば服を何着も揃える必要ないんだからすごいよね。他の人たちは当たり前すぎて感慨もないらしいけど。)
繊維粒子の普及によって、奇抜なデザインの服が増えていき、制服を採用する社、制服の改正回数が大幅に増加した。
「このデザインいいな。参考にするわ。」
さっさと着替え終わらせた大我はくるくる周り後ろを見てデザインを確認していた。
「著作権の範囲内でね〜。そうじゃないと訴えちゃうぞんびぃ。」
……
…………
その後、いろいろあって用意されたプライベート旅客機に乗りこんだ。
「え、三笠も乗るのか?」
「あ、そうだよ。私のSecretary特区への視察の旅客機にこっそり乗せるってことだから。きーくんは留守番だけどね。で、お馴染み操縦はAIの
AIによる自動運転がすでに実現してはいるものの、非常時やAIが不具合を起こしたときのために常にパイロットが乗って操縦している。AIとパイロットで著しく操作が違った場合は警報音がなる仕組みになっている。
そうして旅客機は飛び立った。
「にしても、すごいよね。マルキアちゃんさ。せっかくオヤアリな上に完全世襲でないにしても、将来は約束されたも同然。そんなオヤアリの人が家出なんて、滅多にないことでしょ?そもそも、位置情報も共有されているだろうし、マルキアちゃんはいくら爪を隠していても向こうが求める程度には優秀だっただろうから、そう簡単に逃してももらえないだろうし。」
唐突に真幌が言った。
「実際さ、私も親と同じような道に進もうとしてる。そっちの方が楽だしね。わざわざ親に素を隠してじっと隠れてるなんて……私には耐えらんないね。」
「マルキアは経営者……そういう管理者よりもなにか現場でやりたかったらしい。……イシズエじゃ、現場職は幼少期からの訓練が必要だからもう望みは薄いと見切ったらしい。」
「現場ねぇ。ルートから外れるほどに唆られんのかなぁ。大変だろうに。イシズエの現場は確かに、宇宙訓練が必要だから今からじゃ無理かもね。」
(正直、俺には社内でバチバチやってんのも家出すんのも似たようなもんだけど。)
「三笠ちゃんのところは、そのルートがそもそも大変だよ。」
Anywhere 25min は次世代の幹部候補を育てるために長期試験を5年おきに行なっている。参加年齢は自由。参加回数も自由。スタートで400人に絞られ、そこからどんどん人数は減っていく。現在1軍に生き残っているのは
そこに立ち続けるというそのルートも生ぬるくはない。
「それで、現場の第一線に立てる可能性をAIに託した……。それで経験のひとつとして今自立できそうなAI
「三笠ちゃん……いつもいつもありがとうございます。」
マルキアたちの近況を聞きながら見守り、ときに協力してくれる三笠をまっすぐに尊敬できなくとも、感謝しているのだ。
「勘違いしないで。これは先行投資。いつも言ってるでショ?恩を売ってるの。おおぉぉんをう〜る?オーンウール?センコーセンコーセントーレッツゴー!」
いつの間にか真面目な空気は霧散して、いつものトンチンカンな真幌に戻った。
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