21本目ー思わぬ、ハプニング
いよいよ旅行だ。
学園の裏庭に集合するみんな。
途中から入ってきた生徒も含め、合計で三十二人だ。名簿を確認する。全員揃っている。
今回行く場所はとある渓谷。イーヴンが私の出した条件を見て提案したところだった。「天使の監獄」と呼ばれるこの渓谷には、いくつも絶景が揃っている。
そして今回の授業の目的はもちろん───。
「はい!じゃあ、それぞれの『作品』、ちゃんと持ったー?」
「「はーい」」
手を叩いて生徒たちの注目を集める私。そばでイーヴンがいかにも「本格派・探検家」という風の格好をしている。そして私を挟んで右側には(珍しく)厚着のエミラ先生がパンフレットを読んでいる。
「今日は待ちに待った旅行!! 行くとこは一昨日パンフレットで渡したね。危険はないけど色々めんどくさい場所だから、各々その『作品』を存分に活躍させてねー」
そう、今日は『作品』発表会でもある。
一年間かけてみんなが考えてきた魔法の回路の中で、一番いいと思う作品を活躍させ、それを最後の宿題とするのだ。
思った以上にアイディアとは出るもので、既に二三個、私が気になっている道具がある。
「じゃ、しゅっぱーつ!」
私の掛け声とともに、みんなが「おー!」と意気込んで、旅行はついにスタートした。
校長先生やマズマ先生に見送られて、私たちは学校の大噴水に向かう。水を口笛で止め、噴水の抽象像に触れて私が呪文を唱える。みんなも像に近寄る。
空間が歪む。
そして一秒の沈黙。
……再度水が噴き出す頃には、そこには誰もいなかった。
転移先。
「……まあここら辺でいいでしょ」
私たちは今、とある噴水の中に立っている。
「ラメちゃん、渓谷までここから……徒歩十分かしら?」
エミラが確認する。
「うん。それくらいはかかるね……はい、じゃあ歩くよー」
既に煙が立っている。整っていない道。昼間なのに薄暗いのは、周りが山に囲まれているからだろう。鳥の甲高い鳴き声が頭上に響く。
遠くに見える細い道に、無数の太くて黒い柱が違和感を醸し出しながらまばらに行き道を塞いでいた。
「あれが、大黒柱っすね」
イーヴンがぼそっとつぶやく。
「いや、違うでしょ……」
私が否定する。大黒柱って、一家の大黒柱のことだよね。違うよ、ただの邪魔な柱……
「いえ、そう書いてありますわ、『大黒柱』って」
「まじ!?」
エミラが説明を読み上げる。
『一家の大黒柱が頼りないと強く思う人はナイフで柱にハートを刻みましょう!』
うっわ。
うっわぁ……。
感想も出ない。生徒たちも呆れた顔をしている。近くで見るとそこまで狭くはなく、縦に一列になれば十分通り抜けることができる。
いや、気になるのはそこではない。
「ハート刻む人多くない!?」
「ちょっと多いわね……」
そう、見れば見るほどものがいえなくなる。
刻まれすぎて倒れている柱も多数。夫さん、見たら泣くよ?
「うへぇ……大黒柱ってこんな感じなの?」「いや、オレならすげー大黒柱になるぞ!」「いや俺だって……!」
とまあ、生徒たちにはいい反面教師になったようだった。
……絶景かと言うと……。
絶(句する)景(観)ではあるけど。
もう少し進むと大黒柱の逆で、「妻に文句を言う柱」もあって、こっちも細かい文字でいっぱいになっていた。
……はやく来い、絶景!
「あ、暗くなってきた」
見あげると、高い天井があった。渓谷の入口だ。
水の音が聞こえる。
生徒の何人かが声を上げる。
「俺『飛べる照明』作りました!」
「私も!」
「僕も!」
三個の照明が円を描きながら私たちについてくる。そして時々鱗粉を散らしたり、光の幕を落としたりしている。
それを見ればまあびっくり。写真だった。
上から撮った全員の集合写真だ。
取っておけるものでは無かったが……よくもこんなことを考えたよ。
照明兼写真(ここでは写真とは呼ばないが)は大人気だった。私は照明を披露したみんなにコンスープを渡す。合格の証拠だ。喜ぶ生徒たち。
「あ!」
イーヴンが指をさす。
その先に見えるものに、みんなが感嘆の声を上げた。
「きれー」
「綺麗!」
「……素敵っすよね」とイーヴンが寄ってくる。私がうん、と軽く返す。岩の天井が欠けたところから、光の柱が差し込む。それはカーテンを作り、そして天井をよく照らした。……そこには無数の氷柱が生えていた。暖かくなった部分は溶けて、また凍って、不思議な形を織り成している。
氷のハープ。あるいは、絹の滑り台。
暗闇の中の、一点の芸術。
「絵に残したくなるわね」エミラが缶コーヒー(事前に渡したもの)を啜る。……今飲むのはまずいよ。トイレどうするの。
「……そうですね」とだけ答えて私は自販機を取り出した。
「「イチゴ!」」
一気にみんなの視線が氷柱から私に向く。駆け寄ってコインを入れる生徒。受話器を取ってイチゴに話しかける生徒。照明器具をイチゴにつける生徒。イチゴ(あとはウスメも)は今回の旅行の中ではずっと大人気だった。
……絶景を見に来たんだよね?
ただ、気になってしまう気持ちも分からなくない。この世界には自販機はないからね。
「はい、休んだら次行くよー」
「次は『天使の監獄』のすごいところのひとつ。蒸し暑いところだよ」
イーヴンが先頭で説明してくれる。彼女を連れてきて本当に良かった。
絶景渓谷『天使の監獄』、見どころのひとつ『魔女の宴会』だ。
ここからだと歩いて十五分ほど。
近づくに連れて、次第に冷えた体が夏らしく温まり、そして「蒸し暑い」に変わる。
みんな上着を脱いで、ノートで仰ぐ人もいる。
濡れた岩壁はシダ類のいい住処だ。蛍光色の蝶や手のひらサイズのドラゴンが私たちの周りを飛び回る。
落石が地面のクレーターに沈み、ボコボコと危ない音を立てる。
ここは魔女たちがかつて集まって宴会をやった……んじゃないかと思われるような景色が広がっているのだ。釜っぽい岩が沸騰し、天井が濁っている。いかにも「魔女の家」という感じだった。
幻想的。さすが絶景。
だが、暑すぎる。
立ち込める蒸気に触れただけで火傷しそうな場所だ。イーヴンが「手袋持ってくればよかったっすねー」とざんねんがっている。……場所の紹介だけでも助かってるから気にしないでいいよ。
涼める手袋や私の「珈琲擬」を真似した乾燥剤っぽいなにかを見せてくる生徒たちもいる。もちろん合格だ。
……。
だが私としても、先生らしいことの一つや二つはしたいものだ。
「……コホン!」
そこでひと披露!
「じゃじゃーん」
私は得意げにリュックから空き缶を取り出した。空き缶を投げると、空中で冷風を起こす。扇風機代わりだ。範囲としてはみんなを包めるほど。岩壁を避けながら進める身軽さ。
我ながらいいデザインである。ちなみにエミラ先生に少し手伝ってもらった。
「どう?先生すごいでしょ。これ、」
と、反応を待っている私。
が、生徒たちの反応は思ったよりも薄いものだった。あれ、初日の感動はどこへ?などと困惑していると、
「……これ先週見ました」
「えっ」
「……これだと気流で天井がよく見えないわ。……先生どかして貰えませんか?」
「あっ」
さらに、さらに。
「あ、オレもそれ作りました!」
「私も!」
と、次々と手を挙げて、各々の扇風機を取り出す。大きさはともかく、まあ素敵なデザインをしちゃって……。
「……」
「どんまい」
「どんまいっす」
体育座りになって落ち込む私を、イーヴンとエミラが慰める。
いや、ね?
生徒が成長するのは嬉しいけど。
もうちょっと喜んでくれてもいいじゃない?魔法のあれこれ、色々イチゴと相談したんだよ……?先生泣くよ……?
「……なんか、つらい」
「わかるわ、わかるわ」
「わかるっす」
「イーヴン絶対わかってない」
「いやまじでわかるっす」
「まじ?」
「まじっす」
「……イーヴン減点」
「僕案内役っすよ!?」
とまあ、旅行とはトラブル(?)が付き物である。
ショックは受けたものの、観光自体は概ね成功と言えた。一日で回りきれる場所ということで、移転が可能な渓谷を選んだので、回れてあと二箇所だろうか。今日はあと一箇所、そして翌日に最後の一箇所だ。
「次は……『堕天の花園』だって」
天使の監獄に、魔女の宴会、そして堕天の花園。なんともまあ中二病っぽい言葉の羅列だ。つい口に出してしまい、イーヴンに「中二病ってなんすか」と聞かれた。が、説明ができる私では無い。
よく良く考えれば中二病にある単語、例えば「右目が疼く」や「封印されし闇の……」などというものは、実際にこの世界では存在することだ。呪いは存在するし、封印も存在する。だから、同じ理論でいけばそういうものは変な風に思われないのだろう。
これが普通、という感じで。
むしろこの世で「摩天楼」や「観覧車」と言う方が変に思われるのかもしれない。
……今度作ってみようかな。
私がイーヴンについて行きながら、会社の後輩で厨二病なやつがいたなぁ、なんて考えていたのはここだけの話だ。
さて例の花園。
向かってみれば確かに「花園」だった。
花もある。
園もある。
でもこれって……。
「せ、戦場……だよね」
「ええ、戦場らしいわよ」
面食らう私にエミラがガイドブックを開いて見せる。
「あらゆる種族の始祖が集まり、パーティをしていました。そこで突然現れた一冊の辞典。それを我先にと見ようと思って頭を並べたが、とある種族が先に辞典を開いてしまい、辞典の中身は消えてしまいました。他の始神は怒り狂い、乱戦は始まったそうです。……その戦跡がここだそうですわ」
抑揚をつけて読み上げてくれた。
……神ってこんな感じだったっけ。
気になることは多いが、今は観光優先だ。
花園の真ん中に向かうと、そこには大きな球が浮かんでいた。
ジェルのようなものに包まれ、ただ「静」を保っている。よくよく見ると中に骨か何かの模様が見えるが……。
それを中心にして、私が知らない草花が咲き誇っている。
そして戦場の跡らしく、折れた剣、鉄くず、焼け跡などが渓谷の開けたところに無数に広がっている。……なんで渓谷で戦っちゃったのかな。
一旦自由行動にして、好きに見て回って貰っている間に、私は岩場で休憩することにした。
エミラが生徒たちに呼ばれてあちこちの草花をスケッチしている。……みんな勉強熱心だなぁ。イーヴンも土潜りを披露して、生徒を観客に集めている。もしかしてこのためだけに全身装備してきたのだろうか。
「……はい、着きましたよー。採集場所はここです!」
「……?」
ふと、聞き覚えのある声がして立ち上がる私。渓谷の反対側から、五十数人の人の群れが見える。霧が濃くて目を細めてようやく輪郭が見える程度だ。
「もしかして……アメ!?」
駆け寄る。
先頭には、一人の少女が黒いマントとゴーグルをしている。彼女はそれを取り外し、顔を現した。
半信半疑の顔だ。
だが、お互いの身長や、声、雰囲気から、すぐに認識出来た。
「……もしかしてラメさん!?」
「アメであってる!?」
「はい!アメです!」
まさか、こんなところで出会うとは思わなかった。
アメの話によると、彼女らもちょうどここに来て、薬草の採集をするところだったらしい。タイミングが合ったのだ。
せっかくなので、「技術科」と「猛毒科」の二「軍」は合流して、長い休憩することにした。お互いの学科で友人関係の人もいるので、顔を見合わせて「もしかして……ちゃん!?」「え!?来てたの!?」と喜んでいる。人数が倍以上になって、寂れた戦跡は一気に賑やかな雰囲気に包まれた。
私はというと、アメそしてアメのサポートになったというフィンラと三人でお話をすることになった。
正確にはウスメも参加しているので、四人だろうか。
「ああ、ラメ先生。……ここで出会うとは思いませんでした」
「フィンラ君こそだよ。……薬草取りに来たってことは、やっぱりあの草花って薬になるんだね」
それにはアメが答えてくれた。
「はい、ここって生物の巣になるんです。彼らが薬草を食い荒らしてしまう前に、取れるものはある程度取っておくんですよ」
なるほど、絶景でありながら、虎穴でもあるわけだ。
「ちなみにどんな生物?」
「自己のない生物が多いらしいですよ。一部の蛇とか、一部のドラゴンとか。結構手強いので、あたしは戦いたくないですね」
無精卵に魔法が働いて、勝手に生命が生まれる世界だ。アメといった存在とは違って百害あって一利なしなので、どの種族からも討伐依頼が出ているタイプだ。
せっかく出会ったので、イチゴを取り出してドリンクを分けることにした。……相変わらず自販機は生徒に人気で、イチゴに聞いたところ今日だけでも相当儲かったという。
『あんた儲かってなにするの』
と当然の質問をすると、
『私もよく分かりませんね』
と返された。
夜が相当深けた頃だろう。
三十を超えるテントが点々と灯されながら渓谷に並ぶのは、これもまたひとつ趣であった。
私はというとあまり眠れなかったので、アメのそばで珈琲をすすっていた。夏でもここは涼しい。危険な場所を避ければ焚き火もできて、キャンプ気分だ。
「フィンラ君、寝ないの?」
フィンラはノートに何かをメモしながら、アメの横でじっと正座している。横顔がほのかに黄色く火照っている。
「ああ、オレは平気です。先生が眠るまで待ってます」
ええ子や……と感動する私。
が、アメはテントの中で布団にくるまってしっかり寝息を立てている。
私の疑問を察したように、フィンラがペンを下ろして笑顔をうかべた。
「先生はまだ眠ってませんよ。呼べば返事かえってくると思います……あと一時間くらいはかかりますね」
「よ、よく観察してるね」
一年間そばで眠っていた私ですら分からなかったのに、この子……。
「これでもサポート役ですから」とフィンラがアメの顔を見た。
「そういえば、なにメモしてるの?毒の名称とか?」
「いえ、これは」
フィンラが恥ずかしそうにノートを私に見せる。
そこには鉛筆で、上手くはないが丁寧な線でアメが描かれていた。寝顔だ。
「毛布じゃなくて、葉っぱにくるまるんだね」と私がくすりと笑うとそれにつられて口角を釣り上げ、彼は「まあ、そこはデザインですから」と零した。
ついでに、「本当は芸術科に通いたいんですが、親が厳しくて」と漏らした。
目を瞑っているアメの毛布の隙間に、先日いただいた翼が生えたキノコとモモンガが埋まる。キノコの方は真っ白で、ふわふわの羽毛が二枚貝のように本体を包んでいる。モモンガはアメの頬がお気に入りのようで、スンスンと嗅いでいる。
フィンラに尋ねるとどうやらこのふたつとも「猛毒」の塊だから、アメが分泌する毒は平気だという。
「アメ先生の授業を受けるようになってから飼うようになったんですよ。……オレが毒に慣れるまで結構時間かかりました」と吐露するが、毒って慣れれば大丈夫というものだっただろうか。
「……フィンラも、普通の人間ではないよね?」と聞くと、「オレ人間っすよ」と笑われた。毒は努力で何とかなるという。
「ラメさんこそ、アルノウシャの森林街、救ったらしいじゃないですか。もはや人間離れですよ」とからかわれた。
それはどーも、と返事してから、(あるのう……?どこ?)と一瞬疑問に思ってから、すぐに「ああ、あの廃村ね!」と思い出した。私の初討伐があった場所だ。今や跡形もなく賑わっているから、忘れてしまっていた。
あれは全員の功労だ。決して私がひとりで立ち向かったわけじゃない。
「……いや、あれは……」
と言い訳し直そうとした時。
「……!?」
グラッと大地が揺れた。
地震かと反応して私が立ち上がると、突然の気流に呑まれ、焚き火が消滅した。
「……生徒たちを呼び起こしたほうがいいですか」
フィンラがテントの群れを見た。
「うん、お願い……これは!?」
「うおっ、なんじゃこりゃ」
「きゃーっ、前が見えないわ!」
「ちょっと、僕につかまってろ!」
「お、お前そっち危ねぇぞ……おい、服が燃えてる!!」
突然の出来事に目を覚ました生徒たち。
が、湧いてでたような濃霧に騒然としていて、まとまる気がしない。
「技術科集合!!こっちよ!壁側に寄って!」
遠くでエミラ先生の掛け声が聞こえる。
私だって今は先生だ。
やれることなら、やらなければならない。
「猛毒科はこっち!!」
フィンラの声も聞こえる。
「アメ!聞こえる!?」
ウスメを鷲掴みにして、アメを夢中になって探す。
「はい!聞こえます!キリミちゃんとシマミちゃんも一緒です!……わぁっ!?」
グラリと再び揺れる地面。煎餅をへし折るように、大地にヒビが入る。そしてそれに伴って、さらに蒸気が立ち込める。
危ない。
反射的に私はそう判断した。
独断の行動は行けない。
咄嗟に体が動いて、私は人の群れがかすかに見える場所に向かって走った。落石はウスメが叩き落としてくれた。
「みんな、平気!?」
私が聞く。
「大丈夫です!……え、ラメ先生!?」
生徒側から「ラメ先生なんでここに!?」「ラメ先生あっちなんじゃ」という声が聞こえる。遠くで、アメが「あーっ、間違えましたーっ」と叫んでいるのも耳に入った。
「……う、嘘でしょ……」
渓谷の尖りが破裂しながら崩れ落ち、分断される二つの学科。
煙が徐々に薄くなって、私のそばに駆け寄る猛毒科の生徒たち。
そこでようやく私は現状に気づいた。
……アメと私は今、反対の学科の方に立っているという現状に───。
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