20本目ー1年後、そして旅行間近

 日が経つのは早いもので、中期休暇を挟み、いよいよ最終学期が中盤にさしかかろうとしていた。


 私もアメも連勤はないので、この一年間はほとんど「よく休んで」「よく身体を動かして」「よく遊ぶ」のキラキラ三拍子を踏んでいた。

 思えばこれは私が地球にいた頃一番送ってみたかった生活だ。

 やりがいがあって、ハプニングがあって、満足に毎日を終えて、そして締めは屋上テラスにて一杯の珈琲でアメと乾杯する。


「もう一年ですねー」

「そろそろねー。ハイ乾杯」

「乾杯!」

 時期は教師試験から約一年。夏がこれからやってくる時期だ。

 今日はアイスココアにした。最近、自動販売機イチゴにアイス機能を設けた。追加でアイスを入れてくれる魔法の回路。設計は私と、美術科のエミラ先生。

 最近は美術科を取る人が、私の魔法創作も一緒に取る人が増えてきて、もはやうちの学園では入学時の常識のひとつとなってしまった。

 そして、さらに別の常識。


「この間、ひとりだけ毒検定取った子がいるんです。あたしが持ってるクラスのフィンラっていう子です」

「フィンラ君は知ってる。背が高い子でしょ。……へえ、アメの検定って厳しいんじゃないの?よく生き残れたね」

「ちょっと、あたしそんなスパルタじゃないです!」

 アメが頬を膨らませる。

 そう、この学園に、「毒検定」ができたのだ。全国から年に二度人々が学校に集まって来て、アメによる検定が行われる。

 その門の狭さ、なんと倍率一万超。

 初めて聞いた時は、私も腰が抜けてしまった。だがこれは国からの認定が入っているので得られればほとんど将来安定だ。やっておきたいと思う人も多い。


 ほとんどアメの功労だが、おかげでこのメンデラージュ国立総合科学園、入りたいという生徒の数がわずか一年でうなぎのぼり。東西南北からより優秀な生徒たちが通うようになったのだ。

 一流の学校で有名だったのに、今度は超一流に成り上がってしまった。

「アメすごいよほんと」

 ぼんやりと空を眺めながら褒めると、アメが雑誌を私にみせた。

「ラメさんだって、魔法でバカ売れじゃないですか!これの方がすごいですよ」

「私はまた訳が違うよー」

「ほら、ここに『ラメ教授、更なる驚愕の回路を発表』って───」

「ぎゃー、やめてー」


 日はやがて暮れる。

 特にやることもないので、ソファーに寝っ転がる。そこにイーヴンが帰ってくる。

「ただいあーっす」

「おかえりー今日遅かったね」

「いやあ、追試受けちゃって」

 イーヴンのイーヴンで、追試は安定だ。

「もー……あ、お風呂沸かしてあるから入っちゃってー。……んーどこにしよっかなー」

「なんのことっすか?」

 イーヴンが私が見ている雑誌を覗き込む。旅行の雑誌だ。

「ん?旅行だよ、旅行。うちの学科って最後に、遠くに行くじゃない?その場所を決めてるんだけど、私あんま詳しくなくて」

「本当はあたしが行きたい場所にしたいんですけど、それだと危なすぎるんです」アメが悔しそうにぼやく。

「それだったら、僕もついて行くっす!いい場所教えるっすよ」

「ほんとに!?」

 がばっと起き上がる私。行く場所を任せられるならそれ以上いいことは無い。が。

「……あんた学校なんじゃ」

「あ、その日は僕学校無いっすよ!」

 ああ、学科の違いか、と理解する私。

「でも、部外者おっけーなのかな」

「マズマ先生にいえば一発っす!」

 イーヴンが嬉しそうにガッツポーズをする。マズマ先生……。この一年間過ごして、だいたいこの男がわかった。人の観察が得意。一方で生徒に激甘だ。目的を持って、やる気がある奴なら大歓迎!というタイプだ。

「あれ、ウスメはどこっすか?」

「ああ、今外で見回りをしてくれてるよ」


 ───コンコン。

「はーい」

 ウスメが帰ってきたのかな?と思ってドアを開けてあげる。するとそこに、少年がひとり立っていた。

 水色っぽい整った髪。高い背。ぶかぶかのパーカーがよく似合っている。私を見ると、ああ、ラメさんこんにちはと手を振った。

「あ、フィンラ君」

 そう、この子がフィンラである。

 アメの生徒であり、そして───体術科ではクラスメイトだ。

 気さくで、話しやすいいい子だ。なんというか、聞く耳を持っている。

「今日はどうしました?」

 アメがソファーから顔を出す。先生と言うよりは、父親の帰りに喜ぶ娘に見える。

「アメ先生、いらっしゃったんですね。……その、先生にちょっとお話がしたくて。時間頂けませんか」

 最初は慣れなかった。

 生徒が先生の家にやってくるなんて、ありえないと思っていた。

 だがパーティに呼ばれたり、宿題をわざわざ出しに来たり、質問しに来たりするうちに、まあこんな感じなのもアリかなと思えるようになった。

「別にいいですが……」

 アメが私たちに目をやる。

「いいっすよ、僕はお風呂入ってくるんで」

「私もウスメとちょっと出かけてくるよ」

 お邪魔のようなので、イーヴンは上の階に、私は軽く着替えて外に出ることにした。



 外。

 暗い。

 森に囲まれているこの「抹茶ラテラス」と、街の方へ向かう一本道だけがほのかに明るく灯されている。

「ウスメ、ちょっと街に行くよ」

「あら、どうしたのかしら……突然」

 私が池から出ると、信号機ウスメが器用に跳ねてついてくる。……もう感覚が麻痺しているけど、もはや妖怪状態だよね、ウスメちゃん。

「ん、ちょっとぶらつくだけ」

 信号を右手に握った。


 突然。

「……!」

「……なにかありますわね」

「うん。……静かに」

 森の中で、なにかが飛び回っている。

 小さな、丸い影が見える。

 影は地面に潜ると、姿を消した。

「ここだ!」

 私は信号を振り下ろす。だが盛り上がった土はその勢いを落とさない。鋭い水の結晶が生えて来て、私の足を襲う。

「痛っ……」

 避けきれず掠ってしまう。体に痺れが走る。が、これは慣れっこだ。後ろに二三歩下がり、片膝立ちになってウスメを構える。こっちの方が強いし、ウスメも酔わずに済む。


 ───【止マレ】。


 赤いライトが光り、旋風を巻き起こしながら炎の網を広げる。鮫討伐の時から、彼女の技の使い勝手も良くなっている。炎の網で、燃やす対象を決めることができるのだ。


 網に引っかかって、瞬時に溶ける結晶。だがすぐに整形して、地面に潜った。

「もう、いきなりなんなのよ……」

 こっちは旅行前だぞ、と苦情を述べるが、それが話を聞くはずもない。


 ウスメを構える。

「危ないですわ!」

「うん。とりあえず街に行かせないようにする!」

 言葉を続けるまもなく、再度結晶が身体を襲う。いちごオレで身体強化をして、信号を振り下ろす。そしてもう一撃。さらに一撃。

 結晶が四散する。そして液体になった。

「ごめん、つい!ウスメ大丈夫?」

「え、ええ。我慢したわ……これって、あれね」

「うん、スライムだね」


 まるでラスボスのように現れて、私を久しぶりに圧倒した存在。液体になって、そしてくっつきあってようやく正体がわかった。

 スライム。

 ……スライムって結晶になれたっけ?

 ……スライムってこんなに強かったっけ?

 時間をあまりかけたくないし、欲を言えばアメたちが気づく前に終わらせたい。

 私は耳飾りを外してイチゴを呼んだ。

 イチゴに壁になる準備をしてもらい、私はその背後でドーピング。

「……何使おっかな……あっ、あれにしよ」

 私が受話器を取る。

『イチゴ、聞こえる?』

『なんですか?』

『炭酸出せる?』

『コイン入れてくださいよ。……なに味ですか?』

『マスカット』

 そう言って、コインを入れる。すると自販機の表示ドリンクがフツリと消えて、全て『炭酸水』になった。

 ……そんな沢山いらないよ。

 一本買う。

 そして一気に飲み干す。

 その瞬間、ペットボトルはいくつもの緑色の魔法陣の帯に包まれた。夜はよく目立つ蛍光色だ。

 スライムを覗くと、何度も結晶になってはイチゴに体当たりしているが、彼女は無限の重さなので、ビクともしない。

「イチゴ、戻ってていいよ」

 自販機は耳飾りになって草むらに落ちる。スライムがまだ結晶になっていない状態を狙って、先程の炭酸ペットボトルを投げつける。それから大きくした空き缶を被せ、三を数えた。

 三。二。一。

 そして続く、地面を抉るような爆発音。缶を被せたので、周囲には振動のみとなって響いた。薄霧が缶の周りに立ち込める。

「……成功、かな?」

 中からの反応はなし。

 開けて見ると、既に蒸発したのかどこかに無くなっていた。ついでにペットボトルも消えた。


『●名称 炭酸(マスカット味) ●効果 飲み干したペットボトルが爆薬になる。●条件 一気に飲み干す』


「……本当に何だったんだろうねー」

「わたくしも分かりませんわ……」

 結局、どこからやってきたのかも分からない。し、どうして突然湧いたのかも不明のまま。

 ……ま、いつかわかるでしょ。

 今はとりあえず。

「……うっ……鼻がツーンとする」

 炭酸一気飲みが、この爆発条件だ。

 あとから来る苦しみは、どうしようもない。そしてまあまあ辛い。……レベルアップして無くならないかな。


 スライムは一旦忘れ、私は再びウスメを掲げて街へと赴いた。



 ーーアメside。


「アメ先生、今日もお疲れ様です」

「フィンラ君ありがとうございます。……それと、おめでとうございます、毒検定」

「あはは、それはアメ先生のおかげです」

 アメはパジャマ姿のまま、一階のソファーに座っていた。手には缶のコンスープを握っている。夏のひんやりバージョンだ。

 対面には、ラメから貰ったコンスープを握っている少年、フィンラが行儀よく座っている。

「それで、今日はどうしました?宿題ですか?」

「はは、それもあります」

「そうなんですか、見せてください」

「ああ、そうじゃなくて」

 フィンラが言いづらそうに頭を搔いた。

「アメ先生、今日宿題出し忘れてましたよね」

「うっそ!……ごめんなさい」

 目を見開いて、すぐに落ち込むアメ。目まぐるしい表情の変化に、フィンラがさわやかにクスリとわらった。

「いいんですよ。……多分次は採集だから、その前に毒草のレポートを出す、だったと思いますが」

「合ってますよ。もしかして……」

「伝えておきました。こういう可能性があるって」

「わぁっ、嬉しいです!さすがはフィンラ君ですね」

 フィンラがいえいえ、と目を細める。そして立ち上がった。


「……もうひとつ、言いたいことがあって」

 フィンラの頬が少し赤くなった。

 オレンジ調の光のオーブが花咲いて、壁を登っては消える。憩いの家としてはぴったりなアロマの香り。

 一息吸って、フィンラが頭を深く下げた。

 えっ、えっ、とパニックになるアメ。

(も、もしかして告白!?)

 告白の経験は今まで無かった。学校も周りはいいとこのお嬢様ばかりで男子との接触はほとんどなかった。だから、いざやられると、どうしていいか分からない。

 恥ずかしくなって、両手でそっと口を覆うアメ。

 そこに、フィンラの一言が重なる。


「オレを、弟子にしてくれませんか!」


 普段とは違う少し強めの言葉だった。

 ただ、告白ではなかった。

 そのことに少し安堵の表情を浮かべるアメ。

 一方で、新たな困惑もあった。

「……その、弟子って。……なんであたし?」

「アメ先生が頑張っている姿が、かっこよく見えたからです。少し危なっかしいところはあるけど、オレが知ってる中で一番いい先生です」

「……」

 嬉しい言葉だった。

 飾りも何もない、まっすぐな褒め言葉に頬を染めるアメ。フィンラが続ける。

「だから、検定をしっかり取った今なら言えます。……アメ先生のサポートがしたいです!……いえ、アメ師匠!」

「……サポートって?」

「オレ、これで猛毒科は卒業じゃないですか」

「……そうですね。フィンラ君、進むのが早すぎますよ」

 アメのサポートがしたい。その一心で頑張ってきた彼は、一年足らずでアメ(及び関連の先生たち)が用意した劇毒科の提出物をひっそり終わらせていた。

 それをしかも特に見せびらかすことなく、「劇

毒検定・最優秀合格者」という逆らえない証拠だけを残して座を去っていくことになる。

 そう、ただ、アメのサポートがしたいという気持ちで……。

「だから、冒険とか採集とか……研究とかで手伝えることがあったら、オレが裏で手伝えたらなって」

 まっすぐ、アメの瞳を見つめる。

 アメはコンスープを目を瞑りながら味わった。最後の一滴まで、いい香りがしてくる。

 ……地味に地面が揺れたのは気のせいだろうか。


 あたしは、この一年で変わりました。

 ラメさんとであって、変わりました。

 ラメさんを知る前のあたしは、ほとんど独りでモンスターを相手していました。

 毒で焼いて。毒で殺して。毒で痺れさせて。

 お父さんがあたしを放り投げたあとは、やりたいこともなく、ただ一匹の毒ガエルとして戦ってきました。

 ですが、ラメさんはあたしを受け入れました。

 あたしは自分の毒が効かない人を、初めて見ました。そして、彼女は盗賊と出会っても、すぐには毒殺したりしませんでした。鮫と戦っても、森の被害を一番に考えていました。

 不思議でした。

 でも、最近はなんだかよくわかったような気がします。

 ラメさんは包容力があります。そして、あたしを成長させてくれた存在です。

 あたしは今、先生をやっていてとても、やりがいを感じています。

 差し出がましいかもしれませんが……フィンラ君にもそう思えるようになってほしいです。やりがいある仕事をして。そしてコーヒーブレイクをゆっくりと楽しめる。その、手伝いができるなら───。


 アメは深呼吸した。

 フィンラが、不安な顔ひとつせずに、アメの返事を待つ。

「……採集遠征、ありますよね」

「はい、……三日後ですね」とフィンラが返す。

「その時に、あたしのサポート、やってみて下さい」

「……!」

 目を輝かせるフィンラ。

 その様子から目を逸らしながら、アメはコンスープを机に置いた。

「ただし」と缶を鳴らす。

「師匠って呼ぶのは、二人の時だけ。普段はしっかり、アメ先生って呼ぶこと。……わかりました?」

「はい!……頑張ります!……ありがとうございます」

 もう一礼するフィンラ。目を少し潤わせている。

「……あたし、もう眠いです。あなたも早く帰った方がいいでしょう?お母さん、厳しいんでしょう?」

「はい。あ、最後に、これを」

「……?」


 フィンラは涙の跡を拭いて、フードを揺らした。するとぶかぶかのフードから「キュッキュッ」という鳴き声が聞こえて、真っ白な小動物が次々と顔を出した。

「可愛い〜〜♡!」と立ち上がるアメ。眠気はすっかり飛んだ様子で、両手をワキワキさせている。

「あ、撫でていいですよ」

「アオミちゃん、アカミちゃん、キリミちゃん、ミドリミちゃん、ムラミちゃん、シロミちゃん、シマミちゃん……♡お久しぶりです!」

 一匹一匹名前を呼びながら、鼻先や頭を撫でるアメ。表情が溶けている。よく全員覚えてますねと苦笑いするフィンラ。

 彼の服は基本的に必要以上に大きい。それは中にたくさんの小動物を座らせるためだ。

 白いモモンガに白いネズミ、白いユニコーンに白い小鳥。どれもこれ以上大きくならない種である。

「今日はこの二人を先生にプレゼントしようと思って。今までのお礼として。……この二人なら、オレの香りでこっちに飛んでこれますし、寂しがったりしないと思うので」

「キリミちゃんとシマミちゃん!」

 キリミはモモンガ。シマミは空飛ぶキノコ。

「本当はうさぎが良かったんですが、あの子寂しがるので」と追加するフィンラ。「受け取ってくれますか」と訊いた。

「ほんとにいいの?」

「はい、ラメさんが大丈夫と言ってくれれば」

「ラメさん、前ペットが欲しいって言ってましたし、大丈夫だと思います」

「良かったです……たまに見に来ていいですか」

「もちろん。ほんとにありがとうございますね、フィンラ君」

「いいえ、こちらこそ」


 フィンラが抹茶ラテラスから出たあと、十分くらいしてラメが戻ってきた。

 ラメが「何この可愛い生き物ーっ♡……あとなにこのキノコーっ!?」と発狂したのはここだけの秘密である。


























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