19本目ー各々の、日常(下)
学校が始まって、二週間。
高校生くらいの見た目の私、ラメは技術科の先生。
中学生未満の見た目のアメは、猛毒科の先生。
そして二人揃って、体術科では生徒だ。
学校が創設されて以来、初めての試みらしい。よくこんなことを思いきってできたな……と思ってしまう。
「ラメは用意できあしたか……あれ、いつもと髪色違いません?」
イーヴンが制服を着ながらリビングに降りてくる。私はちょうど、アメの頬のシールをつけてあげていたところだった。
「そういえばアメちゃんのシールも可愛いくなりあしたね!」
「これをイメチェンって言うんだよ」
「あー、イメージチェンジっすか」
「……よ、よくご存知で」
……なんでイメチェンが伝わったんだろう?パンダと同じかな?(2本目参照)
そう、イメチェン。
学校では私もアメも結構目立っていた。理由は簡単。何個もの学科を取る体術科のクラスメイトが、アメや私の生徒だったりするからだ。
一瞬で二人は名が知れ渡ってしまったのだ。
それならいっそ、可愛くなっちゃおうという半分諦めのやる気で、イメージチェンジを考えた。
まずは私。
ここに来てから基本的に髪は黒一色だった。あまり派手すぎるのは先生としても生徒としてもあれなので、若干淡い茶色に染めた。
……え?何で染めたかって?
もちろん自販機だ。
最近気づいたことだが、この自販機には面白いシステムが追加されていた。
その名も【飲みすぎんどろーむ】(私命名)。
イチゴに頼めば、飲んだドリンクの色に髪を染めることができるというものだ。
色々試したが、結局カフェラテの色にした。
髪型も変えてみたが、どれもピンと来なかったのでエミラ先生と同じく、低い二つ結びで落ち着いた。
そしてアメ。
彼女は(私曰く)素材がいいので、髪色は金髪で変えなくてもいい。
代わりに、頬や首につけている黒いシールをチェンジすることにした。アメは黒基調がいいと言ったので、シールはそのままで、形を変えた。
右頬がハートに左が星。どれも白いペンで可愛い縫い目模様を飾っている。手首足首はしょうがないので、ほとんど弄らなかった。
最後にマズマさんに確認したところ「もっと自由でもいいくらいだよ」と言われた。「ほらあそこの天文科のアルナシ先生、奇抜なグラデーションしてるだろ?」と例を挙げられた。見ればモヒカンだった。……虹のモヒカンだった。
「んじゃ、行きあすよー!」
そう言って私たちの手を引っ張って、穴の中に潜った。日常である。そして、私だけ汚れるのも、日常である。
最近は私も賢くなって、穴の中に缶をいくつか埋めた。そうすると泥がつく度に綺麗に吸い込んで貰って、かつイーヴンの送迎も風向きを変えて時間短縮できる。
最近は馬車で二時間だった学校に、二、三分足らずで着くようになった。それでも酔わないのは「大地の保護」があるから、とイーヴンが説明してくれた。
学校につけば、まずはエミラと会う。
今日は授業の日だ。エミラの工作室での創作授業。
部屋に入るとまず裸の石膏像が目に入り、同時に絵の具の独特な鼻をつく匂いが襲う。もうこれにも、慣れてきた。
そして次に目に入るのは、露出度高い下着姿のエミラ本人。彼女はこれを正装と言い張っているので、放っておくことにする。生徒が来たら、ちゃんと着てね。
「あ、もう作り始めてるんですね」
髪先がカールしているエミラ。私が渡した空き缶に水を入れていた。
そういえば言い忘れていたが、この世界では金属の飲料缶は流通していない。基本的にガラス瓶や陶器が主流だ。
エミラは「早いですわね」と言って立ち上がり、シャツを着始めた。
「それは何作ってるんですか」
「ほら、ラメちゃんがまえ紹介していた、加湿器?っていう魔法の回路よ」
魔法創作とは、魔法の回路を作ることでもある。プログラミングに近い。
「そういえば、そうでしたね」
私の最初の授業らしい授業は、「加湿器を作ろう」だった。
本当は魔法の回路なんて人間がホイホイ作れるものでは無いが、何故か私は自販機を通せばわかる。異世界特典だろうか。そのおかげで説明書もかけるし、生徒があつかいやすくすることも可能だ。
だが、案外授業とは上手くいかないもので、授業の終わりの鐘が鳴るときに完成した子は半分もいなかった。
感想は、新鮮で面白い、役に立ちそう、とポジティブなものもあったが、みんな口を揃えて「難しすぎ」と言っていた。
……ごめんね。その調整はまたするから待っててね。
にしても。
「よし、これで三つ目完成ですよ」
「どれどれー」
エミラが手をはたく。私は棚に並んだ三つの缶を見た。
感想。
……エミラ先生、天才か?
まず、芸術科の先生らしく、缶の塗装が綺麗だ。可愛い模様は間違いなく女子たちに人気になる。
さらにしくみ。空気中の水分を摂取して、その量をふわふわ浮く魔法の照明で表示する。完全にデジタルだ。
商品としても、芸術品としても、いい値段で売れそうなものである。
「あ、これ空に飛ばせたらどうですか」
「あら、やってみましょ!」
「こうかな」
「……んー、それじゃ、落ちる時危ないわね」
「なら、こうかなー」
「あら、いいわね!」
……と、話している間に生徒が二三人やってくる。
「エミラ先生、ラメ先生、おはようございます!」
「あら、ごきげんよう」
「あ、もう始めちゃってていいよ。今日は前回の続き。終わった人は私に声をかけてー」
いい返事を返してそれぞれの机につく。
「ねえ、お前終わった?」
「うちはまだー」
「オレはもう次に行くぞ」
「えっ、早っ。ね、教えてよ!」
「そうだぞ、先に進むのは卑怯だ!」
「お、おまえら落ち着けよ!」
その様子を見て微笑む私。なんだか、自分が学生だった頃を思い出した。
「すっかり先生ですわね」
エミラが耳打ちする。
「……?どういうことですか?」
「最初の頃、あんなあれこれ心配していたのに、すっかり、先生らしい顔をするようになったわね、ってことです」
「まあ、エミラ先生のおかげかな」
「もう、ラメちゃん。エミたんって呼べばいいのに」
「……ちょっとそれはまだ慣れないかなー……あ、今来た人も始めちゃっててー」
「「「はーい」」」
鐘はもうすぐ鳴る。そして私の今日の先生生活も、もうすぐ始まる───。
一方、アメの方。
「今日はこのクッキーを分析してください!」
アメが教壇の前で背伸びしながら説明する。
二三人で班を組んだ生徒たちの前に、一枚のクッキーが皿に乗っている。
その他に水瓶、バラの缶詰、香料、そしてやかんが置かれている。
「偉い人のパーティの日です。皆さんは今ご主人様がこれからいただくクッキーをもらいました。ですが、この中には毒が入っていると気づいた皆さん。それを分析して、ご主人様に伝えましょう!───質問はありますか?」
彼女のカリキュラムは、私が言っていた「実用性」を意識したものになった。一年間でいろんな種類のシチュエーションを作ることで、生徒を楽しませながら授業を進める。前半勉強、後半実習である。
「はい」
とあるモヒカンが手を挙げる。
誰と聞くまでもない。あの天文の、アルナシ先生だ。
「なんですか」
「オレもやるのか?」
アメは元気よく頷く。
「もっちろんです。アルナシ先生の意見も聞きたいので」
「いや、頼ってくれるのは嬉しいんだけど。オレ、ほとんど知らないぞ毒とか」
「えっ、渡しませんでしたっけ!?書類とか!答えとか!」
その時メガネをかけた男子が立ち上がって、アメの横に行った。そして耳打ちで一言。
「アメ先生、あなたが書類を渡したのは数学の先生です……」
「あっ」
アメが瞬時に赤くなる。先生になっても、ポンコツはやまない。アメは生徒としても先生としても、ポンコツ&可愛いで有名だった。
「……しょうがねぇな、やってみるよ」
「あ、ありがとうございます!……後でそっちに行きますね───じゃあ、そろそろスタートしてくださいね」
ぱしっとアメが手を叩くと、生徒は一斉に分析を始めた。教科書を取り出す人もいれば、ノートを見返す人もいる。
うんうん、順調そうですねー、と満足気に頷いて、アメはアルナシ先生の元に向かった。アルナシ先生はと言うと、教科書を最初から見通しながら、クッキーをナイフで丁寧に分割していた。
「おう、やっと来たか」
「すみません……答え教えたらとりあえず数学の先生のところに行ってきますね。ファーナ先生でしたっけ」
「そいつは産休だから違うぞ。お前が頼んだのあのハゲの先生だろ。あの、変な名前の」
「ああっ、そうでした……えへへ。……あ、そう、お湯に五分間浸して、バラを砕いて入れるんです。色が赤く変わったらおしまいです」
なるほどな、とアルナシがその通りにする。ごつい手をしているが、こういう細かい作業が好きな先生である。
赤く染ったやかんの中身を覗きながら、アルナシは香料瓶を指さす。
「じゃあ、これはハズレか」
「はい、使ったら大減点です♪」
「おまえな……」
呆れた顔をするアルナシ。「スパルタだよな」とやかんを揺らした。アメが腕組をして、「前教えたことですから!」と胸を張って言った。
「先生ー」
「アメ先生ー」
あちこちから声がかかり、アメは元気よく返事して生徒のところに向かった。その後ろ姿を眺めながらアルナシが涙をうっすら浮かべ、「あいつ成長したよなぁ」と低音で囁いた。
教師養成で、アメの担当はアルナシであった。最初の頃、彼は散々アメの毒に悩まされていた。
一週間人が動けなくなる麻痺毒?空気に触れたら爆発する毒?金属をも溶かす毒?生徒に?さわらせるのか?
そしてその実験台の役目であるアルナシ。彼女を教えること自体は娘を持ったような幸せを覚えるが、同時に死神と同席することになる。
この子大丈夫か?オレの教育であっているか?ポンコツで人殺さないよな?と心配の二ヶ月間だったが……。
アメのポンコツに笑って付き合ってあげる生徒たち。
香料を使ってしまい減点を食らって悔しそうにする生徒たち。
分析を素早く済ませてレポートを提出してアメを驚かせる生徒たち。
そしてなにより楽しそうなアメ本人。
振り返ってみれば、付き合ってやって良かったと思うアルナシであった。
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