18本目ー各々の、日常(上)
教師養成が終わり、入学式が始まる頃にイーヴンの父親がやってきた。思った以上に骨が出っ張った顔だった。厳格パパという風で、イーヴンが彼を見るとすかさず「抹茶ラテラス」の上の階に脱走した。
……正確には寝床だろう(ちなみにアメの要望があって、三人で並んで寝ることになった)。
パパの名前はオルヴァス。
軽い世間話をしてみた感じ、クッキーが好き、くらいしか印象はなかった。イーヴンが言うようなルールを前面に出すような雰囲気はなかった。「イヴ(愛称)はちゃんと家の手伝いしてますかね」「イヴなにかやらかしてませんか」「イヴ……」と娘の話が止まらない。
「マイペースですがいい子ですよ。送迎は助かってます」と言うと、申し訳なさそうにしていた。その様子はどこかイーヴンに重なるところがあって、そこはさすが親子、と言いたくなった。
親は別に彼女を今すぐ連れ返す、などという考えではなく、むしろ色々勉強させてください、という方面だった。追加の謝礼品は後ほど……と続けたが、それは大丈夫です、と慌てて断った。そもそもあの廃村が立ち直ってからはだいぶ色んな人に恵まれていて、しかも討伐依頼の報酬もまだたっぷり残っている。お金に困っているわけでは無いのだ。
オルヴァスパパが帰る時に、ではせめてこれを、と招待状を人数分渡された。ただの色紙だが、そこに都合のいい日時を書き込めば彼のところに伝わるという。便利な世の中だ。
さて、教師の話。
私は教師の心得や一部実演を積んでなんとかなったが、アメの方は相当苦労していた。少し手伝おうか、と訊くと「自分で頑張ってみます!」と意気込んでノートに要点をまとめながらエナジードリンクを飲み干していた。
……あ、エナドリ止めるの忘れていた。
アメ曰く他に頼れてかつ時間がある先生も見つからず、カリキュラムも一から作るので、校長先生や一部毒関係の人と協力しているが、流石に徹夜はまずい。
申し訳ないが、私のほうが暇なので無理やり手伝わせてもらった。技術科は元々カリキュラムが存在するからだ。
毒ガエルならではの矜恃なのか、彼女がまとめるノートは本当に細かかった。
・神経毒、確認できるものとして今の所三万種を超えます。効果別に……(以下略)
・皮膚毒、分析可能なもので全十二万種。効果別に……(以下略)
「ちょ、ちょっとまてい」
私がアメの手を止める。
「……なんです?」
「いや、なんです?じゃなくて。……これ、覚えさせるの?効果を?」
「全部」
「全部!?」
ごめんなさい、私でも無理です。学科試験とは訳が違うよ。生徒死んじゃうよ。
私はアメの前で死ぬふりをした。
「一年後生徒みんなこうなるよ?」
「え!そうなんですか!」
「そうだよ!」
気づかなかった……といいたげに身を震わせるアメ。
気付こうよ。
気付こうよ。
……ほかの先生も気付こうよ。
あまりにも干渉するのは悪いので、私はとりあえず率直な意見を述べることにした。
「多くて百個だよ……百個でも多いから分割して覚えさせた方がいいと思う」
「百個!?」
「……うん。生徒側も、全部覚えてたら、生活ができなくなってしまうからね」
「なるほど……毒ばっかり考えてました。反省です……あ、これはどう思います?」
「どれどれ」
『毒創作』
グループになって、条件を満たす毒を作りましょう!材料は事前チェックします。
これはたしかに面白そうだ。
だが、生徒にやらせていいものだろうか。
「面白いけど、危なくない?」
「クラス内でやるので、あたしが見ておきます」
「まあ、それだったら……」
後日。決定した内容をアメが持ってきた。
結局何万という知識を詰め込む必要はなくなり、段階にわけたカリキュラムになったそうだ。
良かったね、みんな。
珈琲ブレイクの時間はできそうだね。
休憩、大事。
そして私の方だが。
私は特にやることはない。
あるとして、私のコマを取る生徒に楽しんで貰えるような授業を作ることだろうか。
「……何やったかなー」
ほかの技術科の先生は知識を詰め込むのが多かった。アメ方式だ。あって、実験くらいだろうか。
私としてはもうちょっと色々楽しんで欲しいので、芸術科のところに行ってみた。
芸術科、そのうちの「魔法アート類」を担当するエミラ先生のところに行って、事情を説明すると大いに歓迎されて、「合同授業というのはどうかしら!」と提案された。
「芸術科」✕「技術科」。
両方魔法関連で、相性はいい。
私の授業では、エミラ先生の教室か材料室を使う。
そして、カリキュラムの内容は「魔法創作」。
「あなたそんなことできるの!?」
と驚かれたので、とりあえず「珈琲擬(16本目参照)」をやって見せた。
自販機を出す訳にはいかないので、全く同じ原理でエミラ先生に教えたら、効果はバッチリだった。
これだったら、原理さえあれば教えられそうだ。
「技術科」の「魔法創作類」。
主に「魔法創作」で実用的な道具を作ってもらう。
目標は「自分のちょっとした願いを叶える」。
「……よし」
満足そうにレポートをチェックして、エミラ先生と二人で校長先生のところへ行くと、すぐにオーケーを貰った。
「あら、旅行には行かないのかしら」
校長のアマネが尋ねる。
「旅行?」
「あなた、旅行が行きたくて、先生になったんでしょう?それなのに旅行は行かないのかなって」
「そうなんですか!?」
エミラが目を見開く。そうだよね。わかるよ。旅行が行きたいっていう理由で、先生にならないもんね。
……だって元々生徒になるつもりだったんだから。まあ、過ぎたことだけど。
「……そうですね。旅行って費用が」
「あら、教育課程に入っていればやりくりは可能よ」
……この人、すごいこと言い出したよ。
だが、私としても嬉しい話だ。
先生になってしまうと、どうしても生活が忙しくなる。……技術科は概ね暇らしいが。
お金が溜まるので先生をやるのは願ったり叶ったりだったが、それで旅行に行けなくなるのは違う。
本末転倒だ。
だから、教育課程としての、旅行。悪くない。
……アメと一緒に行けないのが難点、というところだろうか。
結果、三ヶ月に一回プチ旅行、一年に一度本格派の旅行を教育に盛り込むことになった。そこで、創作した魔法道具を披露し、そして使用する。
うん。
楽しそうだね。
「ただいまー」
私が学校から帰ると、ソファーにイーヴンが横になって眠っていた。その上に小さなアメが座っていて、何やら雑誌を読んでいた。身体を左右に揺らしている。
雑誌のタイトル、『集まれ♪女子旅☆おーるすたーず』。
アメは私に気づくと「あ、おかえりなさい」と言って雑誌に付箋を貼った。
「お、もう旅行計画?」
「はい、これからは忙しくなるので、あまり旅行のプランを立てる時間もないと思うんです。だから、今のうちに決められるだけ決めたくって」
「おー。……あ、ここ面白そう!」
「あ、そこうちの実家です」
「まじ!?──イーヴンどうしたの?寝ちゃってるけど」
イーヴンの顔を突っついてみる。ビクともしない。
「忙しかったんですって。学校が」
「そうだよね。そうだよね……」
私も実はそれで頭がいっぱいだった。
元々、アメの申し込みにとりあえず乗ってみようと思って参加した試験。
それが本当に教師になるとは思ってもいなかった。
それが今や体術科で週二でトレーニングをしながら、週一で魔法創作の合同授業。
メインの学科に比べると大変では無いが、それでも十分日は埋まる。もしも旅行に行きたいだけなら、学校なんかには行かない。
体術科に入ったのは身体を鍛えるためにある。
教師になったのはお金を貯めるため。
それなら、今までずっと考えてきたカリキュラムって……?
お風呂の中で雫を指先から垂らしながら、ひとりでそんなことを考えていた。
「あたしも入りますね」
外からぼんやりとアメの声が聞こえる。
「いいよー」
───ガラガラっ。
「……」
「ラメさんどうしました?」
「……いや、その。私カリキュラム考える時、まあまあ真剣だったのよ。生徒のためーとかだと思うけどね。でも、なんでそんな頑張れてるのかなーって」
「ラメさん……」
アメが水を被りながら、なにか言いたそうにしている。
教師となると、前やっていたオフィスの仕事と同じく、日常が仕事に侵食されるはず。
原動力、なんだろうね。
私はイチゴを取り出して、カフェオレを二つ頼んだ。
「あたしもいいんですか?」
「そりゃね。家族だし。……あなたの方も相当疲れてるでしょ。一から作るんだから」
「そうですね……」
お風呂で向かい合わせになっている。アメの頬が少し赤い。カチューシャを取って髪を濡らしただけなのに、どこか大人っぽい雰囲気がある。……先生になったからかな。
アメが缶をお風呂の縁に載せ、指で縦になぞった。
「でも、楽しいですよ。……今まで毒って、相手をシビらせるーとか、殺すーとかしか考えていなかったんです」
盗賊の時も。サメの時も。
アメの毒は「武器」でしかなかった。
「でも、こうやって自分が必要とされて。自分の毒をもっと深く知れて」
「……」
「やりがいを感じたんです」
「それだ!」
バシャリとお風呂を波打たせ、私が前かがみになって立ち上がった。アメの手を取る。
「私もずっと考えてたんだよ。元々の仕事ね、あんなに長くやっておいて、全然やる気が出なかったのに。今回は時間を削ってまで考えちゃう」
「ラメさんもそうなんですね!分かります!」
アメが目を輝かせる。
「そっかー。……やりがいねー」
「大事ですね……あ、旅行の候補、決まりましたよ!」
「どこどこ?」
それからは先生の話は放っておいて、旅行の計画の話になった。
「やりがい」。
それだ。
魔法で旅が楽しくなる、やりがい。
やりがいある仕事をやって得た、やりがい。
今まで無かったものだった。
そういえば、ここに来る前に、地球でやりがいを最後に感じたのはいつだろうか。高校生の頃だろうか。
それが今では、毎日が楽しい。
アメと出会って、つきあいが広がった。
イチゴやウスメと出会って、鮫を討伐できた。街に歓迎された。
家ができて、生活が始まった。
イーヴンと出会って、教師になって、そして今───。
私はお風呂の水を両手いっぱいにすくい上げた。そして漏斗をつくるようにして水を戻す。
あんなに抱えていた不安が、どこかに消えてしまっている。
むしろ、これからが楽しみ。
サイコロを振る時のようなドキドキが、カフェオレになって胸の中いっぱいに広がった。
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