17本目ー先生であり、生徒であり
誘いの内容はこうだった。
まずはアメ。
彼女は毒が得意だ。
そして学園側としても、毒の研究者が欲しい。
が、一方で体は弱い。剣術ができても、体力がないのだ。
そのため「猛毒科」として(研究しながら)教師をやり、「体術科」として生徒をやればいい。
それから私。
体術科の生徒になる。
そして、「技術科」 の新任教師になる。
もちろん教師養成には通ってもらい──。
「ちょっちょっと、待ってください!」
私が口を挟む。
「アメはともかく、私、本当に先生になっていいんですか!?技術って、この世界……じゃなくて魔法の技術、詳しくありませんよ……わっ!?」
私の横にやってくる男。
ニヤニヤしている。
「君、旅行、行きたいんだろう?」
「はい」そこは素直に。
「そして自由にあちこち回る」
「はい」
「グルメを楽しみ、アメ君などの家族と一緒に好きに回る」
「はい」
「だが残念。この世は広い。魔界。エルフの里。まだ見ぬ楽園……どこに行くとしても、遠すぎる」
「……どれくらいなんですか」
「場所によっては最速で二年」
「にねん!?」
地球一周ですら、こんな時間はかからない。いくら無限に生きられるとしても、そんな長い旅路は勘弁したい。たまには家に戻ってコーヒーブレイクをしたいものだ。
「まず、モンスター。普通は倒せないという奴も多い。次に移動、馬車に乗ってどこまでも、と思っていたら大間違いだ」
「……」
旅とは、簡単では無いのだ。
「そこで!」
男が人差し指を立てる。
「より良い技術で旅行を楽しくする!」
「おお!」
「快適に向かえるようにする!!」
「おお!!」
「そしてグルメを堪能する!!!」
「おおお!!」
「そのための魔法の『技術科』!」
「入ります!」
「……まあ、席はあとひとつしかないし、やらなくても」
「いえ、入らせていただきます!」
半分、はめられたような感じで、私はついに「技術科」の教師となった。……旅行目的で。
教師養成は、九月の生徒入学まで。そこまで成績をある程度取れば、無事教師になれる。そうでなくても、追加料金で養成は続けられる。
……男の雰囲気をみると、私を教師に選んだのは、もっと別の理由がありそうな雰囲気をしていた。
「その……」
私が手を挙げた。「私を選んだ理由ってなんでしょうか。……一応聞きたくて」
一流の学校だ。単純な判断では行かない場所であるはずだ。
「六割」男が二文字はっきり言って、続けた。
「去年から、生徒が六割に減った……どうしてだと思う」
……そんなこと……あるの?
「人気がない……じゃなくてその」
「ははっ、いいんだよ、正直でいい。……正解だ。人気が減っているんだ。うちは伝統ある学校だが、特に最近新規の学校にみんなが目を向けるようになってしまってね。だから君のような」
男と目が合った。
「起爆剤が必要なんだ」
理解したような、していないような。
「君は教師の経験があるか」
「まあ、ちょっとだけ」
アメが私の答えに驚く。本当のことだ。安定職に着く前まで、色々な仕事を回ってきた。もちろん、教師も一時期はやった。……家庭教師だけど。
「それなら教えるのも問題ないだろう……養成課程はある。安心して良い……どう?」
彼が女性を見る。そういえば彼女今まで一言も喋っていない。
彼女は私の顔をみた。そしてアメの顔を見た。
そして「認めるわ」とだけ言って、私達の手元から封筒を飛ばし、自分の机の前に置いた。
その瞬間、封筒は中身ごと燃え始め、炎が消える頃には二枚の硬貨になった。
私たちに戻す。
「これは失くさないでちょうだい。校長印よ。特別科の設立と、技術の特許ね。カリキュラムはほとんど決まっているから、後で送らせるわ」
「あの、もしかして……」
私は貰った、鎌と旗が書かれたコインと女性を交互に見た。
男が女性の横に戻り、表情を和やかなものにした。
「改めて紹介するよ。俺はセキュリティ管理のマズマ。それから──こっちは校長のアマネ……俺の妻だ」
帰り。
校門に戻ると、イーヴンが衛士と話しながら待っていた。
「イーヴン、終わったよ」
「あ、ラメ、遅かったっすね」
既にラメ呼びだ。朝まださん付けだったのに。別に構わないが。
「まあ……色々あって」
「まあ、あの先生っすからね。マズマ先生っすよね」
イーヴンが首にかけたゴーグルを弄る。
どうやら、暗くなると地中はこれが必須らしい。私にとってはどっちも同じく暗いのだが。
「そうだけど……なんで知ってるの?」
「うちの先生っす。あの人、討伐依頼受けといて、先生やってるんすよ。尋常じゃないっす……ちなみに朝そっちに向かったのもマズマ先生の指示っす」
道理で。
ようやく、イーヴンがうちに来た理由がわかった。
「アメはどうっすか」
「うーん。教師になれた実感がないというか……」
アメが正直に答える。私も実は同感だ。
「そうっすよね。僕も話聞いた時びっくりしあしたよ……じゃあとりあえず家まで送るっす。帰りは早いっすよ!」
イーヴンはそう言いながら、私とアメの手を引っ張っていった。
確かに、早かった。二三分ほどで着いてしまった。理由は、来た道を戻ったからである。
そして例によって例のごとく私だけ汚れたので、【珈琲擬】で綺麗にする。本当に便利アイテムだ。
池の前。
「イーヴン、今日はありがとうね」
「あたしからも、ありがとうございました!」
二人で一礼する。
イーヴンが手を振って照れる。
「いいんすよ。いいんすよ。……実は、
ここに来たのには理由があって……」
「「理由?」」
イーヴンは膝を地面に着けて地面に潜るようにして土下座をした。
それから、一言。
「僕を……しばらく家に泊めてください!!」
一階のリビング。
私、アメに挟まれて、イーヴンが申し訳なさそうに縮こまってソファーに寄りかかっている。大きいソファーを買って本当によかった。
「それで……ホームステイシステムを使って家出した、と」
「はいっす」
イーヴン、モグラの精の一家は大家族だ。彼女が長女で、下に妹弟が十五六人ほどいる。父母は偏愛をしないタイプで、全員平均的に可愛がって来たが、最近イーヴンと一個下の弟に対して教育が厳しくなったという。
学科をひとつ増やせ。点数はこまめに見せろ。ダラダラしすぎだ、生活が崩れている。服を整えてから来なさい。ナイフの持ち方が違うわ。敬語の使い方が誤っているわ。剣の持ち方が違うわ───。
イーヴンが勢いよく立ち上がって二人の親の声真似をする。最後は恨めしそうに「ほんっと意味わかんないっす」と吐き出してソファーに沈んだ。
いちごオレ(効果なし)をぐびっと飲む。
「……」
無言になる私。
これは、どっちの言い分もわかる。
おそらく親としては、長女の立場であるイーヴンにもう少ししっかりして欲しいのだろう。まだ出会って一日だが、たしかにどこか(アメとは違う方面で)抜けているのがわかる……アメの心を読んだような恨めしい目線は無視するとして。
「……その、ホームステイはね、問題ないんだよ。空き部屋多いし」
ホームステイシステム。
一定距離以上離れた地域の家に住まわせてもらって、その地の文化を学ぶシステムだ。これはほとんど地球と同じである。
「……ただ、その。無制限に住まわせるのは……」
私が言い濁すと、イーヴンが「安心してください!」と顔を寄せてきた。珍しく目を開いている。半開きだが……。
「僕、掃除でも皿洗いでもなんでもしあす!送迎もしあすから!」
「いや、そうじゃないよ。……それはありがたいけど。こういうのって親御さんの同意が必要でしょう?勝手に住まわせたら誘拐犯だと思われる」
「いえ、もう親には言いあしたっす」
「え」
「だから、親に家出するから、ホームステイに行ってきあすって言ったんす」
「……?エ。なに。親に『家出しまーす』って言っちゃったの!?……親なんて?」
「『やるなら学んでから帰れ。学べないなら帰ってくるな』って言われました。だから家出するんすよ!……あ、お金は貰えあしたっす」
「「……」」
アメが私のそばに駆け寄って、耳に囁く。
「いいお父さんお母さんすぎて、あたし羨ましいんですが」
「うん、私もそう思う」としか返せなかった。
娘にもっと学んで来てもらいたい親。親に馬鹿正直に全部報告しちゃう娘。……正直過ぎるのも気になるが、いい家族じゃないか。
それに、私も送迎をして貰えるなら、これ以上ありがたいことはない。
断る理由はない。
「その、まあ。イーヴンがそれでいいなら、私も別に問題ないけど……アメは?」
「あたしも大丈夫です!賑やかなのは好きです!」
「……みんな……!感激するっす!」
イーヴンが跳び上がって小躍りした。
その後部屋を決めたり、イチゴとウスメを紹介したりして、寝床に転がる頃にはもう深夜になっていた。
あとから聞いた話だと、イーヴン一家は現在学園近くに住んでいるらしいが、実家はとある荒野の地下であり、ここからだと馬車で二年ほどかかるという。
二年……。
本当に、そんな場所があるとは。
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