16本目ーアメ&ラメ、教師になる?

 五分後、学園に着いた。

 早い。

 それは、いいとして、まずは感想を述べたいと思う。


「……めっちゃ泥がかかったんですけど」

「そ、それはすまないっす」


 学園に着く手前のところで、ひとまず身体を綺麗にすることにした。

 イーヴンは私たち二人を引っ張って、土の中を突進して来たのだ。当然土は被る。

 だが不思議なことがある。

 私は不満そうにイーヴンとアメを見た。二人は綺麗なままなのだ。それが、納得いかない。条件はそこまで変わらないだろう。

「なんで二人は綺麗なの」

「ええと。……わかんないっす」

 イーヴンが頬を掻く。

「ええと、風の浄化魔法使いあしょっか?」

「へえ、使えるんだ。あ、でもいいよ。イチゴ!」

 私は耳飾りからイチゴを呼んで、元の自販機のサイズに戻した。からりと空き缶が転がりでる。それを手に取って、


「【珈琲擬コーヒーモドキ】」


 と唱えた。すると全身にベタつく泥や腐葉は全てその空き缶の中に入った。

 珈琲擬。最近思いついたものである。もしもミルクコーヒーがヒールになるなら、これくらいはできそうだと思ったのだ。

 魔法のステップは簡単。

 まずは一本、飲み終わった缶をイチゴに返す。

 そして必要になった時に、魔法をまとった状態で出してもらう。

 あとは唱えるだけだ。

 試行錯誤にまあまあ時間がかかったが、使い道は多いのでしてよかった苦労である。


 イーヴンはというと、魔法を出しかけたまま、固まっていた。

「な、なんすかそれ」

「え?創作魔法って言えばいいのかな?」

 伝え方に困ったので、当たり障りない説明の仕方を選んだ。

「そ……ああ、そうっすよね、この学校の先生になるんすもんね」

 勝手に納得された。追求されるよりはいい。もっと色々問われる前に私はイチゴをしまった。そして服を整え、アメの手をとった。

 イーヴンを見る。

「あ、送ってくれてありがとうね。ここまで来れば大丈夫だから」

「僕もこの学校の生徒っすから、当然のことをしたまでっす。……じゃ、また放課後!」

 何か用事を思い出したように、イーヴンが校舎の方へと消えていった。

 残された私とアメ。

「ねえ、今日って試験の日だから、学校ってないんじゃないの」

 私が何となく訊くとアメから「分かりませんね」と返ってきた。そうだよね。ごめんね、変な事聞いちゃって。


 それにしても、だ。

「ほんと、大きな学校だよね」

「はい、この国の一流の学園ですから」

 アメが顔を真面目にする。私もネクタイに指を触れた。


 目の前に広がるのは一面の庭園。背景に整列する木々。整備された池。噴水。そして真ん中に一本、岩のタイルの道。

 少し早く来すぎたのか、大門は閉まっていた。学校の門にしては立派すぎるほどの衛士が二人、槍っぽい武器を構えている。

 遠くには大きな教会の鐘を備えた本堂とアーチ状の渡り廊下、横に出っ張った校舎。それ以外にも実験に使えそうな小屋が転々と見える。いずれにも誇らしげに旗をてっぺんになびかせていて、学校の威風を感じさせる。


 つい「こ、ここであってるんだよね」とアメに確認してしまった。アメは封筒から紙を取り出し、私にそれを見せながら「あってるはずです」と言った。

 私が見ると、受験票だった紙がすうっと白紙に返り、そして再度色がついた頃には地図になっていた。間違いない。ここだ。示されたガラスペンのスケッチも同じ校舎のもので間違いない。

「……ここなんだねえ……緊張するね」

「はい、もうガクブルですよ」アメが息を吹きかけて受験票に戻す。

 ……さも当然のようにやっているその作業。気になっているが、聞くのはやめておいた。


 十五分後。

 私の顔に焦りが出始めた。

「もう、試験十五分前だよ?……門間違えちゃったのかな?」

「い、いえ、ここであってるはずです!」

「でもぎっちり閉まってるよ?」

 そう。大門が、未だに開かないのだ。

 おかしい。もう既に席に座っていたい時間だ。

「もう一回受験票、見ましょう」とアメに誘われた。断るはずもなく、アメの受験票を覗き込んだ。そして自分の受験票をみる。

「アメ、この受験表って、自分が欲しい情報が出るんだよね」

「はい、見た感じ学校側のシステムですね」

「うん。じゃあ───」


 私は頭の中で【門の入り方】と念じた。お願い。当たっていてくれ……。


 すると。

「!やっぱり」

「……門の開き方ってあるんですね」

 たちまち現れる説明書。内容は簡単だった。

『受験票を丸め、門に向かって投げてください』

 言い換えると、通過条件である。条件を知っていなければ、入ることすら出来ない。セキュリティの一種なのだろう。

 ……そんなの気づくはずないよ。

 過去問っぽいなにかはやった。が、受験票のくだりは予想していなかった。にしても、随分と勇気のいる行動だ。元の世界では絶対にできない経験でもある。


「じゃあ……せーの」

 二人で同時に丸めた受験票を門へと投げつけた。二人の衛士は一礼した。ようやく、開けてくれる。……。

 ん!?

 突然、体がくねった気がした。

「なっ、なにこれ……!」

 そして。

 違和感が消えて再び目を開けると……。


 ───そこは既に、自分の席だった。



 間に合った。

 私とアメは別教室だった。

 長机。前に見える黒すぎる黒板。ようやくである。

「あんなの気づかないって……」

 と手に握られた、丸めたはずなのに元に戻っている受験票を眺めた。ノートを見返す。あまり頭に入ってこない。が、「これは挑戦……これは挑戦……」とイイカゲンな洗脳をして何とか緊張は解せた。

 前にだれかがやってくる。

 黒板を突っつく。

 すると液体のようにそれは波紋を広げ、文字になって再び整列した。


『一分後試験がスタートします……』


 魅入っていると、すぐに時間はやってきて、カウントダウン『0』になった。私は時間を確認し、急いで冊子を見た。

 いや、冊子というより、辞書だった。

 この中に、無数の問題が書いてある。

 まず、一時間半で終わる分量じゃない。スラスラわかっても、三日ほどはかかりそうだ。それを一時間半の間にやるんだから、考えられることはひとつ───加点式。

(去年は一問しか無かったらしいし……ほんと不思議な学校よね)

 無駄な考え事は不要だ。得意な分野を取るのもよし。満遍なく簡単な問題を探るのもよし。

 私は薬草と、生物がまあまあ得意だったので、そこ付近で解けるものを探った。


 三十分。


 一時間。


 そして、一時間半はあっという間に過ぎていった……。




「……ふ、不安……」

 終わった。あとは、面接だけだ。

 校舎裏に出て自販機を取り出し、コーヒーを一杯すする。

「ラメさん!」

 駆け寄ってくる少女。見れば、アメだった。

「どうだった?」

「そりゃもう、難しかったですよ。一問目からわかんなかったし。分量多いし……あ、そういえばそばの人が学者さんでしたよ、こう、もじゃっとした髪の」

 アメがテストではなく周りの人の感想を言い始めた。

 だが、学者という単語に、私は胃が痛くなった。つまりこういう人も沢山受けに来ているのだ。彼らにとってみれば、一部の科目はできて当然だったりする。そういう人たちとの戦いだったのだ。

 その後二人並んで缶を持ったまま、色々感想を言い合った。


 アメはカエルの問題と、毒に関する問題は全部やった、と言った。あとは生物分野だ。


 ……私も実はカエルと毒に関しては、びっくりするくらい解けた。アメのおかげだろうか。あとは、論述点でどれほど貰えるかだ。



 と、思っていると、二人そろって封筒が小刻みに振動した。中には受験票が入っている。取り出すと突然パタパタと折れ曲がり、蝶々になって道なりに飛んで行った。目を見合せ、ついて行くことにした。

 蝶はとある部屋の前で止まった。

 ああ、面接の場所を教えてくれたのだろう。

 私は勝手にそう納得し、アメを一旦外で待たせてドアにノックした。

「……二人とも入っていいよ」

 男の声がした。

 二人共入る?

 そんな感じでいいの?

 それより、なんだかこの声に聞き覚えが……。


 私とアメが失礼しますと挨拶して入る。

 奥に一人の男性と、一人の女性が椅子に座っていた。

 その顔を見て、私とアメは同時に「あっ!あの時の!」と声を上げた。

 男は「適当に座ってくれ」と目を細めた。

 そして髭を優しく撫でながら口を開いた。

「久しぶりだな。あの時は助かったよ」

 間違いない。この人。

 あの宿で私たちに話しかけてきた、受付嬢の父親だった。



「……先生だったんですね」

「ああ、一応な。やはりもう一度、二人にはお話がしたくて……面接は結構だ。話優先だ」

「ええと……その、試験ってどうなったんですか」

 私の質問に腰を反らせて笑った。

「俺が直々に見たが、問題なかったよ」

「「……!……よかったぁ」」と安堵の息をつく。

「そこで二人に提案だ」

 男が身体を乗り出す。

 ……本当にこの人、面接をする気がないよ。



「二人、生徒と教師を同時にやらないか?」








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