15本目ーついに最終日、そして翌日

 無数の空き缶。

 丸まった紙切れ。

 削りに削ってボロボロになった鉛筆に、インクまみれになった作業机。


 試験、一日前。その、夕頃。

 憩いの「抹茶ラテラス」が、「魔窟」に変わっていた……。


 三階、作業室。背中を向けあって机に向かう私とアメ。

「……ラメさん……一本やっていいですか」

 アメが咳をしながら冷蔵庫に視線を送った。

「『一本やる』ってもう薬やってる人のセリフだよ……アメ飲みすぎ、ダメ……ごくっごくっ」

 アメに注意しながら、最後の一口を堪能する私。ため息が出る。

「そういいながら飲まないでくださいよー」

「ごめんて」

 たしかにこれは、ビールを飲みタバコを吸いながら、子供に「酒と煙草は絶対やるなよー」と言っているようなものだ。

 だが相手は同い年だ。最終日だ。これくらいはしょうがない。……と、言い訳をしておく。試験が終わったら、結果がどうあれエナジードリンクはイチゴに停めてもらおう。中毒性が強すぎる。


 後の旅行のためだ。

 旅行のためだ。

 旅行の……。


 私は問題の答えを確認し、最後の丸をつけると大きく上半身を伸ばした。アメが同じ姿勢を作る。

「……」

 なんだか、元の世界に戻ったようだった。

 仕事場を思い出した。

 毎日、こんな感じだったなぁ。

 この世界に住み着いてからは基本的に好き勝手に過ごしてきた。お店のお手伝いをする。釣りをする。森のなかで湧いたモンスターと戦う。忙しいが、新鮮さの方が勝っていた。

 だからエナジードリンクといい、この勉強の雰囲気といい、どこか懐かしさを覚えていた。

 一方でアメは初めてらしい。

 学校には通ったが、それでも受験は推薦状一本でのし上がってきたのだ。勉強も家にお偉いさんを呼んで手伝ってもらっていたという。

 いや、もう完全にお嬢様でしょう、これ。

 放任主義はどこ行ったのやら。

 彼女いわく、それは三十をすぎてからの話だという。そこからは自分で考えなさいと投げ出され、色々適当に過ごして来たという。

 ……お父さん……。

 いや、気持ちはわかるけど。おそらく将来を思っての行動なんだと思う。が、あまりにも急でかつ雑すぎるのだ。一言言ってやりたいが、他の人の家庭だ。私が口を突っ込むことではない。


「もう頭が動かないです……あとふぁぁあ……眠いです」

「アメ……ちゃんと寝た方がいいよ」

「ラメさんこそもう三徹ですよね」

「今夜寝るから……」

 顔をノートに擦り付けた。もう、眠気が侵攻してきている。

「寝過ごさないでくださいね、ラメさん」

 アメは立ち上がって軽く腰を回す体操をすると、マーカーでいっぱいの参考書を閉じて私の横に来た。


「そういえば、もう、ラメでいいでしょ。あと丁寧語はいらないよ。……同い年だし」

 私も立ち上がった。時々剣のトレーニングをしているものの、座っている時間が長すぎて太ももから下に力が入らない。

「その、もうなんか慣れちゃって抜けないんです」

「まあ、無理はしなくていいけど」

「あ、久しぶりに一緒にお料理しませんか?……その、材料も一緒に買ってきて……」

 それには賛成だ。

 詰め込みはもう十分。

 それ以上やっても効果はない。後は明日の朝、馬車かなにかの中で確認すればいい。

 それなら、普段の生活に戻って、料理がしたい。最近は時間短縮のために外食も多かったのだ。


「そうと決まったら、商店街へゴー☆」

 背伸びするように片方の拳を天井に向ける。アメも真似して「ごー!」ととび上がった。


 商店街。

 賑わいが絶えた訳ではないが、前より人が少なくなっている。それもそう、廃村の片付けも一段落して、元の家に戻る人もいるからだ。

 ……私がトイレを借りた家の人は、使われたことに気づいたかな。どうかスルーしてくれますように。

 食材屋に入ると、「あらま、久しぶりねぇ」と店長のおばさんが気づいてくれた。教師免許の話を世間話のつもりで軽くした。

 すると、あら、それは立派ね。今日はひと袋プレゼントするよ、と凝った肩をべしばし叩かれた。なぁに、遠慮することはないわ。いつものお礼に、受験前祝いよ。と、私の遠慮を跳ね除けながら粉をいっぱいに詰めた。

「ちょ、ちょっと多いですよマーラさん」

 私が止める。

「いいんだよ、腐るよりはいいさあ」

「腐るまえに、あなたのお店の場合売り切れますよね……」

 本音だ。

 だがあっちには相当快い響きだったらしく、「あらま嬉しいことを言ってくれるじゃない!」とさらに粉詰めに精力が入った。

 その時、ガラリと木の扉がズレた。

「ラメさん、果物買い終わりました!」

 フルーツバスケットを前に構えるアメが店に入ってくる。うん、様になってるね。服も出会った時のものなので、いっそう輝かしい。「あら、アメちゃんまで。どうしたの、二人揃って今日は」

 仕方ないので、その店長マーラさんにアメの受験を伝えると、

「あらまそうだったのね!それならもうひと袋───」

 と袖を捲りあげたので、私は慌てて「大丈夫です!もう持てないです!」と断った。


 後から聞いた話、アメの方も青果店どうしで「俺のフルーツのほうが北の※ウィーナ産の最高級の……」「私のはレジェンド級の甘さ……」とアメを巡る争いが絶えなかったという。(※どこかの果物の名産地)


 その夜は、せっかくなのでクッキーを作ることにした。

 ちょっと量が多すぎるが、いただいた粉も扱いやすいものだ。生地を捏ねて、フルーツを刻んで混ぜて、オーブン(っぽい火の魔法の云々)で焼いて完成。

 芳しい香りが久々に一階に充満した。残った材料は保存したり、フルーツは冷却保存。

 小さな丸窓の外は黒だ。ほのかに見えるオレンジは、魔法の照明のおかげ。

「ついに明日ですねー」

「明日だねー」

 リビング。並んで座る私とアメ。そして向こう側にはイチゴとウスメ。家族全員集合だ。

『へましないでくださいよ』

 音量を最大にして、イチゴが旧式電話ごしに釘を刺す。

「はいはい」

「……その、おうえん……してるわ」

 ウスメは相変わらず自信なさげだ。青いライトを点滅させる。だが、それでも一か月前ちょっとよりは良くなっている。自分を卑下するセリフも減っ──。

「わたくしだと、イチゴちゃんの言う通り屑なやらかしをするの……お二人は頑張って。絶対に行けるわ」

 ……減ってなかった。

「あ、うん……が、がんばる」

『ウスメちゃん、一言多いですよ!馬鹿なんですか?』

「ひっ……馬鹿ですみません……」


 結局ひとというものは変わりたくてすぐ変われないものだ。

 アメのポンコツも。

 イチゴの棘も。

 ウスメのネガティブも。

 そして、私の────。

 あれと思い返す。特に思いつかないのだ。私はもしかして、この家で一番まともかもしれない。嬉しいような、嬉しくないような……。

 とにかく、明日の試験だ。

 私はイチゴにコインを渡して、コーヒーのボタンに手を伸ばした。そしたらコインが返金口から虚しく転がり出た。受話器の向かって「……なんなのよ」とウンザリした顔で言うと、もっとウンザリした口調で、

『あなたこれで何本目ですか?いちごオレの身体強化とミルクコーヒーの治癒がなかったら、致死量のカフェイン摂取ですからね!?』

 と怒られた。


 ……その。

 なんか、ごめんなさい。




 翌日。

 早朝。

 アメに起こされて、正装に着替えると抹茶ラテの玄関に出た。

 私はここの世界に来た時の仕事服にした。というより、それしか無かった。昨日の食材屋マーラさんに見せたら「あまり見ないけど、素敵な格好よー?」とゴーサインを出された。

 そしてアメはというと。

「やっぱ、可愛いね」

「その、ラメさんもかわいいですよ?」とアメがモジモジしながら返す。

 私とほとんどおそろいの服を装丁してもらった。まあまあいい値段だった。素材がいいんだろう。……まあ、このような仕事場では滅多に見ないイガイな可愛さが見られるなら、お金を払った価値があるというものだ。

 彼女は普段淡色の服が多いので、大人しめネクタイに黒系統の制服は新鮮だった。


 そして、外の空気を吸うようにしてひと深呼吸し、ラテから跳びでる。すると。

「あれ……?あそこにだれかが」

 アメが指さす。

 たしかに、誰かがいる。

 池の周辺に出て、声をかけた。

 私とほとんど同じ身長の、女子だった。可愛らしい学生服を身にまとい、絶えず髪を弄っていた。

 ……私たちに気づいていない?

「あの」

「……」

「あの聞こえてます?……大丈夫ですか?」

「あっ!?え、いらっしゃったんすねー!」

 少女は私を見ると、大袈裟に後ずさりした。ぺこりと頭を下げて、「今日はよろしくお願いしあーす」と言った。


 ……。

 誰?


「あの、誰ですか?」

 アメがズバッと尋ねる。そういう時物怖じしないのは助かる。……私と出会った時に、パンダって言っていたのは、なんでなんだろうね。

 未だに謎だ。

 少女は大きく膨らんだ胸に自慢げに手を当てて、「あっ、自己紹介しあすねー」と喋り始めた。


 単刀直入に言う。

 彼女はモグラの精だ。

 そんなのもいるんだ、と感心した私だが、よく考えるとこの付近は精霊のたまり場であることを、アメに教えてもらった覚えがある。

 こんな子がいてもおかしくはない。


 名前は「イーヴン」。

 淡い緑の短髪は右側に軽い編み込み。櫛で整えた前髪は左側にやや寄せてヘアピンでまとめている。ヘアピンの付け方も独特で、一束の髪を掴んで階段を描くようにしている。

 後ろ髪は適当に流したようなスタイル。見た感じ、エネルギッシュな雰囲気だ。バスケ部っぽい、と言えばいいだろうか。

 前が見えているのか不安になるほど目を細めている……というより、普通に閉じているのかもしれない。

 モグラと言う割には土っぽくはなく、肌に圧倒的な若さを感じる。ついでに八重歯がみえる。


 そして彼女がここにやってきた理由は、「学園までの送迎」であった。

「ええと、あなたが私を……学園まで?」

「はい!二人まとめて送りあーす」

 手をピシッとあげる。

 言い忘れていたが、彼女が唯一モグラっぽいところと言えば、爪が長いところだろうか。

「どうやって行くんですか?やっぱりモグラさんは地下ですか?」

 アメが尋ねる。

 イーヴンが歯を見せてウインクする。

「あったまえっすよ。じゃあ、用意ができたら言ってくださいね」

「用意は一応終わった」

 私がカバンを叩いてみせる。ちなみにイチゴは持っていくが、ウスメにはお留守番していてもらった。小型化ができない限り、学園に持っていくのは良くない。目立つ。

 恐る恐る地面を見た。ここに……潜るの?土を被ることになりそうだけど……。

「じゃあ、もう大丈夫っすね。あ、名前はラメと、アメであってるっすね」

「うん」

「あってます!」

 私はふと気になってアメの耳元で「アメ、アメ」と呼んだ。

『“アメダマリア”じゃなくていいの?』

『と、登録を間違えて“アメ”にしちゃったんです……』

『それ平気なの!?』

『はい、別に問題は無いと思いますが……』

 アメダマリア、以下略。

 長い本名があるのに、間違えて「アメ」で登録しちゃったと言っているのだ。「大学受験、『らめたん』ってゆーあだ名で登録しちゃった☆」と言っているようなものだ。この人はどこまでポンコツなんだろう。……とはいえ自分も本名じゃないので、人のことは言えないのだが。

 この世界では特に問題は無いらしく、なんなら合格したらまた言えばいい、とアメが開き直っていた。


「それじゃ、行くっすよ」

「えっ、本当に地下に行くの!?」

「そう言ってるじゃないっすか!」

 そして私とアメは悲鳴を上げながら、イーヴンに手を引っ張られて地面に潜るのだった。













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