14本目ーエナドリ、控えよう
前回までにあらすじ。
・……
・家を建てた
・剣のトレーニングをした
・教師免許を受けることになった←New!
ソファーに沈む私。
そばで項垂れるアメ。
「「……」」
初めて、こんなに部屋の中が静かになったかもしれない。沈黙が、痛い。
短脚の木机の上に、二枚の封筒。上にでかでかと筆記体で、「メンデラージュ国立総合科学園 試験書類 在中」と書かれている。メンデラージュ、それは前に受付嬢が教えてくれた、王都の一流の学校である。
アメのやらかし。
私がその学園で先生になりたいと思っていたらしく、気を利かせるつもりで教師免許を申し込んだのだ。
そして、私が予め用意してあった入学用のお金で払ったものの、全然足りなかったらしく自分のおやつ代まで払った。
それに気づいたのが、今日の試合の時。
だから償おうと思ったのだろう、夕食は茹でガエルにしようと……。
そして今に至る。
しかもだよ。
しかもだよ?
私はお話を聞いたあともずっと、一つだけ疑問に思っていたことがあった。
お金が足りないはずがない。この子のおやつ代まで削って行くようなお嬢様な場所じゃないはず。なのになんで……?
「ま、まさか二枚買っていたとは……」
私が苦笑いして、封筒を手に取る。
「ごめんなさいごめんなさい……」
アメが涙を浮かべた。
そう。
この子。
───二人分申請したのだ。
しかも、無意識のうちに!
ため息しか出ない。
「……やめますか?」
「んー……。んー……。……辞めないかな。せっかくだからやってみる。」
だいぶ長考してから、私が答えを出した。
「え。……先生になるんですか」
「別にこれで受かったわけじゃないし。やってみてダメだったらまた考えればいいし。……それに今更ね、返金もほとんどできないらしいし」
受験取り消しは可能だ。だが、お金はほとんど戻ってこない。しかも長い人生、こんなことが一度くらいあって怒るようじゃやっていけない。
アメも喜ばせようと申し込んだのであって、わざわざ自分用のお金まで払った。熱意は伝わってくる。ただ、ただ、ポンコツなだけだ。
「……」
「せっかくだし、やってみるよ」
「……二枚ありますわよ?」
部屋の角に寄りかかる
「アメ……?」
アメが立ち上がって、私の両手をガシッと掴む。
「ラメさん、あたし、受けてみます!」
「え。本気?」
「はい。その、責任は取りたいので。……それに」
アメは、先週街であったことを話してくれた。料理を作っている間に、アメに可愛いインテリアを探してもらっていた日のことだ。
ちなみにアメがひとりでお出かけをするときは何かあった時のために、自販機は持たせている。
街中でうろついていたアメに、あの受付嬢が後ろから声をかけた。
「あなたって、ラメさんと一緒の子ですよね」
「あっ、はい、そうです!」
「私の事、覚えていますか」
「もちろん!」
「それなら……あっ」
受付嬢が手のひらを自分の宿を向けると、タイミングよくも悪くもポツリと雫が彼女の手に乗った。ポツリ、ポツリ、ポツリ。
そう、突然の雨である。
アメとしては、別に雨が降っていても問題はなかった。多くて、ラメが買ってきてくれた服が汚れるのが嫌というくらいだろうか。カエルなのだから、当然の反応だ。
だが受付嬢の方は人間なので、雨はあまり嬉しくない天候であり、アメの手を取って宿へと招いた。
「ここ数日よく降るんです。一度私のところに良かったら雨宿りをなさってください。……お話したいこともありますから」
「……お話?」
その最後のセリフが気になって、断る理由もなかったのでアメは彼女について行くことにした。……この子いつか誘拐されそうで心配だ。
「……それで、お話って?……あ、ありがとうございます、いただきます」
軒下で正座して待つアメ。差し出された花形の砂糖菓子をひとつつまみ、口に含んだ。受付嬢はその幸せそうに動く唇を眺めながら、アメの横に並んで座った。そして外の雨景色に向かって微笑んだ。絹糸のような水の流れが大地に注ぐ。一二分してようやく受付嬢は口を開いた。
「申し訳ありません、ついつい、物思いにふけってしまいました。早速ですが、あなたはカエルちゃんですか?」
「えっどうしてそれを!?」
一発で当てられて思わず菓子を膝の間に落とすアメ。彼女を驚愕の目でみる。ラメですら、わかんなかったのだ。どうして、この人は。
すると彼女は「やっぱり、お父さんの言う通りね」と独り言を言って納得し、アメを見返した。特に悪意はない顔である。むしろ、妹か、愛娘を見る顔に近い。
「悪く思わないでくださいね。誰も、カエルじゃあ、ダメとは言いません」
「……」コクリと頭を縦に揺らすアメ。残りの砂糖菓子のかけらを噛み砕いて、暖かいお茶を啜った。
「ただ」
「……?」
外の方を一瞬向く。変な音が聞こえたのだ。龍が唸る音。雷だ。絹糸が、滝に変わる。
「全ての人がそう思うとは限らないのです」
「……そうです、ね」
彼女の言葉にアメが理解したような、理解していないような風に頷く。理解したくない、というのが本音だろう。
「だから、研究者になりませんか?」
「えっ。えっ?」
突然アメの両手を、受付嬢は握った。離すまいという感じで強めに握った。
「お父さんが、おすすめしていました。私も、同感なんです。研究者、毒の研究者です。……ラメさんも、毒が得意なんでしょう?」
今更本当のことは言えない。少し罪悪感のある笑いで誤魔化した。
「私が知っている限り、この世界での毒の研究はほとんど進んでいません。あなたが研究をすれば、自ずと───」
お茶を一口含む受付嬢。
「討伐に向かってくる輩も減るはずです」と言い切った。
「なるほどね」
私はアメの回想を聞いて、何度も頭を縦に揺らした。やっと、理解した。
彼女はその日から、研究者になるかなどのことを考えていたのだ。だから、いざ私の申請をしようと思った時も、ついつい先生の方を選んでしまい、かつ二枚選んでしまったのだ。
それなら、辻褄が合う。
それなら、彼女が先生になってみたいというのも、頷ける。
「そうだね、たしかに研究者なら、毒の使用の証明書とかが出るからね」
「はい。だから……やってみてもいいですか」
再度頭を下げるアメ。
正直、ノーという理由はない。
どうせ、一枚余るのだ。元を言えばアメのお金も入っている。ダメという方がおかしい。ただ一応確認することがひとつある。
「……学科試験はいいとして。年齢は?十歳くらいの子って」
「あ、あたし、……歳です」
恥ずかしげに私の耳に囁かれる彼女の数字。
……歳。
───えっ!?
私はつい立ち上がって「アメのほうがちょっと先輩じゃん!」と言った。それに対してアメも「えっ、そうだったんですか!?」と目を丸くしている。
手を握りあう。ウスメの、輪に入れないという視線を感じて、ソファーに落ち着いた。
……はっきり言おう。
もし地球なら、二人そろって年齢詐欺である。ただ、この世界なら種族も豊富なので、そういうものは存在しない。
「……びっくりしました、面白いですね」
「そうだね。私もビックリだよ」
ということで年齢問題も解決し、いよいよ試験勉強をすることになる。
「ええと。試験いつかな?……え!?」
「いつですか。……えっ!?」
ウスメも飛んできて、試験日に目をやって「正気ですか!?」と震えた。
三人の目の前。
受験票の日時にでかでかと、「七月二日」と書かれている。
言い換えたくないが、言い換える。
───今日はなんと、試験前一週間とちょっとなのだ……。
さすがに血の気が引いた。
まずい。死んでしまう。
生徒の入学試験よりも、一ヶ月ほど早い可能性を考えていなかった。
このままだと一番自信のある学科試験でさえも通らない。別に覚えるものが多くて大変かと言えば、そうでも無い。が、楽でもない。
ましてや一週間前だ。
普通はノートを見返す時期だろう。
よーし今からがんばるぞ! ではない。
「「……」」アメと見つめあう。声すら出ない。いや、もし本気で無理だと思えば、取り消せばいい話だ。しかし、ここまでやる気が出てきて、辞めるのも中途半端だ。
腹を括る。
もう、やるしかない。
机をばしりと叩き、
「よし!今日から食事はシンプルに!トレーニングもこのスケジュールにしたがって!アメも一緒!」
とメモ帳を一枚ちぎって壁に貼った。後ろでアメが「頑張ります!」と元気よく意気込む。
次。
イチゴを呼び出す。そしてコイン投入口にめちゃくちゃな量の貨幣を詰め込む。……よし、これで一週間は乗り切れる。電話を荒く掴んで、
『イチゴ、聞こえる?』
『そのセリフいつまでやるつもりですか!?……聞こえますよ。あとなんですかあのコインの量!』
『全部エナジードリンクでお願い!』
『頭大丈夫ですか!?体壊しますよ!?』
『一週間くらい平気!』
「そうです!一週間くらいは大丈夫大丈夫です!!」
アメが横はいりする。
二人の熱意に負けたのか、嫌そうな口調で、『わぁありましたよっ。勝手に寿命でも縮めばいいんじゃないんですか?』と一本「投げ」出した。
『あ、魔法の付加効果なしで』
『はいはいはいはい!』
諦めたようにエナジードリンクが量産していく。コインを全部使い切る頃には、五十本くらいの長い缶が地面に転がっていた。
「よし、備蓄おっけー」
冷蔵庫(っぽい魔法の箱)に全部占領させた。イチゴにお礼を述べて耳飾りに戻してあげる。
背伸びする。
これからが本番だ。忙しくなるぞ。
冷蔵庫を閉めようとしたら、アメに試し飲みを頼まれたので、一本だけ渡した。
あまり飲ませたくなかったので、一口飲ませて残りは私がいただいた。
思い返せばほとんど同い年なのだからそういう気遣いは不要だったかもしれないが、やはり見た目が見た目だ。私は社会人になってからカフェインから抜け出せなくなったが彼女にはそうなって欲しくない。
……と、思いながらもエナジードリンクを飲み干した私は、「あっ、この味なっつかし」と感嘆の声を上げるのだった。
(※カフェインの摂りすぎは良くないです。適量に抑えましょう)
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