13本目ーアメ、ついにやらかす
「……ええと、左に曲がってる?」
「そうです!その通りです!」
アメが拍手する。
(なぜか)毒ガエル流剣術をやり始めてから、一ヶ月が経っていた。
私も徐々にだが、剣先のやりくりがわかるようになってきた。……一日一本、いちごオレを飲んでいるからだろうか。
そしてようやくわかったことだが、こういうテクニックは目で見るものでは無く、実際に触ってみたり、目を閉じて雰囲気を読むものである。
ついでだが、教えて貰った剣術には「
「……やっとわかってきたああ」
私が大の字に寝っ転がる。アメが「お疲れ様です」と笑って、栄養ドリンクを一本渡してきた。
……もちろん自販機のものだ。
レベルという概念があるのかすら分からないが、進化による模様替えのおかげで、バリエーションは倍の倍になった。
「……ごくっごく……ぷはぁ。……後で一回、試合する?」
「はい、喜んで!」
この期間で、まあまあな数の技を習ってきた。荊流は技のバリエーションが豊富だ。そして、感覚的である。
感覚は時間が経つと消えてしまうかもしれないものなので、練習できる時はしておくのだ。
十分後。
剣を構える二人。
池の直径を結ぶようにして、「抹茶ラテラス」の両側に立っている。
私からも、アメからも、今の所相手の様子は見えていない。あっち側から声がかかる。
「風の鞘はナシ、剣を落とした方、水に落ちたが負け、『蜘蛛追い』方式で二時間勝負でいいですか!」
「途中休憩アリでいい?」叫び返す。二時間はきつい。
「それも練習のうちなのでナシです!……あたしも体力無いのでちょうどいいのです!」
「おっけ」
私はラテの屋上にいるイチゴを見た。
始めの合図を出すのは彼女だ。
空き缶を水に落とした瞬間に、試合は始まる。使える技は使っておきたい。
心の中でカウントダウンをする。
三。
二。
一。
────ぽちゃん。
波紋が広がるのと同時に、私は動き出した。池の周りを反時計回りにまわる。が、アメはそこから逃げるようにして同じ方向に回った。
持久走がしたいのかな。
走る方向を変える私。今度は時計回りだ。
アメは背を向けることなく、二人は急接近する。
「……!」
一秒も経たないうちに、二人は横をすれ違う。
傍からみたら、なぜ攻撃をしないんだろう、と思われるかもしれない。が、攻撃はしている、というのが答えである。
剣は交わした。
刃が擦りあった。
が、お互い相手のからだに当たることなく、捕まえることも出来ずにすれ違ったのだ。
『蜘蛛追い』。
円形の池を挟んで、試合する方式。足を止めたら負け。剣が落ちたら負け。
ルールはシンプルだが、実際にやってみると上手くいかないものだ。まず相手がどっちまわりなのかが分からない。
距離感覚がないと、すぐに先攻を取られる。
その後も何度か剣を掠めあって、一時間半ほどが経った。
そろそろ、私もアメも体力が限界だった。足が重い。腕が重い。でもルールはルールだ。
私は彼女を追いかけた。振り返って、剣先を向けるアメ。回転をかけるようにして剣の重心を下に滑らせる。
「あっ」
そこにアメの剣先がやってきて、私の剣先捕まってしまった。
だが、それにはもう対処法がある。
今は先が右に曲がっている。
だから。
「ぬんっ」
逆側に引っ張るようにして、剣を差し出す。飛び上がるアメ。再度金属音が合流する。
「ラメさん、……はぁはぁ……本当に学校行くんですか」
アメが逆側に向かって走りながら剣筋を整える
「……はあ……よく、よく話しかけられるね。行くよ。……ふっ!……」
追いついて私が剣を振るう。今度は強めにだ。それを彼女が頑張って受け流す。
「生徒になってみるのも……面白そうだしね!」
「……!」
アメの手が一瞬緩んだ。
その隙を狙って、なぎ落とす。
「あっっ」
剣は数回転して、池に沈んだ。
「「……」」
私たちは目を見あった。アメが驚いた顔をしている。
「私の勝ちだね」
力が抜けて、座り込んでしまった。
「はい。むう、悔しいですね……お疲れ様です!……体力ってやっぱ大事ですよね」
悔しいという割には清々しい顔をしている。
「アメもお疲れ様。そうだね、体力ないとモンスターとやっていけないよ……今日はもう終わりかな?……」
「そうですね」
そして真剣に考え込むアメ。
それを覗き込む私。アメが家の中に駆け込む。そしてドアの前で振り返り、私に向かって「先にご飯作っておきますね」と声をかけた。
おや?
珍しい。
私は料理出来るが、アメは狩りの方が得意なので、この一ヶ月間は基本的に、アメが狩ってきた動物を街の人に食用の状態にしてもらって、私が調理するという流れだ。
ちなみにモンスターの処理は普通お金がかかるのだが、私はそのお金の代わりにモンスターの食べられない部分、つまり毛皮や角を渡している。物々交換でも可能な世界は私にとって新鮮だった。
さて、私も家に戻ってお風呂にでも入ろう、と思い、
(アメも先にシャワーくらいした方がいいよね……)
と考えていると、ふと二階の窓から湯気が上がっているのが見えた。そこって……お風呂場?
「え。……アメ!?」
瞬時に嫌な予感がして螺旋の階段を駆け上がる。思いっきりお風呂のドアを開ける。その瞬間大量の湯気が私の視界を奪った。
「アメ!?大丈夫!?」
案の定だった。
全身裸になったアメが、激しく沸騰しているお湯にぐったり浸っていたのだ。声が聞こえて私をぼんやりした目で見あげたので、意識はまだある。
「ら……め……さ」
「ちょっと……なにしてんの!」
土足のまま上がってきてしまったが、救命優先だ。
アメのびしょ濡れかつ真っ赤になったからだを抱き上げてお風呂から引きずり出す。そこまで苦労することは無かったので、体力は着いてきているのだろう。
いきなり冷え水をかけるのは良くないという。タオルで急いで包み、ちょっとずつ体を冷やしてあげる。
アメが顔を顰めている。苦しいのだろうか。この子はたまに何がしたいのか分からない時がある。いい子ではあるが、同時に世話の焼く相手でもあった。
「ラメさん……」
十分ほど経って、ようやく顔色が戻ってきたアメに私が厳しめに問い詰める。迷惑云々より、単純に心配なのだ。子供を持った親ってこういう気分なんだろうか。……実際、見た目ではそこまで年齢差はないけど。
「あれなに」
「まだ……茹で上がってませんよ」
「茹で上がりたいの!?」
「……ごめんなさい……」
「いや、謝るより。……私は普通に心配なだけ。……なんなの、何があったのよ」
するとアメが私の腕から離れて、正座をした。身体を曲げ、両手を地面に着く。
「え。え?」
「ごめんなさい」
「なっ、なにが?」
重大発表が出てきそうで、アメの前に同じく身体をガチゴチに固めて正座する私。
「……ラメさん、学校、行くんですよね」
アメが上半身を少し起こす。
「うん。……うん、そうだよ?」
「その、生徒さんに……なるんですか?」
「……うん。……うん?」
なに?
なに?
どういうこと?
「あたし、昨日、ラメさんが学校の申請し忘れているのかなーって思って、勝手に申請しちゃったんです」
「あ、ありがとう。……それは嬉しいけど?」
「そ、その……」アメが言いづらそうに続ける。「ラメさんが生徒さんの方になると思わなくって……その」
……。
一瞬、目をぱちくりさせる私。
が、すぐに気づいて飛び上がってしまった。
「まっ、まさか!!」
アメがさらに続ける。
「ラメさんって、すごいし。別の世界から来たんでしょう?……そ、その、知識が沢山あるなら……」
「……ぁ……ぁ……!!」
全身をガタガタ震わせる私に、最後のブローが襲う。
「……教師試験の方を申し込んじゃいました」
「あ゛ああぁあ〜〜〜〜っ!!」
……憩いの抹茶ラテラスに、私の軽い爆発が轟いた瞬間であった。
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