10本目ー討伐、完了

「ここですの」

 信号が傾く先、雑木林の影から見る。

 私は一目見てすぐに、これはまずいぞ、と勘ぐった。

 見渡せるほどではあるとはいえ、木々に囲まれておいてこのナワバリのサイズ感はバグを感じる。いくつもの家屋がボロボロになって、沼に浮かんでいる。炭のような濁りのあるその沼は泡立っていて、その危険さを音で語った。


「これ結構強いやつなんじゃ」

「ラメさん、当たり前です。だって村人のみんなが戦わず避難するくらいですから」

 アメに指摘を食らう。確かにその通りだ。

 いくら村だとはいえ、力持ちな大男の一人や二人はいそうなものだ。だがそれでも、立ちはだかる者はいない。

 怖くて逃げたか。あるいは……。

 私は唾を飲んだ。ウスメの頭をがっしりとつかみ、赤いライトの前に指を浮かせた。

 準備完了。


 しかし、何も起きなかった。

「……あれ。なんでだろうね」

 私が頭を傾げる。

「村にやってくる時間帯じゃないからだと思いますわ」

 ウスメには一応今まであったことを伝えてある。彼女の判断にみんなが納得する。

 私はイチゴを呼んだ。

 ウスメのような普通に会話ができる子を手に入れてしまうと、口に水を含んでいないとテレパシーが効かないイチゴが不便に感じる。

『イチゴ。ボスの攻撃、守れる?』

『ボスとは限りませんよ?……まあ、重さを無限大にして、防御態勢を取れば問題ありません……あっ来ましたよ!』


 イチゴの最後の一言にみんなが振り向く。沼の真ん中が徐々に水位をあげていき、そして───三角の薄っぺらいツノを見せた。

 この生物、もしかして。

 私が後ろずさる。

「ラメさん、何が来るかわかるんですか」

「……うん、多分ね。……鮫だと思う……知ってる?」

「鮫って海のですか?知ってます!でも美味しいんですか?」

 井の中の蛙、大海を知らず。

 いや、アメは十分好奇心旺盛だ。だから「井の中」ではないが、一言目が「美味しいんですか」はマズイ。

 しかも私もついついフカヒレを脳内に思い浮かべてしまい、「うん、美味しいよ」と口を滑らせてしまった。アメが喜ぶ。駆け出そうとする。

 私はその肩を掴んだ。

「グルメはカエルを待ちません!」

「それはそれ!これはこれ!……アメ、食べられたいの?」

「うう、食べられたくはないです」

 少し脅してようやく、アメが落ち着いてくれた。


 だが今度落ち着けなくなったのは、鮫の方だった。水面に浮き上がり、巨大な全姿を現した。ちょうど、全長が沼の直径ほどである。何人呑んだかも分からない鮮紅の大口を開き、飛んできた。

 ……もう一度言う。

 鮫が、飛んできた。

 完全にどこぞの映画である。ヒレを優雅にばたつかせて、牙を整列させて見せつける。

「逃げるよ!」

 アメの手を掴んで沼から離れる。

 が、鮫の飛行速度は完全に私たちの反応速度を上回っていた。間一髪で森に逃げ込み、鮫の顎は囮になった樹木を噛みちぎった。根こそぎだ。

 土が翻って、砂埃が軽い嵐を呼ぶ。

「ひえーぇ」

 青ざめる私とアメ。ついでに青ライトを点灯させるウスメ。

 さすがボス。……ボスだよね?あれに噛まれたら、さっきの木のように読んで字のごとく「木っ端微塵」だ。

 鮫がギロリと焦点を私に当てる。少々距離はある。信号機を掲げてしゃがみ、赤いライトをタップした。


 ───『止マレ』


 爆発するように網が噴き出す。見事に引っかかり、ステーキを焼く時の「じゅうう」の肉汁の音を立てて顔に網の焦げ目をつけた。が、サイズも威力も不十分だ。


 怒り狂って口を向けてくる鮫に、今度は青を食らわせる。


 ───『進メ』


 的が大きい分、当たり判定(なんてないが)は甘かった。喉に突き刺さり、そのまま体を貫通する。

 風船が潰れる音が続く。

 鮫が地面に転がり、苦しそうにもがき始めた。

 私が顔をしかめた。内臓を潰してしまったようだ。いくら凶悪なモンスターとはいえ、こういうのは進んでできることでは無い。

 しばらくして、鮫が再度浮遊する。

 口を開け、血をだらだらと垂らしながら何かを吠えた。

「……!」

 嫌な予感がした。


 咄嗟にアメを庇って、転がる。

 恐ろしいスピードで、さっきまでいた場所にピラニアの軍が帯状に流れ込む。触れていたら、一発アウトだった。

 ピラニアが鮫のもうひと吠えで、森に散った。そしてご本人は私たちを狙った。

 ……鮫が軍を仕切っていたのだ。

 もしかしたら、鮫自身は沼からあまり離れることが出来ないかもしれない。が、その代わりに高い知能を持ってピラニアを定期的に村に送り付けていたのだろう。

 噛みちぎられたような民家のドア。

 歯跡でボロボロになった壁。

 ようやく、ことの全貌が見えた。


 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

「まずいね」

「はい……どこにいるか分かりません……あ、黄色をつかえば!」

アメが閃く。

「そうだね!その通りだよ───イチゴ、アメを庇って!」

 黄色のライトに触れる。


 ────『注意』


 その瞬間、支柱の先を中心に、クモの巣状に電気が走った。三秒間、森は高電圧に飲み込まれた。

 やっておいて、これじゃあ森が燃えてしまう!と血の気が引いたが、燃えるほど命中はしなかったのか、少々煙臭くなった程度で収まった。

 が、ピラニアや鮫は別である。

 彼らは水の中にいた。当たり前だがそんな状況では電気を通せば感電必至。

 あんな強かった鮫も今やヨレヨレになって、沼に戻っていこうと必死にもがいている。もちろんそうはさせない。

 それ以上森は壊したくなかったので、ウスメに一瞬だけ我慢して貰うことにした。

「ウスメ、息を止めて!」

「はい!」

「いくよ」

 信号機の、柱をハンマーのように持つ。そして、構え、鮫の方に走って向かった。正直、体力が無くなってきている。息が上がっている。そこまでの力は出せない。

 ジャンプして、一か八かで振り下ろそうとした時。


『ラメ危ないです!!』

 聞き覚えのある声が耳元に響く。反応し、武器を引く。重力に負けて私は地面にころがった。急いで鮫の方を見る。

「イチゴ……!?」

 スローモーションに見えた。

 空に放り投げられたイチゴの背後(自動販売機)が、少し凹んでいた。十、二十と缶を沼に吐き出す。

 残りわずかなピラニアの軍が、私の横を狙って突撃しようとしたのだ。鮫の死にものぐるいの指示だろう。

 ピラニアが爆散する。

私は上半身をあげた。


「……」

 命は保てた。

 ……でも、イチゴは?

 機械らしい重音とともに、草地に転がるイチゴ。駆け寄る。

 既に素で会話出来ていることにも気づかず、私がイチゴの凹んだ背中を触った。

『……大丈夫ですよ、ゲホッ……私が無限重量にし忘れたのが悪いんです』

 少し、その声が弱々しく聞こえた。



 まだ、出会って二日だ。

 なのに、もう失うのは嫌だ。

 確かに、イチゴは言葉がムカつくが、それでも今まで色々お世話になっている。

 これからは一緒に旅にも行きたいと思っている。だから、失うのは……。

いやだ。

「ちょっと……」

『……平気ですってば』

「……突然なんで優しいのよ。いつも棘ばっかりなのに」

『少しは印象、変わりましたか?』

「……ええ。ありがとうね。あとで直しておくからね」

 少し涙が滲んできた。笑って頷く。この子やっぱり、気にしていたんだね。自分ももう少し、態度を改めようと私は決めた。

 イチゴは『寝れば治ります……』とだけ言うと、声がしなくなった。電池切れだろうか。

 お疲れ様、と言ってあげる。

 その身体を耳飾りに戻そうと、私は手を伸ばした。


 が。

「……!」

 私は自分の身体が、大きな影に飲まれたような気がした。上を向くと、歯をイチゴに向けている鮫の姿があった。眼は充血して赤く、全身にさっきまでなかった棘を纏っている。

 私はゆらりと立ち上がった。

 人生で初めての、本気の怒りを覚えた。


「せっかくコーヒーブレイクにでもしようと思ったのに……」


 地面から二瓶、イチゴオレを拾う。

 きっと彼女が電池切れになる前に残してくれたのだろう。

 それを開けて、全部飲みきった。ご馳走様。やっぱり、暖かくて美味しいよ。


 鮫を睨む。


「まずは──あんたをブレイクする必要がありそうね」


 信号機の肩にかけた。

 跳び上がる。思った以上の体力上昇、筋力上昇。

 森の向こうの、廃村がちらりと視界に映った。

 私は信号機を重力に任せて、力いっぱいに振り下ろした。鮫はようやく私の攻撃に気づいたようで、空中に飛び上がる。

 急接近。

 だが、好都合。

 出せる精一杯の声を出し、いちごオレでドーピング済みの身体の力を両腕に込め、ならず者をたたき落とす。

「……くっ……」

 力の反発で、ひと拮抗あった。もう押されてしまうと思って片目が瞑った、というその時。

 ……突然、鮫の方が力を抜いた。


 森の天井を突き破る、盛大な水しぶき。

 なかなかしぶとく身を震わせ痙攣していた鮫だが、ついに息だえて動かなくなった。


 そして私は……。


「……え。あ。ぎゃあああっ!?」


 同じく天から落ち、目を瞑ってしまった。

「……あれ?」

 なんともない。

 若干、身体が冷たい。

 この、水に入った感覚は。

 目を開ける。


「大丈夫ですか!?」

「アメ……?」

 周りをみた。ここは、ペットボトルの中だ。私とアメは今、半分くらい水の入ったペットボトルの中に浮かんでいる。

 そしてそのボトルは、沼に浮かんでいた。


 アメが説明してくれた。

 自分が電気を放ったとき、イチゴは巨大化したペットボトルを出し、アメに入ってもらった。

 そしてそのまま様子を見ていたアメだったが、私が空中で押し切られそうになっているのを見て、小石に超猛毒をつけて鮫に向かって投げたという。

 そして落ちてくる私を、中に入ったままペットボトルを沼の中まで運ぶことで、キャッチ。


「……アメって変なところで器用だよね」

 つい口を滑らせてしまい、アメが頬を膨らませる。

「なんですか、変なとこって!」

「まあまあ……ありがとう」

「ふふ、お役に立てて嬉しいです」

 私たちはペットボトルを漕いで沼から脱出し、イチゴの元に向かった。確かに背中は治っていて、気持ちよさそうに眠っていた。


 ……あれ、イチゴ、強くなった?


 会話といい、中身の巨大化といい。


 まあ、いいや。

 私は酔ったウスメを撫でてあげながら、白い腹を見せて沼に浮かぶ鮫を見た。

 なんともあれ、一件落着だ。


 細かい話は、イチゴが起きてからすることにした。


 ただ……イチゴを背中に抱き、森から出ていきながら、私は一つだけ心に決めたことがあった。

 ジュースで若返るのが無制限なら、私はほとんど不死身だ。聞けば、アメだって万単位は余裕で生きられるらしい。

 それなら、今後は暇になる時だってあるはずだ。

 その時は、この四人で旅行がしたい。

 もっと、人は増えてもいい。

 なんにしても、その隙間の、ちょっとした珈琲ブレイクの時間で……。

「……ちょっとは強くなろっかな」

 と、心に決めて、口に結んだ。

 旅行に行けば、今回みたいなことはきっとまた起きる。

 その時に、しっかりと、余裕を持ってみんなを守り切りたい。

 国中全員を守るなんて、勇者じゃないんだから私には無理だ。

 だけど、大事なひとだけでも。

 アメ。イチゴ。ウスメ。

 そして当然、自分自身も……。

 ───頑張って守ってみたい。

 森から出ると、既にのんびり屋の夕焼けが、油絵を塗り終わっていた。

 アメの手を繋ぐ。

「ウスメ……いい名前ですね……」

 ふと背後からイチゴの寝言がした。

 私たちは見合って、クスリと笑った。




 旅行がための武勇伝。

 のんびりがもたらす、最強の旅人。

 私だけの、「珈琲ブレイクワールド」が。

───今、始まる。







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