9本目ー信号に、名前をつけよう

 信号機の説明をアメにしたが、これがまた大変だった。


 あの目って動くんですか。綺麗な色してますが毒あるんですか。すごい速さで飛んできましたね。鳥の仲間ですか。


 どの質問も、生物じゃないよ、の一言で片付けられるがそれでは可哀想だと思った。だからとりあえず、「人の安全を守るものだよ」と答えてあげた。

 間違ってはいないはずだ。


 信号機を見上げた。

 君、武器だっけ、と聞きたくなった。が、それは自動販売機に「キミ喋れたっけ」と聞くようなものだ。

 いつも見慣れすぎていて気にならなかったが、いざ握ってみると柱が太く感じた。ただ、信号機がイイカンジに出っ張っていて、鎌かなにかに見えなくもない。

 武器ではあるのかな。

 ただちょっと気になるのは……。

「なんで魚が刺さってるのよ」


 そう、柱の部分に、太りきったピラニアのような魚が何匹か串刺しになっていた。

 焼いた後などであればいい薫りのひとつでもするのだろうが、生である。結構離れて持っても、臭い、酸っぱい、ベトベトする、の最悪三拍子が全身の神経を襲う。

「汚っ……」

 つい呟いてしまった。

「ごっ、ごめんなさい……よ、喜ばれると思ったんですの……」

「……?アメ喋った?」

 突然空気に謝られて、アメを見た。アメでは無さそうだ。イチゴは耳飾りにある。イチゴでもない。ということは。

「あなた喋れんの」

 私は信号機を怪訝そうに上から下まで眺めた。

「は、はい……ごめんなさい……喋ってしまってごめんなさい……いい今すぐ土下座しますわ」

 どうやら、信号機が喋った、で間違いないようだ。それにはもはや驚くまい。ただ一点、このメンドクサイ性格はどうにかならなかったのかな。

 イチゴといい、この子といい。

 先が思いやられる。

 ずっと謝られるのも頭が痛いので、大丈夫、気にしてないから、謝らないで、と何度もあやした。精神年齢が気になる。あと、お嬢様口調でこのネガティブの心というのも気になる。

 魚を振り下ろして、軽く血を拭いて、ボス退治の作戦会議を続けた。武器もやってきた。あとは使い方や、敵の状況である。


 信号機。

 そういえば、見た目の割に軽い。あるいは、魔法で軽くなっているのかもしれない。あとは。

「……細くなれる?支柱の部分」

「……ひぃぃ……でぶでごめんなさい……死ぬ気で頑張って痩せますわ」

「違う違う。無理しなくていいよ。握れないと、武器にならないから」

 両手剣というものはある。だがそれでもこの太さはなかろう。せめて両手でがっしり握りたい。

 ただこの様子だと、細くなれないのかなと思っていると、ポンと栓が抜ける音がして細くなった。握ってみる。片手で握れるサイズだ。

 振り回してみる。

「あぶなっ」

 重心移動が上手くいかないもので、大木の幹に信号をぶつけてしまった。

「ぎゃっ」と信号が悲鳴を上げる。この子、武器の自覚がなさすぎるよ。だが、コントロールの下手さは私のせいなので、その通りに謝った。

「ご、ごめん。痛かった?」

「いえ、怖かっただけですの……あと頭がクラクラします」

「え、じゃあハンマーとか、鎌がわりにならないじゃない」

 武器じゃなくなる。

「あああああの、」

「うん、落ち着いていいよ。時間はあるから」

 まだ昼だ。とことんこの信号機に付き合おう。他に特にやりたいこともないし。

 信号はたぶん深呼吸した。そして(あらぬ)人差し指を立てて案を提示する。


「わ、わたくしの頭を抱いてくださいまし」

 言われた通りに抱いた。頭かは分からないが、おそらく赤黄青のライトの部分だろう。アメがそばで一言も喋らず見ている。目がくりんくりんに輝いている。

「ここって目?」

 私がライトを軽く指さす。

「目であり、口でもありますわ」

 それはごめん、よく分からないの。人間には早いよ。

「片膝立ちになって、機関銃みたいに構えてくださいまし」

「おおなるほど」

 それには納得した。確かに機関銃っぽい。支柱の先はいま、木々の隙間に向かっている。

「わたくしの口を押せば、発砲できますの。水に支柱を付ければ魔法の補充はできますわ……あ、ほらあそこに生物が」


 声を聞いて頭を上げると、確かに二三匹の魚が……空中を泳いでいた。……異世界ってこういうものなのかな。先程のピラニアと同じ種類だろうか。

 あの血の臭いは二度と体験したくないので、早速チュートリアルスタート(要はモンスター駆除)ということにした。

 柱を少し持ち上げ、魚を狙う。

 赤を押した。

 信号が赤に光った。そして魚たちは柱から噴き出るなにかに瞬時に焼かれ、草地にぼとぼととあっけなく墜落した。

 魚が焼けた香りがする。こっちは、問題なく美味しそうだ。アメがヨダレを拭いている。うーん、カエルは行けるんだろうけど、食べるならちゃんと処理しようね。

 見に行くと、炎が当たった木々も焦げている。手を触れると空気が抜けた風船のように折れ曲がってしまった。

「……威力たっか」

 やりすぎると、森林破壊だ。

 その後も色々(環境には注意を払いつつ)試し打ちをしてみて、私はだいたい使い方がわかってきた。以下にまとめよう。


 ・信号はハンマーとしても、魔法大砲としても使える。ハンマーを使う時は、信号に酔い止めを飲ませる必要がありそう。

 ・ハンマーとして使うと、一点集中の高威力、大砲として使うと、広範囲の中威力。

 ・赤は「止まれ」、炎の網を噴き出す。殺傷能力は普通。

 ・黄は「注意」、広範囲の電気麻痺を与える。アメが少し痛そうにしていたので、使い方注意だ。アメ、ごめんね。高威力。

 ・青は「進め」、針のような細さのウオーターカッター。当たれば強いが、私はコントロールができない。

 ・魔法放出継続時間は一般の信号と同じ。つまり黄色なら三秒程度。

 ・信号は疲れるので、水に入れて休ませる。その日の体調でバランスはズレるという。


 ……いきなり、レアアイテムという感じだ。

 そもそもアメの反応が正しければ、この世界に信号なんてない。ほとんどユニークウェポンと言っていいだろう。

 正直ハンマーとして振り回したかったが、いちいち叫ばれるのも心がえぐられるので、基本的に信号は銃として扱うことにした。……何を言っているんだろう、私。


 次に敵だ。

 敵は、信号曰く、さっきの魚ばかりらしい。

 彼女は私の手元に来るまでに多くの雑魚を潰して飛んできているので、ついでにモンスター情報も入ったということだ。

 一旦この魚を、ピラニアとでも呼んでおこう。

 ピラニアは湧いてでる。だから、雑魚ばかり潰すのは力の無駄遣いだ。本体を潰す必要がある。ただ、信号も沼は見たものの本体は見ていないようで、そこは案内されながら見学しに行くしか無かった。


 ……。

「そういえばあなた、名前ある?」

「い、いえ、名前などおこがましい……ヘイ、信号で大丈夫ですわ」

「それはちょっと……名前、欲しい?」

「……」

「正直に言っていいよー」

「ほ、欲しいです……わ」

 信号が赤いライトを照らす。もうわかる。これは「恥じらい」の合図だ。……難儀な信号だ。

 というわけで、名前を考えてあげることにした。せっかくなので、信号に興味津々のアメにつけてもらうことにした。

「あ、あたしがつけるんですか!?」

「ごめんなさい……わ、わたくしなんかつける価値もゴニョニョ……」

 柱が心做しかちょっと曲がった。

「んー」

 信号の独り言を無視して、アメが学者っぽく腕組して唸る。いいね。写真撮ってあげたい。


(アメの心の中:この子、しんごうきっていう騎士みたいなすごい子なのに、全然威張らないよね……後で一緒に遊びたいな……あとお嬢様っぽいよね。いいとこ出身かな……)


 考えに考えた挙句、アメが顎に指をセットして倒れたままの信号をじいっと見て、ワードを捻り出した。

「……うるとらすーぱー、めがしんごうき」

「「……」」

 さすがに言葉を詰まらせる信号機。

 はい、それでいいです、とは言わなかった。

 せっかく考えてくれたのに申し訳ないが、私も嫌である。

「ウルトラスーパーメガ・良目」なんて言う名前をもし産まれた時につけられていたら、膝の関節すら固まっていない状況で病院から飛び出す自信がある。

 アメ……。

 自動販売機のジュースが出るところが好きだったり、名前の付け方だったり、この子やっぱりちょっと……。

 うん、面白い子だね。

「どうですか!?」と目を輝かせて言ってくる。却下のきの字も脳に封印して、私は頭を撫でてやった。

 ウルトラスーパーメガ信号機が私に少し擦り寄る。助けを求めている。

 うーん。

 うるとら。

 すーぱー……。

「あっ」

 こうしよう、と突然思いつく私。手をぽんと鳴らし、信号に笑みを向ける。

「アメのアイディアを略して、『ウスメ』でどう?」

「ウ」ルトラ「ス」ーパー「メ」ガ。略して「ウスメ」。

 これもだいぶセンスが怪しいが、劣化版「※寿限無じゅげむ」になるよりはいい気がした。


(※一応補足。寿限無寿限無五劫の擦り切れ……は人の名前。縁起がいいのに長すぎる名前です。ご存知でない方は調べてみると面白いでしょう)


 ウスメ。うすめちゃん。悪くないはず。

「ウスメですか……素敵だと思います。アメ様も、ラメ様も感謝いたしますわ」

「よかった。……その、様はやめて欲しいかな。こそばゆい」

「あ、あたしも同感です」

「あっごめんなさい、気分を悪くしてしまいました……アメさん、ラメさん、でいかがでしょう?」

 まあ、さん付けくらいなら、まだマシかな。


 最後はイチゴも呼び出して最後の陣取りの確認をし、ついに沼のボスモンスター狩りに向かうのだった。


 ちなみにその後、イチゴに「なんで『メ』で私の名前を締めなかったんですか!」と抗議を起こされてようやく、ほかの三人とも呼び名が「メ」で終わっていることに気づいた。





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