8本目ー君、武器になったんだね

「はあ……はぁ、あ、アメ。待って」

 アメのワンピースの後ろ襟を鷲掴みにして、ようやく追いかけっこは終了した。

 どうしようかな。走りまわっただけでこのザマだ。沼のボスと戦える気がしないよ。

 アメが素直に謝る。

「ごめんなさい……はしゃいじゃいました」

「いいよ。アメはそれでいいと思う」

 大人になったら、この自動販売機みたいにはなって欲しくないものだ。

 とりあえず、廃村に向かうことにした。その道中アメが小石を蹴るだけで静かだったので尋ねると、

「……怒らないんですか」

 と返ってきた。

 その目線がまたいい。身長差の問題だろう。こう、上目遣いのダイレクトアタックが目を襲ってくるのだ。

 怒らないよ。怒れないよ。

 にやけてしまう私。

「え、怒られたい?こらーっ」

「きゃっ、くすぐったいですーっ」

 怒りは明らかに演技だが、アメの後ろに回ってくすぐってあげる。すると彼女も構ってもらって嬉しいというふうに、元気そうに叫んだ。

 これだけ見ると普通の女の子なんだけどねぇ。


 さあやってきました、村。

 先程の街とは川を隔て丘を隔てという距離で、そう遠くは無い。考えられることとしては、こっちの村の住民が、湧いてでたモンスターからの避難として、あっちの街に移った、とかだろうか。

 まあ今はそんなことはともかく、だ。

 良さげな木陰を見つけて、自動販売機を置いた。ここでひと寛ぎ。そして例によって例のごとく、自販機に話しかける。

『ねえ、あなた名前は?』

『自動販売機ですね』

『それは通称でしょ?それは、私は人間ですって言っているようなものだよ』

『それはそっちの勝手でしょう?……仕方ないですね、名前をつけてくださいよ、あなたが』

 私は水を飲み込む。そして口の中に継ぎ足す継ぎ足す。相手は不満そうだ。

『なんですか。まだ文句あるんです』

『いや、名前をつけるのはいいんだー、って。ペットみたいじゃない!とか言うかと思って』

『あなたが欲しいって言うからでしょう?あ、私名前にはうるさいですから、自動販売機一号機とかは……』

『じゃあそれで』

『えっ!?あなた話聞いてましたか??』

 自動販売機が少し跳び上がる。……跳び上がれるんだ……。重力云々はどこに行ったのだろうか。

『イチゴ』

『……ほう?何故です』

 私の出した案に(あるかは分からないが)眉をつり上げた。その証拠に、いちごオレのボタンを無駄に光らせている。

『一号機からとって、“イチゴ”』

『やっぱ適当ですね、聞いた私が馬鹿でした。いいでしょう。イチゴで。……機嫌がいいので今日はいちごオレ飲み放題にしておきましょう』

 やったー。

 ……いちごオレあまりたくさんは飲まないけどね。


 ふと気になったことを訊く。

『いちごオレって、なにか効果あるの』

『ええ、一本出しましょう』


 そこまで言って、自販機からいちごオレが快い金属音を立てて転がり出た。

 手に取る。暖かい。

 成分表示を見る。


『●名称 いちごオレ(いちご果汁入り) ●効果 身体強化。なんか適当に強くなる。効果の強さや継続時間は個体差あり。●内容量……』


 これを見て私はやっと、なぜ商品に個体差があっては行けないか理解した。

 異世界に来た時に、効果が分かりにくくなってしまうからだ。

 ……え、違う?


 だが、身体強化があるのは嬉しい誤算だ。私は二本頼んで、アメと一本ずつ飲むことにした。ポーション代わりだ。


『ん、美味しいね。思った以上にいちごが濃厚』

『もちろんです。やっと舌が進歩したんですね』

 ……一言多いよ。せっかく好感度が上がったというのに。


 さて、戦闘がやってきた。相手が何なのかも分からない。ので、とりあえず様子見と行こう。少しずつ森をかき分け、沼のありかを探る。

「あ、武器がない」

 そう、私たちが森のど真ん中に突入してから、私は自分が武器を持っていないことに気がついた。

 短剣一本でも持っていれば違う。が、私はゼロだ。丸腰である。今更後悔してきて、アメに掴まって足を震わせた。

「大丈夫です、ラメさん。あたしが守りますから!」

 アメが腕の細い筋肉を見せてくる。うん、申し訳ないけど、心配でしかない。仮にアメの父親が最強であったとしても、その娘がまたそうとは限らない。

 しかも、こんなちいさな少女にバトルを任せておいて、一人だけ悠々自適なコーヒーブレイクが送れる気がしない。

 だからここは意地でも断った。

 ただし、言い方を変えた。

「ほら、アメが戦えても、戦っている間に私がやられるかもしれないでしょ?だからせめて武器は欲しいの」

「そうですか……なら、投擲はどうでしょう?」

 要は石でも投げて待っていれば?という提案だ。もちろんノーである。知っている。彼女は盗賊に使用した毒と同じような感じでボスなりなんなりに効かせようという意味だ。

 しかし世の中がそう上手くいくはずがなかろう。ゲームみたいに毒無効があったら?二人とも丸呑みだったら?

 だから、頭を横に振った。やる気は問題ないが、守りたいものもないのに、無謀な戦いはやる意味がないというのが私の主義だ。……ゲームは別である。


「……だめですか」

「いや、その……こうやってさ、」


 私は腕を横に無造作に伸ばした。

 ……もちろん、森の奥から、道行くモンスターを貫きながらやってくる存在に気づいていない。



「手に握れる武器ぐらいは……」

 木々をすり抜け、潜伏する敵をバッタバッタと突き破り、何かが二人と一台に向かって飛んでくる。もう、すぐ横だ。


「欲しいんだよね」

 と、私が言いきった。

 ───パシッ!!

 アメは一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに私と二人そろって口をあんぐり開けてしまった。

 いつの間に、私の伸ばした手には、金属質の長い棒が握られていた。反応が遅れたが、これは神様がくれた武器とかかな!?と喜んで見上げると。


「……正気?」

 思わずツッコんでしまった。

 間違いない。

 この存在。

 私は、イチゴが言っていたことを思い出した。

 ────彼女以外にも、私についてきている存在がある、と。


「……なんですかこれ」

 アメの純粋な質問に、私が徐に口を開いて答えた。

 道行く者を、彼(彼女)は逃がさない。

 多く生えた目が、この世を支配する。

 爽快なみどりで、旅人を招き。

 微かな黄で、命の点滅を知ら示し。

 そして、灼熱の赤で……時を止める。


「───ただの信号機だよ」







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