7本目ー初討伐はなんと、大ボスだった!?

 起きたら、全部夢だった。

 ……なんて起きないかな。


 と思っていながら朝日を浴びる私だが、今ここまで来て、少し悩み始めている。

 最初の頃、仕事の疲れが溜まっていたというのもあって、早く帰りたいという思いが強かった。

 が、こうしてアメと出会ってから、こういう生活が欲しかったことを思い出した。

 私はほとんど円満な家族というものを感じてこなかった。ついでに私のブラック会社。家に帰ってもおかえり一つない。おつかれもない。観葉植物に毎日話しかける訳には行かないよ。

 だがそれを、ここの世界は解決出来る。


 若返った。高校生の頃ということは、十年前の自分だ。ほとんど人生やり直しに近い。

 旅もできる。この世界も聞いた感じ、色んな場所がありそうだ。

 そして。

 私はアメの寝言を思い出した。

 そう。

「お疲れ様」って言ってくれる人がいる───。


 お仕事。

 その意義をやっと、私は見つけたのかもしれない。


 そのため単なる夢、というのは控えて欲しいが、杞憂だった。

 その証拠に───。

「ラメさん、ラメさん」

 聞こえる。少女の声。

 体をゆらされている。

「アメ……ふあああ」

 目をぼんやりと開けて、私は上半身を起こした。木の柱。いらないほど精巧な彫刻。宿の中だ。夢では無い。

 目の前に一人の少女──アメダマリア。

 昨日出会ったばかりの、毒ガエルの女の子。


 ……今更だが、出会って一日足らずで旅館って、だいぶ……。


 本当に今更すぎるので、私はそれ以上考えないことにした。

 アメはすっかり元気のようで、着替えも済んでいる。部屋の中の鏡の前で、寝癖を整えていたようだ。


「あっ、起きました」

「おはよ」

「おはようございます。お腹すきました。ご飯食べに行きましょう……って、ラメさん、寝癖凄いですね」

 寝癖。

 鏡に頭を映した。

 うん、すごいね。でも、いつもの事だよ。

 大丈夫、整えるからと言おうとしたら、アメが私の後ろに回った。そして櫛を丁寧に髪に通す。

 この感触、何年ぶりだろうか。かつて私も、母親にこうやってやって貰った覚えがある。それと同じ感覚だ。

「……動かないでくださいね」

「ありがとうね」

「いえ。……ラメさん、髪、綺麗ですね」

「どーもどーも」


 私も着替えを済ませて、二人で朝ごはんを食べながら今後の話をすることにした。


 まず、これからどうするか。

 私の頭が二個くらい入る大きなボウルにフォークを刺しては、サラダを頬張るアメに私がまとめつつ話す。

「アメはこれからどうしたい?行きたい場所とか」

「……っむっむ。ええと、廃村ですね」

「?どうして」

「湧いてくるっていう強いモンスター、見てみたいなーって」

 んー。

 これはいいね行こうと言うべきか。

 それとも危ないよと素直に言うべきか。

 迷いに迷っているとアメが続けた。

「美味しそうなので」

「おいし……は?」

 パスタを巻く手が止まる。今この子何を言っちゃったのかな。美味しそう?モンスターが?

 だがよく考えると彼女は人型でもカエルだ。

 モンスターが虫の類であれば、食べたいと思うのも一理あるのかもしれない。

「モンスター、何か知ってるの?」

「いいえ」

「え。知らないのに行きたいの?食べられちゃうかもよ?」

 フォークにまきつけた麺をモンスターに食べられるアメに見立て(たのかは自分でも分からないが)、口に含んだ。

 アメはと言うと、いまだ平気そうな顔をしてトマトにフォークを入れている。

「いいえ、あたし美味しくないですよ」

「美味しくないから食べないとかあるの……」

「みんな好き嫌いはあります」

 ……好き嫌いはよくないよ。

「そっか……なら、大丈夫かな……って、違う違う違う!!」

 思わず立ち上がってしまった。

 注目を浴びる。誤魔化しながら腰を下ろす。

「コホン……ええとね。食べられるかどうかはともかく。危ないよ、私戦えるかも分からないし」

 これは本音だった。

 昨日から、ほとんどアメの毒に頼っている。自販機の力に頼っている。自分の力ではない。では仮に、いざモンスターを狩りに行こうとしてアメが倒せない敵が現れたとしたら、私だって黙っている訳には行かない。

 さっきアメが言っていた、自分は美味しくないというセリフ。逆に言えば、カエルを美味しいと思う蛇などはやってくるということだ。

 せめてこう、剣くらいは欲しいものだ。

 ……蛇とは戦いたくないが。


 その時。

 イヤリングが揺れた。

「……」

 正確に言おう。耳についている自販機が呼び出しをしているのだ。

 応答をしようと立ち上がろうとしたら、横から声をかけられた。

「あんたら、沼に行くのかい」

 四十代すぎの、男だった。立派なシワと口髭を蓄え、目は糸のように細い。まるで、骨董でも眺めているかのような表情をしていた。

 私たちの話を耳にしたのだろう。

「ええと。そこって沼があるんですか」

「んん。あるよ。でっかいやつな」

「大っきい沼!!」

 反応したのは、アメ。

 飛び上がって、表情をぱあっと明るくしていた。いいえ行きたくないですとは言わせない熱意を感じる。

「おう、お嬢ちゃんは、力に自信があるのか」

「はい!」

「そうかい。……気をつけな。最近そう言うて向かうやつが多い。基本帰って来ていないぞ」

 アメは私をみた。

 ……見ないでよ。

 わかんないよ。

「ラメさん」

「なぁに」

 情熱を感じる方向には目を向けないように、一口水を飲んだ。嫌な予感がする。……いや予感ではなく、これは決定した未来だ。

 相手、どうせボスだよ?

 チュートリアルは?

 力は?

 初戦闘ボスは嫌よ?

「行きましょう!グルメはカエルを待ちません!」

「は?え。……ちょ、ちょっと!」

 ご馳走様とだけ言い放って、宿から駆け出していくアメ。それを不思議な目で見るみんな。

「あの子何」「沼に行くらしいよ」「あそこに!?死ぬぞ」「誰か止めろよ」「もういないぞ」

 と囁きが聞こえてくる。

「行ってらっしゃーい」と見送るのも違うので、私は彼女の後ろ姿を追いかけるしかなかった。


 そしてその男。

 席に戻る。

 そばに受付嬢がやってくる。

 彼女は恨みがましくグラスを男の前に置いた。というより、机を殴った、と言った方が近い。

 男はそのグラスを掲げて、強めの酒を喉に通した。その様子に、彼女が息を荒くする。

「お父さん」

「なんだ。ご機嫌ななめだね……なんでお前が配膳やってるんだ」

「人手不足よ。……違う!そうじゃないわ。なんであの子たちに行かせたの!」

「簡単さ。戦いにならないからだ」

「なに?虐めるつもり?」

「ああ。……モンスターをな」

 その返事に、受付嬢は口を噤んだ。この目の前の男、もとい彼女の父親は立派な戦士だ。どれほどかと言えば、この国の国王にすら認められているくらいである。

 ……詳しい関係はしらないが。

 そんな彼が。そんな彼が、一目見てわかる戦力差の違い。父親は能力ある人の抜粋に長けている。だから判断は間違いないだろう。

 が。

 彼女にはどうしても、さっきの二人の少女が強く見えなかった。


 男は一言言い残して、席を立った。

「ついでに、俺、国王から貰った金貨、二三枚あの子たちに渡させたよ」

「……え。へ!?なに!?……ちょ、ちょっと、まって!その話詳しく───!!」








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