5本目ー盗賊相手に、無双
アメダマリア。
呼びにくいので、アメと呼ぶことにした。……どちらかというとハレだが。
彼女もそれに賛成のようだ。
結論から言おう。
彼女は毒ガエルである。
しかも、本人曰く、彼女の両親は彼女の国で最強の生物のひとつだったらしい。
「このシールは毒が湧き出るのを防ぐためです」
どうやら防いでいないと定期的に毒がにじみ出るという。そしてその強さはほとんど未知数なため、何時でも発動してしまうということがないように塞ぐのだ。
なるほど。道理で。
「その毒って私が触れたらどうなるの?」
「わからないです……」
「そっかぁ」
これはまたあの自動販売機に聞かなければ行けなさそうだ。
ん、でも、彼女を撫でられたから、もしかしたら「ガチャ」であれば毒は自分に効かないとか……。
そういえば。
彼女が「あたしのパパとママは……」という話をしているところから、私は思い出していた。
そうだ。この子を郷に連れていかなければ。
いくらガチャで出たからと言って、そのまま連れ出すのは可哀想だ。
せめて……。
「そしたら郷の場所、教えてくれるかな。ちょっと一回親御さんとお話をしておきしたいし」
彼女の返事はこうだった。
「……その、うちは、放任主義なんです。そもそも、家庭らしい家庭生活はありませんでしたし」
少し苦笑いをしながらアメは打ち明けてくれた。私は彼女が少し可哀想に思えた。家庭の方針はそれぞれ違くていいが、こんな子をほったらかしというのは良くない気がする。
……私の家庭も同じような感じだったので、なんとも言えないが。
父親は家庭の面倒を見なかった。母親が私を大学まで持ち上げてくれたのだ。
もし母親が勉強熱心じゃなかったら、私はどうなっていたのかもわからない。想像すらつかない。
それ以上私たちは会話をしなかった。
廃村をすり抜ける。
太い道が一本、町外れまで続いている。寂れた商店街。住宅街。墓場。まだ道は続く。
「ん、そういえばアメって、なんでここに村があるってわかったの?」
自販機の中にいたのだ。見えるはずは無い。
「パパの遺伝で、周囲の様子をいち早く掴めるのです。感じてくるというか」
「ふむふむ」
彼女が両手にボトルを抱いて、一口飲んだ。そして感心したようにボトルの縁を細い指でなぞる。
「ラメさん、これって」
「ペットボトルのこと?」
「はい、この『ぺっとぼとる』って凄いですね。ガラスみたいに透き通っているのに、柔らかいです」
「ああ、それはね、……石油って言って伝わる?」
「はい!燃やすあの……」
「そうそうそれ。そこから作るんだよ」
「へぇ、そうなんですね!」
ペットボトルはプラスチック製品だ。プラスチック製品の元をたどると、石油である。万能な材料だ。
……環境問題は一旦考えないとして。
そこからどれほど歩いたんだろう。私はついにまぶたが降りてくるのを感じた。
眠気である。
これに勝てる者はいない。
私はアメを見た。彼女もだいぶ歩くのが遅くなっていて、たまに歩きながらふらついて船をこいでいる。
まずい。
ちょっと宿屋を探して……。
と、その時だった。
私が宿屋っぽい家屋を見つけて入ろうとした時、中で人の声がした。
アメを急いで呼び覚まして、一緒に木陰に隠れることにした。どうしてコソコソしているかって?簡単だ。
「……どうしたんですか」
「……あれは多分盗賊とかでしょ」
そう、この話しぶりと言い、話す中身といい。割れた窓からよく聞こえる会話の中身から、私は「盗賊」という二文字を錬成仕立てていた。
中から野太い笑い声がする。
「やっぱり廃村っていいな。宝取り放題だぜ」
「そうっすね親方。こりゃあいい値になりますわい」
「おい、お前らも早く取れるもんを取れ。早く行かねば。……もう時期アレが来る」
「おっけーです」
がたごとと荷物をまとめ始めている。逃げ出そうとしているようだ。そして色々理解した私であった。
まず一つ目。
ここはちょっと前まで、しっかりとした村だった。しかし、モンスターか何かで、出ていかなければ行けなくなった。
そして二つ目
この盗賊たちはその機を狙って、空き巣を働いている……!
私はアメを見た。
アメは私を見返して、頭をブンブンと振った。戦えません、ということだ。
相手の人数も武器もわからない。自信を持てるはずがなかろう。ん、そういえば。
「……ねえアメ。何人いるかわかる?」
少女を目を瞑って二三秒考えてから、答えた。
「十五人です」
十五人かぁ。
「武器は」
「それは分かりません。ものが多すぎます。廃村は生物がいないからわかっただけです……」
そうなると、突撃はいい方法では無い。
どうすればいいか。見送るのは、あとからが怖い。後ろから一刺しなんてされたくない。しかも相手は人っぽい。ここは捕まえたいのだ。
ん?
私は今何かを忘れていないかな。
ふと、イヤリングが激しく揺れた。
「あっ、あいつがいたじゃない」
呼び出したくないが、見た感じ頼れそうなあいつ。そう、自動販売機だ。
私はイヤリングを外した。そしてアメから水を貰って一口含む。
『ねえ聞こえる?』
『なぜ毎回聞くのです』
『盗賊がいるんだけど』
『だから私がイヤリングを揺らしたんですけどね?』
『……ラベルで話すんじゃないの』
『あなたが話しかけるからでしょう』
……やっぱり話したくないよ。言葉がきついよ。
『何とかできる?』
『ええ、できますとも。ちなみにあなたはどうしたいんです』
『ええと、盗賊を捕まえて』
『……皆殺しと』
『言ってない。聞き出すのよ、情報を』
『ええ、要は調教に拷問と』
『言ってない』
『……なるほどいい作戦ですね。ちなみにあなたさっき毒ガエル云々うるさかったですが、彼女に触れたあなたはなんともなりません。頭を使ってください。ガチャですよ?ご主人様ですよ?』
『はいはいはいはい。そういうのは後で。……ん、まって』
突然何かを思いつく私。
アメを見る。
「アメ、毒の強さ、変えられる?」
「どれくらいがいいんですか?」
「痺れてしばらく動けないくらい」
「はい、行けますよ」
アメが自信もって言ってくれた。胸を叩いてみせる。
そっか。じゃあ。あとは。
『ねえ、あなた、自動販売機ってどれくらい重いの』
『女の子にそれ聞きます?』
……女の子だったの!?自販機は咳払いして、いやいや答えてくれた。
『中身にも寄りますが、満タンにすると800キロまで行けますけど?ちなみに私は中身が無限なので、ほとんど無限の重さがありますね。……ダイエットしたいですねぇ』
それは聞いていない。
……無限の重さ。ほとんど障害物に近い。
私はピンと来た。
そして。
「善は急げ、ね!」
一息吸って、自販機とアメに作戦を伝える。そして各々エラソーだったり、可愛かったりと返事がかえってくる。
ーーーー盗賊side。
俺は手下に急がせた。
そろそろあの、モンスターが暴れる。
そうすれば、金などという問題では無い。
早く、戻る必要がある。この村はほとんど探り終えている。あと今の分を倉庫に仕舞えば、あとは売り放題だ。
廃村だ。
気づく人なんかいやぁしない。
が、突然俺の部下の一人が悲鳴をあげた。
そして倒れ込んでしまった。足を抑えている。痙攣している。
ほかの部下も騒ぐ。俺は一喝して落ち着かせ、痙攣している彼の元に行った。
彼の首筋が紫色に変色していた。
「親方……お……おれ……」
「喋るな。深呼吸だ」
俺も内心は焦っていた。
なんだ。
なんなんだよ、いきなり。中毒か?
その時。もう一人の部下が叫んで倒れた。見れば今度は頬だ。そばに石が転がっている。石は見るだけでもわかる。怪しく半分だけ濡れていた。これか。これが毒の正体だ。
突然の石ころ。毒。有り得るのはひとつ。
俺はさけんだ。
「お前ら!宝を置いていけ!逃げるぞ!」
「ですがっ」
「グダグダ言ってんじゃねぇ!早く行くぞ!」
俺は額の冷や汗を拭いた。
牢獄の二文字が脳裏に浮かぶ。
早く。
早くでていかなければ。
俺は思いっきりドアを蹴りあけようとした。
だが、ビクともしなかった。
俺は斧を持って、切りつけた。木のドアだ。すぐに壊れた。だが、そこに見えたのは、ひとつの箱だった。無数の瓶が描かれた箱だった。
その間も、次々と部下が倒れていく。石が跳ねる。俺はイラついた。そして思いっきり自動販売機を押した。殴った。
いっそ蹴った。
そして残りの部下と協力して押した。が、こんな大男五六人を相手に、このクソ箱はビクともしない。
なんなんだ。なんなんだよ、この箱は!
要塞か!?要塞なのか!?
「ああっ」「うげっ」
減っていく部下。減っていく部下。増えていく石ころ。
そして最後。
「……ぐっ」
俺は為す術なく、クソ箱に寄りかかるようにして倒れ込んでしまった。意識は保っていられた。俺は他の人より強いのだろうか。
そして目の前には、一人の少女がいた。学生だろうか。
俺は。
俺は……こんな奴にはめられたのか……!?
ーーーー私side。
私の作戦は簡単だ。
入口を自動販売機で封じる。
アメの痺れ毒を塗った小石を影から投げまくる。
それだけだ。
最後に私が、壊れた窓から入った。アメには外で待っていてもらった。
私が入ると、一人だけ自動販売機に寄りかかって、まだ意識がある男がいた。
別にこの男が強いとかでは無い。アメに手加減してもらっただけだ。一週間くらい痺れて動けないだけの毒だ。
男は私を見ると睨んだ。
まあ、気にすることでは無い。
私は聞いた。
「ねえ、答えてほしいんだけど」
「……」
「答えないと猛毒使うよー?」
「……あ、ああわかった。答える。答える」
慌てて男が頭をあげて命を請う。
「じゃあ、まず。君たちは何をしてるの」
「……俺たちはこの廃村から宝を取ってるんだよ」
「どこに溜めてるの」
「……精霊の里の……市街地裏だ。……あったの方に行けばある」
「おっけ。他にメンツは?」
男は突然笑った。
「なに」
嫌な予感がした。男が言い放つ。
「お前に全員やられたよ。……一人を残してな!!」
私は後ろを向いた。
一人の大男が、私の背後に陣取っている。大剣を握りしめて、見下ろしている。
「やっちまえええっっ」
男は剣を振り下ろす。
まずい、と思って避けようとした。
が。
「ぐっ……ああああっ」
目を開ける。
……いない?男がいない?
悪臭のする煙立つ地面をみた。何かがじゅうと音を立てている。からんと金属音がして、剣が地面に転がる。
男が地面にうずくまっている。びくりともしない。
見れば、すぐに分かる。
「アメ!?」
大男がいた場所のもっと奥に、アメがいた。
頬のシールを一枚剥がしている。壁に焦げた穴が空いている。
親方が目を見開いている。言葉が出てこない。
状況は、私にも、この親方にも一目瞭然だった。
アメは私の危険を察知して、壁を毒で溶かしながら入ってきた。
そして男の身体を的にして、石を投げた。
そしてアメの猛毒に触れて、男は倒れた。
……生きているのかな。
が、今はそんなことどうでもいい。
彼が倒れないと、私が死ぬ。
アメが「大丈夫ですか!?」と走りよる。一瞬ギョッとしたが、自分だけは毒が効かないことを思い出して抱きしめてあげた。シールを貼り直してあげる。
ありがとうと言ってあげる。
アメは、命の恩人だ。
ただ、力はコントロールしようね。
死なせちゃったらこっちまで犯罪だよ。日本の法律だとね。多分。
アメも私の言葉に満足しているようで、しばらく私にされるがままに抱かれていた。
満足していないのは、親方の方だった。
私たちをみて、わなわなと震えている。
「お……お前らはなんなんだ!」
「答えたくない。で、モンスターってなんのこと?」
「もうじきモンスターが来るんだよ。でけぇやつがな。時々この村に侵攻してくる……このままじゃ全滅だ」
私はしばらく考えてから、男の絶望しきった顔を眺めながら自販機にコインを入れた。それからアメから水をもらう。
『……ねえ』
『その前に。この男に蹴られたのですが?』
『ねえ。回復ってどの飲み物?』
『何する気ですか。この男たちを回復する気ですか?』
『大丈夫。アメに猛毒の石を持たせるから。そう、回復させて、街に運ぶ。モンスター相手にアメの毒がどこまで効くかわからないから、今は逃げる』
『なるほど、そうですか。わかりましたよ。そこの、ミルクコーヒーです。基本回復はそれでできます』
やっと説得できた。
私がミルクコーヒーのボタンを押した。
そしてアメに石を拾い上げてもらって、猛毒を塗るように指示した。飲み終わったペットボトルにその小石を詰めて、男の前に掲げた。
「これなんだとおもう」
「石」
「なんの石?」
「……毒か?」
「正解」
私は一粒取り出し、木の床に落とした。するとバーベキューのときのような音を立てて、石が地面の中に沈み込む。
木をまるで、氷のように溶かしているのだ。
「……」
男が固まったまま、煙を見下ろす。
「これからみんなを回復します。それから私たちを街に連れてって」
「……おう」
「もしも誰かが私たちを裏切ったら……」
「そいつを殺すのか?」
「残念、皆殺しね」
私は悔しそうな顔をわざと浮かべて後ろに転がる面々に目をやった。
男が奥歯をがりっと噛んで、「……なんという外道だ」と言った。外道はそっちでしょう。火事場泥棒なんて。
だがその言葉に反応し、少し楽しくなって、私が続ける。
「……ふふ、私、人を溶かすの大好きなんだぁ。やって見せよっか?」
「やっやめろ!お願いだ!」
顔を青くしている。ついでにアメが少し震えている。アメの頭を撫でながらボソッと「安心して。演技よ」と呟いた。その言葉に彼女が安堵の表情を浮かべる。
やりすぎちゃったかな。
その後、私は一人ずつそのミルクコーヒーを少しずつ飲ませて回復させ、自販機をイヤリングに戻した。
ついでに、私たちに再度襲いかかろうとする追随たちに「変に動くな!死にたいのか!」と親方が吠えてくれた。
彼らを前に歩かせて、私たちは後ろで監視する。
道中、特に問題も起こさず、十分もしないうちに私たちは街に着いた。人でしっかり溢れかえった街だった。当然門番がいて、私が一部始終を伝えると、盗賊たちを連れていってくれた。
そして肝心のアメと私は───一旦尋問を受けることになった。
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