3本目ー自販機が、上から目線

 ひとまず出てきた子供。少女だった。


 金髪の切りそろえたおカッパ。くりんと澄んだ淡い紫の目。カチューシャ。ブラウンの太いベルトで飾られた淡色ワンピース。


(海外なら)どこにでもいそう(なんじゃないのかな)な少女だ。

 私が言いたいのは、特に異世界らしい不思議さはない、ということである。


 若干、全身に──特に手首足首、首、両頬などに貼られた黒いシールが気になるが、そっとしておいた。個人の事情というものがあろう。

 首を突っ込まなければ、面倒なことは起きない。社会に入って身に染みてよくわかったことだ。


 少女は「アメダマリア」という名前。

 海外ではよくあるのかは分からないが、私にとっては「おお、異世界っぽい!」という点であった。

 苗字もあったが、長くて聞き取れなかった。


 私も一応自己紹介をしておいた。

 良目。

 良い目と書いて「らめ」と呼ぶ。

 ちなみに、目は本当にいい。

 あんなパソコン処理の仕事を六年ほどしておいて、今までの人生で一度もメガネというものを掛けたことは無い(ファッションは別)。

 自分でも不思議なくらいだ。

 なぜ、体のどこもかしこも弱いのに、目だけはいいのか分からない。

「良目」という苗字のおかげだろうか。


 自己紹介はすぐに終わった。

 特に接点もない二人は、ただ黙ったまま、自販機の前で見つめあっていた。

 話すネタを探しているのだ。

 私としては言いたいことがいっぱいあった。聞きたいことも沢山だ。


 ここはどこ?異世界だよね?あなた何者?人里はどこ?あとは……


 ぶるっ。

 私は突然、体に震えを感じた。

 寒気がした訳では無い。


「……トイレどこにあるか知ってる?」


 そう、尿意だ。

 さっき、ラテやらブラックやら、コーヒーをかれこれ四本飲んでいる。トイレに行きたい。異世界はまずどうでもいいから、トイレだ。


 少女の一言。

「……?草むらじゃだめですか?」

「え、あなた草むらにするの?」

「……?」

 え、なんで頭傾げたの?無言の「?」ってイエスって意味だよ。あなたそれでも……。

 別にまだ限界という訳では無かった。顔を若干しかめながら説明してあげた。トイレはと聞いて「草むら」とかえってくるなら、トイレは排泄する場所だという認識くらいあるはずだろう。

 トイレはね、そういう専門の場所なんだよ。草むら?ちょっと、出来ればやめてほしいかな。

 私はかくなる上は、と質問を変えることにした。


「人里はある?」

「あります!」

 あるのね。あるのね?

「……ほんと?」

 少しずつ、我慢が効かなくなってきていた。

「はい、すぐそこに」

 少女、改めアメダマリアは元気よく自販機の後ろを指した。正確にはその背後の森の、奥のことだ。

 よくやった。アメダマリアちゃん。

 ご褒美にコーヒー一本奢ってあげる。……コーヒー飲ませていいのかな。


 トイレのことだけを考えながら、森へと走っていく私。

 少女が追いかけてくる。ただし、という言葉が聞こえてくる。

 走って、森の木々をかき分ける。そしてついに丘の下に人里がちらほらと見えて、ついに少女が言い切った。

「……もう廃村です」

「……ええい、廃村でもなんでもトイレならどこでもいいわ!!」

 よく分からないことを叫んで、私は民家にお邪魔するのだった。




「……ふう」

 民家のトイレから出てくる。

 家の中を見渡した。廃村と言う割には、設備がしっかりしている。なんなら、トイレだってしっかりと設置されていた。

 触ると勝手に点灯するランプもある。

 ただ、廃村らしく家のドアは空いていたし、家の中は荒れていた。果物が腐ったまま床に転がり、棚も横だおれになっている。

「……なんで廃村になっちゃったのかな」

 疫病や戦争、異世界ならモンスターの襲撃という可能性もある。……深くは考えないでおこう。

 なんと言っても、人気がないのは少し怖い。



 私は借りた家に心の中で一礼して、入っていった森に戻った。そこを抜けるとやはり先程の場所にたどり着く。

 少女アメダマリアは自動販売機に寄りかかったまま目を瞑っていた。私が近づくと手を振ってきて、

「間に合いましたか?」

「うん、おかげさまで───よし、本題に入ろう」

「ほんだい?」

 私がぽんと手を叩くと彼女は可愛らしげに頭を傾げた。撫でてあげたい。

「いくつか質問するね。出来たら答えてね」

「はい!頑張ります!」

「じゃあ。ここはどこ?」

「ええと、精霊の里って呼ばれているところです」

 精霊の里。精霊。やっぱり異世界で間違いない。

「あなたは……だれ?」

「?……アメダマリアですが」

 質問が良くなかった。私が質問の仕方を変える。

「ええと、そうじゃなくてね。……あなたは人?それともエルフ?それとも……」

 その外観を見ながら、色々選択肢を考えていく。外観で人を判断してはいけないが、こういう時は役に立つはずだ。

 私の意図を読み取って、ようやく少女は「ああ、そういう事でしたか」と笑顔になった。

「あたしはカエルです」

「カッ……」

「どうしました?……あたしカエルですよ?」


 カエル。

 カエルだった。

 この少女。

 理解が精霊の里でぶつ切りになっていた私は、頭の中の情報を整理していた。

 少女は「あっ、信じていませんね」と言って口を開いて舌を見せる。が、普通の舌だ。鳴こうとする。が、声が出ない。

 へたれこむ彼女を慰めるようにして、私は「大丈夫、大丈夫。信じてるから。人の姿とカエルの姿ってことでしょ」と言ってあげた。少女は胸をなでおろして「はい、そういうことです」と言ってくれた。

「一日に一度ずつしか交換できないんです。力の問題です」

「なるほど……」


 その後も色々質問を繰り返した。

 以下にまとめよう。


 まずここは異世界。星の名前は特にないが、「緑の星」とは言われているという。まあ、地球にそれ以外の名前がないのと同じだろうか。

 次に、魔法。魔法はどこにでもある。そして、モンスターも随時見かけることができる。そこはオーソドックスな異世界だった。

 そして肝心な質問。


「アメダマリアちゃんは……どこから来たの?自販機の中?」

 私の質問に対して、彼女の返事は「遠くの郷です」であった。夜中寝ていて、目を覚ましたらこの中にいたという。

 ……今、何時だろう。

 私はポケットを探った。携帯を取り出す。が、こういう時に限って、充電切れだった。充電器もない。ため息をついて、ポケットにしまった。


 自動販売機を改めて見る。

 この子は、目を覚ましたら、この中に入っていたという。転移というものだろうか。あるいは……。

 私は、とある可能性を見つけて、そのまま口にした。

「……ガチャ?」

 そう、これはまあまあ有り得る話だった。先程のコーヒー。一つだけ、中身がなかった。あるのは、大量のコーヒー豆。代わりに、この子が「激レア!」みたいな感じで出てきたという可能性。

 無きにしも非ずだ。

「がちゃってなんですか」

 少女が訊く。答えるのがめんどくさいので、うーん、要はガチャポンだよ、あ、やっぱなんでもない、と誤魔化した。

 自分にとっては当たり前なことを説明するのは難しいのだ。


 ……となると。

「やっぱこの自販機だよねぇ」

「じはんきって、この大きな箱のことですか」

「うん、そう」

 軽く返事して、私は財布を取り出した。二百円分入れると、全部のボタンが光った。地面に積み上げた缶を見つめながら少し考える。

 一本目、二本目、四本目はラテだ。

 三本目だけ、ブラックにした。その時だけ、変なことが起きた。少女が出てきたことと関係あるとしたら、このブラックコーヒーと関係がある。

 ブラックコーヒーの缶のボタンに指を触れる。

 少女を見返す。

「……」

 んー。


 考えてみる。仮にこの少女が、遠くから飛ばされてきたとする。それならば、遠くにいる親はどう思うのだろうか。

 攫われたと思われたら大変である。

 だから今の状況を解決したら、とりあえず彼女を郷に戻してあげたい。

 なら、今はこのボタンを押すべきでは無い。横を見るが、少女が出入りしたドアはなくなっている。もしもガチャならば、新たな子が出てくることになる。そしたらまた、その新しい子を里に戻してあげる必要だってあるかもしれない。


「面倒くさァ」

 私はとりあえず、ほかのボタンを試すことにした。大瓶の普通の水。重い音がして、落ちてくる。

 別に、誰も出てきていない。

 私は水を手に取った。一口飲んで、ふと成分表示をみた。


 そして噎せた。

 咳が止まらない私の背中を、アメダマリアが「お姉さん大丈夫ですか!?」とさすってくれる。お姉さんだって。大丈夫ですかだって。いい子だ。……ちょっと抜けているところがあるが。

 ようやく落ち着く私。

 そして今まで積み上げてきた缶を崩し、その成分表示を一つ一つ確認した。


 ───そこには、私が欲しかった答えが書いてあったのだ。


 一本目。

『●名称 コーヒー(ラテ) ●効果 寿命が伸びる。若返る。●内容量 185g……』


 二本目。

『●名称 コーヒー(ラテ) ●効果 寿命が伸びる。若返る。●内容量 185g……』


 三本目。

『●名称 コーヒー(ブラック) ●効果 モンスター転移ガチャ一回分。コーヒー豆の量が多ければ多いほどモンスターは強い。』


 四本目。

『●名称 コーヒー(ラテ) ●効果 寿命が伸びる。若返る。●内容量 185g……』


 そして、ペットボトルの水。

『●名称 泉の水(純天然) ●効果 飲んでいるあいだ自動販売機と喋ることができる。●内容量 250g……』


 つまり、言ってしまえば今までの変なことは全部この自動販売機のせいである。

 あのコーヒー豆は、いわばガチャ演出だ。少女を見る。(もう消えてしまったが)あの量のコーヒー豆だ。きっとこの子は強いのだろう。

 そして若返り。私は飛び回る光を頼りにして、携帯の黒画面を鏡にして自分の顔をみた。

 そして驚く。


「……じぇけぇ」

 女子高生のときの顔だ。あの、ピッカピカに化粧しようと言ってお肌の手入れをしたり、髪をいじっていた頃の、顔だ。

 本当に若返ったのだ。


 最後に水。

 会話ができるぅ?自動販売機と?

 これはチャンスである。もしかしたら、色々教えてくれるかもしれない。

 少女に「ごめんね、もうちょっと待ってね」といってあやして、口の中に水を少なめに含んだ。これなら吹くこともなかろう。

 私はそのまま、言われた通りに話してみた。ほとんど念話である。


『ねえ、聞こえる?』

 すると。

『聞こえますがなにか』

 返ってきた。本当に自動販売機が喋った。ただ少女はそのことに気づいていない。

『私のこと認識しているでしょ?そしたら教えてくれない?ここどこ?とか。なんで私異世界に来ちゃったの?とか』

 すると返事。

『なんで私が知っている前提なんです。まあいいでしょう、話してやっても構いません』


「……」

 私は口の中に含んでいた水を飲み、会話を止めた。

 深呼吸する。

 そして、少女の頭を優しく撫でてあげながら、自動販売機を思いっきり睨んでやった。叩き割ってやりたい。


(なんでこの自販機、こんなエラソーなのよ……)


 思っていても、美肌に戻してくれたり、情報源であるために、言えなかった。

 ただ、「面倒くさァ」と本音の氷山の一角を吐き出し、私は口の中に再び水を運ぶのだった。








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