2本目ー初印象って、大事

 前回のあらすじ。


 帰り道に異世界に来た。

 コーヒーを飲んだ。

 コーヒー豆に埋もれた。←new!


 私は全身に纏わりつくコーヒー豆を払った。口の中にも当然粒は突進してくるので、吐き出すのに相当苦労した。

 そして。苦い。コーヒー豆本体は、とんでもなく苦いのだ。……いや、知ってはいたけど。

 さてひと奮闘がすぎた頃。

 空を見ると、当たり前だが、暗い。ここが異世界であるのは間違いないなら、場合によっては帰れないことだってあるだろう。

 地面を見る。さっきのコーヒー豆が、地面いっぱいに転がっている。一言言おう。……もったいない。だがもう一度拾うのも気が引ける。

「いや、今考えるべきなのは……」

 せめて、人里を見つけなければならないだろう。四時間かけて家に帰ろうとしたやつが、人里を見つけるのに躊躇うことがあろうか。

 ……はい、あります。


「せめて誰かいればいいのになぁ」

 そこまで言って、私は自動販売機に立ったまま寄りかかった。本来なら超絶迷惑行為だが、今は通行人もいない。

 私はちらりと自動販売機の横を見た。

 ……。

 そして再びわざとらしくつぶやく。

「……せめて誰かいればいいのになぁ」

 チラッ。

「……」

 返事無し。

 ……いや、こういう時は誰か出てくるのがセオリーでしょう。

 悪態をつきながら、私は飲み終わった缶を縦に積み上げた。どうでもいいが、五、六個なら、積み上げられる。

 結果、五、六回呟いても、誰も出てこなかった。私は頭を搔く。参った。やっぱり、歩かなきゃ行けないのか。周りを見渡す。人がいそうな、明るい場所はない。

 歩く?

 歩かない?

 歩く……?


「よし。飲もう」

 と、私は最善策を導き出して、もう一呑みすることにした。

 ポチっ。

 ───ガラガラっ。カラン。

 ───ぼてっ。


「痛っ」

「……何本飲めば人が出てくるのかな」

 私はもはや考えるのも面倒くさくなった。腰をかがめて、中身を取ろうとした。

 そしてギョッとなった。

 後ずさりする。

「……は?」

 誰かが、いる。いるんだ、誰かが!

 自動販売機の出てくるところ。なんて言えばいいか分からないが、あの空間に。小さな子供が入っていたのだ。

 そういえば、さっき「痛っ」と聞こえたような気もしなくも無い。……あれは、空耳じゃなかったのか。

 私は覗き込んだ。

 そこには、確かに子供がいた。……さっき居たっけ。

 ここから覗いても、暗くて顔が良く見えない。このまま会話するのもあれだから、私はまずはその子供に出てきてもらうことにした。

 ひとまず、話しかける。

「あのう。大丈夫ですか」

「……痛いです……」

 それは、ごめんね。でもこの中で寝るのは、同じくらい良くないよ。

「とりあえず、出てきません?」

 そう。出てきて欲しいのだ。だが、子供の返しは。

「……大丈夫ですよ、ここ、気持ちいいので。あ、これどーぞ」

「あ、どうも」

 子供は寝っ転がったまま手を伸ばして、私に缶を渡した。流されるようにして、一礼して早速開けようとした。が。

「……待って待って、違う違う」

 思い出した。大事なのは缶コーヒーではない。大事なのは子供だ。……コーヒーも大事だけど。

 子供が続ける。

「あ、次は頭に当てないようにその筒を出してくださいね」

「あ、はい」

 ついつい流されて答えてしまった。しかし、そんな簡単なことではなかろう。大前提として私はボタンを押すだけでコントロールなんて一切していない。

 というかなんで中に居座る前提なんだろう、この子。


「いや、まずは出てきてもらえる?」

 もはや丁寧語も抜け始めている。子供の返事はノーだった。気にせずどうぞ、ここで寝ますので、だった。

「……」

 仕方ない、最終手段だ。

 ポチっ。

 私はボタンを押す。

 ───カコン。

「……痛っ!」

 案の定悲鳴が上がる。可哀想だが、これで出てきて貰いたい。


「次はもっと痛いもの買おっかなー」

 と脅してみる。自動販売機に対して、痛いものを買うという。はたから見たら、完全に変人のまた変人だ。

「よーし、痛いの買おうー」

「はいぃ、出てきますので叩かないでください……」

 ついに泣きそうな声で返された。やりすぎたか……?私は慌てて謝った。うん、怒ってないよ。出てきてもらえればそれでいいから。ところで、叩いてはいないからね?


「出てこれる?」

「はいぃ、今すぐ出てきます」

 いや、出てこれるか聞いたんだけどね。

 手を伸ばしてあげた。掴まれる。暖かい。小さい。子供の手だ。

「よいしょ」

 引っ張ってみる。が、出て来れない。横に引っ張ってみる。転がってもらう。いっそ蹴る。が、どうやっても出て来れないのだ。


「うーんどうしよう」

 これは困った。

 さすがに今更無視するのも可哀想だし、ものを出す度に体に当ててしまうのも可哀想だ。

 でも、もう手段がないんだけど……。

「あっ」

「お、なにか思いついた?」

 子供が声を上げる。なにか思いついたようだ。

「ドアノブありませんか?」

「……は?……コホン。ないと思うけど」

 つい本気で「は?」と言ってしまった。改めて、優しい声で返す。ドアノブぅ?自動販売機に?

 私は箱の右側をみた。ない。ないよね。ないもん。

「……うーんないよ?」

「いや、あったはずですー」


 そう言って、自動販売機の左側から子供。

 ガチャりという意味不明な音が向こうで聞こえて急いで駆けつける私。

 子供はドアを再び閉めて、「ほらぁ、やっぱりあったんですね。……もう、びっくりしましたよ」といった。その顔は悪気のない、むしろほっとしたような顔だった。


「……な、なんですか」

 子供は私の顔を見るなり体を引いた。少し怖がっている。

「……」

 私は奥歯を噛み締めて、なんとも言えないこの気持ちを飲み込む。耐えろ。耐えろ私。


 いつの間に入ってきたんだよ。ドアから入ってきたならなんで忘れるのよ。というかドアがある自動販売機ってなに?そもそも「ほらぁ」じゃないんですが?

 キミには色々言いたいことがあるよ?


 ……と思っていたが、いえなかった。子供は泣きそうな顔をして私を見る。

 そして、一言。

「……パンダ怖い……」

 目の下に黒いクマ。白い肌。黒い長髪。白黒白黒。……パンダっていう比喩は正しいのかもしれない。……パンダいるの?この異世界に?


 ……とまあ。

 私はついに、一人目に出会った訳だが。

 その初印象は最悪だったのだ。


 その後体の調子が良くないだけだよ、などと言ってクマの解説をしたら、わかったようなわかんなかったような顔をされた。


 なんともあれ、大失敗は乗り越えたようだった。











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