珈琲ブレイクワールド

かっこ

プロローグ章ー来ました、異世界

1本目ー来ました、異世界

「ぷはぁ」

 やっぱり、どこに行ったとしても、これだけはお供でなくちゃ。

 私、良目らめは、自分の手元に握っている缶コーヒーを見つめた。残っている温度が両手の手のひらに伝わってくる。

 次は服装に注目だ。

 場違い極まりない、白シャツ黒コート黒ズボン。なぜ場違いかと言えば……。

「ここ、異世界なんだよね……」


 そう、ここは異世界である。

 その証拠に、私の周りに変なものが浮遊している。空に変なものが飛んでいる。明らかに木々に顔が生えている。……いや、別に疲れた訳ではない。


 私は会社員だ。そこではいい立場にいるつもりだ。逆に言おう、会社では板挟みの立場である。経験のある人もいるのではなかろうか。

 正直に言って、辞めたい。

 が、食べていける賃金を貰っているのも事実。生活はできるが、ほとんど毎日を仕事に費やしている。ついでに社長は守銭奴。目を盗んで休憩していなかったら、とっくに過労死していた。もしできるなら、旅をしたい。あるいは田舎に住みたい。

 ……けどお金がなぁ。

 そんなある日、その日の気分で私は歩いて家に帰ることにした。携帯でかかる時間を調べると、なんと四時間。やってしまった。

 そこでとりあえず次の駅にでも行こうと思った。

 と、その時。


 ……いや、暴走トラックは来ていないし、神の声も聞こえていない。

 が。


 私はいつの間に、異世界を歩いていたのだ。

 目の前に見えていたはずの駅もない。舗装された道路もない。

 あるのは、右手に残っている、古い自動販売機それだけだ。そして浮遊する何か。

 周りを見た。うん、ここはどこかな?と思った。とりあえず歩き回ってみたが、暗い。暗いのは嫌だ。

 だから、とりあえずコーヒーでも飲もうと思った。


 何を隠そう、私は──私は──コーヒーが好きなのだ!!


 ……とまあ、今に至る訳だが。

 正直、これからどうすればいいのか、全く検討もつかない。朝になるまで待とうか。だが、すぐに問題にぶち当たる。お風呂は?せめてシャワーは?着替えは?

 ……私、これでも女の子ぞ?


 と、考えるのも面倒になって、私は財布から百円玉を取って、自動販売機にもう一度放り込み、コーヒーのボタンを押した。

 ──ごッ。かららっ。

「……なんで自動販売機だけあるのよ」

 そんなツッコミをいれつつ、私は缶を拾って、開けて、一口飲んだ。


 そして、突然その異変に気づく。

「……あれ?」

 中身がないのだ。振っても振っても、中身が出てこない!!

 そして最後の一振を下ろした瞬間。

 ───缶の中から無数のコーヒー豆が溢れ出て、私はその山に埋もれてしまった。


「……ほ……んとなんなのよ」

 これは私の、最後の遺言だった。


 そしてまるでなにかのトリガーを引いたように、私の異世界生活は始まってしまった。




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