第5話 ミルフィーユ

 本屋さんには運命の本に引き寄せる力があるようだ。本を手に取り表紙を見る。

『これだ』

 それが知らない作家の本であっても、魅力を感じる場所。


 初めてこのエッセイを書いてみようと思った日に立ち寄った本屋さんにまた来た。私にとって本屋さんは不思議な存在で、何か買いたくて立ち寄るなんて事は1度もなく、なんとなくで入ることばかり。今日もなんとなくで入って、なんとなくで本棚を見て周る。そうして辿り着くのは決まって単行本のコーナーなのだ。重くずっしりとしたその見た目と、分厚い表紙が何故か妙に引き寄せられる。

 そんな中で、私は毎回持ち上げてしまう本がある。

『嫌われる勇気』

 ガサガサとした触り心地と淡いブルーの表紙が妙に引き寄せられるのだ。

 だがしかし、私は1度もない。実写化されたドラマは見たことがある。読んだことのないこの本に、私の考え方を変えてくれたと言っても過言ではない。

 元からあまり人からの声には影響されないタイプではあった。傷つく言葉を言われても心の壁がブロックしてくれている。心がどこにあるかと聞かれたら、私は迷いもなく『心臓』と答える。脳ではなく、心臓の辺りに壁が出来る感覚があるのだ。だけどやはり、そう言った言葉は忘れることが出来ない。忘れたい記憶に限って、鮮明に覚えているのだ。覚えておきたいことは忘れてしまうのに。

 私はコンプレックスの塊だ。劣だけが合わさったような容姿。そんな事もあっていじめ、とまでは行かないが聞こえるように私の容姿をバカにするような声はよく聞いた。特に男子の声で。その中でも特に言われたのは髪に対して。中学に上がる頃、猫毛で直毛だった私の髪は縮毛になった。何故そうなったのかは未だに分からないけど、もの凄くそれがストレスで誰にも見られたくないものだった。それを後ろから言われるのだ。

 自分が気にしているものだからこそ、聞きたくないのに、また言われてないかと聞き耳を立ててしまうようになった。中学校までは小学校も一緒だった人が大半だったので言われることも少なかったが、高校からは違った。学科の違う、名前も知らないような人に言われるのだ。

 口が悪いが正直当時の私は「やめて」とか「嫌だ」とかではなく「てめぇ誰だよ」としか思っていなかったが。

 ここまで読むと「縮毛矯正をすればいいのでは?」と思うかもしれないが、私は中学校の段階で何度も親に相談した。けれども古い考えを持つ父に阻まれ、スマホを持っていなかった私はお金があっても縮毛矯正に関する情報を取り入れることが出来ず、予約すら出来なかった。

 結論から言うと高校2年生の頃にようやく縮毛矯正をする事が出来た。もっと言うとあまり効果はなかった。祖父に買ってもらったヘアアイロンの方が効果があった。ちょっとずつではあったけど。

 今は多少マシになってはいる。

 高校2年の後半から卒業するまでの間、それまでにあったような言葉はなくなった。利用は色々あると思うが、この1つに過ぎないというものを記しておく。

 私も周りも他人にあまり干渉しなくなったということ。一言で言えば視野が狭くなっただけ、という感じで青春と聞けば高校と思うように皆、新しい環境を全身で感じようとする。どんな人がいるのかどんな恋が出来るのかどんな青春を送れるのか、そしてどんな人間関係を作るのか。この人間関係こそが他人を傷つける。グループの中で目立つ存在でありたい。自分の言葉で笑ってもらえたら承認欲求が満たされる。そんな欲求が見知らぬ他人を傷つけるのだ。ただ、自分が優位に立つためだけに。

 だから私は人間関係構築のために利用されただけも同然だった。それに気付いた時、心底人間関係がどうでも良くなったのを覚えている。同時に必要でない人間を自分の周りから排除するようになった。今私には6人だけ友達がいる。『信用出来る6人』

 その判断が間違いではなかったと社会人になってから思う。どの道、高校を卒業すれば自ずと必要な人間としか関わらなくなるからだ。ただ、この6人のうち1人は以前の会社で同期になった全然接点のなかった他校の子だ。1年にも満たないうちに彼女が信用出来ると感じられたのも高校生の頃に人を見る目を養ったからだと思っている。過信にすぎないが。

 様々な本に触れて、読んで、考えて。

 私が強く感じたことは、あの頃私を利用した奴らを後悔させられるくらい有名になりたいという事。どんな形でもいい。彼らモブキャラを踏んづけて優位に立ちたいのだ。自分自身の存在が損をしないために。そして、こんな私とずっと一緒にいてくれる友達のために。


 パイ生地をスプーンで潰しながら次の工程を確認する。

「生クリームを泡立てる作業が1番嫌いなのになー」

 ハンドミキサーを取り出し、テレビでよく見るミルフィーユを作っていく。テレビで見るサイズだと食べにくそうなので、1口サイズのミルフィーユ。

 苺を切って盛り付けていく。この作業が1番好きだ。

「美味しそう」

「そりゃ美味しいよ。私が作ったんやもん」

 嘘でもポジティブになりきるのが1番気が楽だ。

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