5.料理は愛情
眠たそうに目をゴシゴシさせながら、フェネは欠伸をする。
「マスター、おはよう」
「フェネ、おはよう」
「遅かったな、朝餉の用意ができているぞ」
昨日、湖に浮かんでいた魚だ。
内蔵を取り除き、木の枝で串刺して塩を振り、直火で焼いた魚。
「ほれ、食え」
「師匠さん、ありがとう」
「ワシの名前は、師匠じゃないぞ」
モシャモシャと焼き魚を咀嚼しながら、否定をする師匠。
食べながら喋るのは、止めてほしいものだ。
「ワシには、ミリーナ・ルイーズという立派な名前がある」
「じゃあ、ミリーだね。ミリー、ミリー」
「呼びすぎじゃ、馬鹿者。しかし名を呼ばれることなど久しいものだ。悪くないかもしれん」
「ミリーの焼いた魚、とっても美味しいよ。マスターも食べて」
グイグイと、焼き魚を押し付けられて口にする。
「ウマっ」
こんがり焼かれており、油が乗っている。サクサクパリパリな食感。塩気が効いて、ふんわりした身。あまりの美味しさに幸福感を覚えた。
「そうじゃろう、そうじゃろう。美味しさの秘密はなんだと思う?」
「塩ですかね?」
「普通の塩しか使っておらぬぞ」
「焼き加減ですかね?」
「うん、お主は駄目じゃな。女心がなんにもわかっておらぬ。そうじゃ、フェネにはわかるか?」
「このお魚さんには、ミリーの想いがたくさん詰まっているよ。美味しくな~れ、美味しくな~れって」
「その通り、正解じゃ。ようするに、ワシの愛情の詰まった一品ということだ」
「なんだと!料理は愛情……料理は科学ではなかったのか?」
分量、調理手順さえ間違えなければ、料理は美味しく作れる筈。
しかしこの焼き魚は、ただ焼いただけとは思えない美味しさ。一体どんな秘密が?
「焼きすぎず、魚の水気を残すのがポイントだ」
「しかし何故、ここまで美味しく」
む……むむむ。
「まぁ、料理は愛情とはいうが。食べてくれる相手に対して、手間をかけた料理を作ること」
「手間?」
「ああ、料理の愛情の正体は、少しでも美味しく、健康を考え手間を加えること。それだけだよ」
俺たちが寝ている間、見張りを請け負い。剰え、朝御飯まで作ってくれた。
「し……師匠ーー、結婚してください」
「ばーか、そういうことは、もっと大人になってから言え、馬鹿弟子」
簡単に受け流され、師匠からは、大人の余裕のようなものを感じる。
「むーー」
フェネが拗ねたような態度を取り、体を寄せてきた。
「マスターは、私のマスターだもん」
目線が同じくらいなので、顔を合わせるといつも目が合う。
頭を撫でてやると、気持ち良さそうに体重を預けてくる。
「ゴホン。ほれ、野菜も食え」
師匠は、微笑ましいものでも見るような目で、目を細めて笑った。
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