友達
タカシは拳を止め、因縁の相手を殴ることをやめた。彼は歯を食いしばりながら涙ぐみ、肩を震わせていた。この時、彼の脳裏には
それはつい数日前の出来事である。度重なる修行で息を切らし、肩で呼吸をするタカシに対し、天音はある質問を投げかけていた。
「タカシくんは強くなったら、その力をどんなことに使う?」
「サトルとユウキに今までの仕返しをする」
「その後は? ただ仕返しだけして、それで終わり?」
「そうだけど、他に何かあるの?」
タカシはあどけない顔で首を傾げる。そんな彼の頭を優しく撫でつつ、天音は質問を続ける。
「……キミはいつも独りだね。友達はいる?」
「お姉ちゃん!」
「他の人は? 学校に友達はいる? 確かに、大きな力を振りかざせば、キミはいじめられなくなるかも知れない。だけど、それだけじゃキミは独りぼっちになっちゃうよ」
彼女の言葉は、タカシに己の未来を考えさせた。二分間の沈黙の中には、どことなく重い空気が立ち込めていた。そんな空気を打ち破るかのように、彼はそっと口を開く。
「友達が……欲しい……」
それは彼の本心から出た言葉であった。天音は聖母のような微笑みを浮かべ、彼にこう助言する。
「人に好かれたかったら、人を許すようにならないとね。人間はね、許されたい生き物なんだよ」
「そうなの?」
「人が神様を信じるのも、悪いことをした時に言い訳するのも、誰かに好かれたがるのも、全て自分が許されたいからなんだ。いつか、キミにもそれがわかる時が来る」
この時、タカシはまだその言葉の意味を理解していなかった。
そして今、タカシは天音の語っていたことを理解しつつある。彼は拳をゆっくりと下ろし、サトルを解放した。
「もう二度と、ぼくをからかったり暴力をふるったりしないでね。それを約束してくれたら、二人とも許してあげる」
彼の言葉に、サトルは思わず涙した。先に謝ったのはユウキである。
「ごめんタカシ! おれ、怖かったんだ! サトルに逆らったら、おれもいじめられるんじゃないかって……」
ユウキに続き、サトルも謝罪する。
「二人とも、ごめん。おいら、タカシをいじめるのが楽しくて、どんどんエスカレートしてた。だけど自分よりずっと強くなったタカシに許されて、おいら、恥ずかしくなってきた。もう二度と、オマエをいじめないよ」
反省の旨を語った彼は、右腕の袖で目元を拭った。タカシも自分の目元を拭い、サトルたちに和解を申し出る。
「これからさ、ぼくんちでゲームしない?」
「いいね、行こう行こう! ユウキも来いよ!」
「うん!」
もう彼らがいがみ合う理由はどこにもない。三人は公園に背を向け、談笑しながらその場を後にした。そんなタカシたちの背後には、彼らの背中を密かに見守る者がいた。巻物により透明になっていた一人の忍者が、忍術を解きその姿を露わにする。
彼女の横顔は、心なしか喜びに満ち溢れているようにも見て取れた。タカシが彼女のもとで学んだものは護身術だけではない。彼はそれ以上のものを獲得したのだ。天音は青空を仰ぎ、艶のある黒髪を風になびかせた。
後日、タカシはいつもの公園に赴いた。そこでは天音が彼を待っていた。彼女はタカシの方へと歩み寄り、彼の成長を祝福する。
「おめでとう。キミは本当に強くなったよ」
彼女はそう言うと、ズボンのポケットから金色のメダルを取り出した。そこには「天」の字が彫られている。天音はタカシにメダルを手渡し、話を続けた。
「これはキミが強くなった証――――ボクが忍術で作ったメダルさ。キミに教えることは、もう何もないよ」
それは彼女を尊敬するタカシにとって、何よりも喜ばしいものであった。彼はメダルを両手で抱きしめ、天音に礼を言った。
「ありがとう! お姉ちゃんがくれたメダル、宝物にするね!」
彼は満面の笑みを浮かべていた。天音は温もりのある安堵を覚え、今ここにある幸せを噛みしめる。
(力だけでは、子供を守ることは出来ない。だけどボクは、力だけでは守れない笑顔を守ることが出来た)
この瞬間、彼女の心はこの上なく満たされていた。
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