メモ用紙
あれから約一週間が経過した。タカシはすっかりサトルやユウキと打ち解けていた。三人は携帯型ゲームを持ち寄り、通信対戦に熱中している。彼らは皆、こんな平和がいつまでも続くとばかり思っていた。
そんな彼らの目の前に、四体のアヤカシが現れる。
絶体絶命の危機を前にして、サトルとユウキは怯えるばかりだ。そんな二人とは対照的に、タカシは妙に好戦的な態度で身構えている。
「二人とも逃げて! ぼくが足止めするから!」
サトルたちは彼の強さを信じていた。タカシの護身術があれば、アヤカシの足止めくらいは出来ると信じていた。二人は小さくうなずき、彼を置き去りにして公園から逃げ出した。無論、護身術ではアヤカシに対抗することなど出来ない。しかし力を手にした人間というものは、得てして慢心してしまうものだ。
「ぼくだって、お姉ちゃんみたいに強くなるんだ!」
タカシはそう言うと、眼前の化け物の方へと駆け寄った。するとアヤカシのうちの一体は、容赦なく強靭な右腕を振り下ろした。
タカシの体は鋭い爪に切り裂かれ、一瞬にしてアヤカシと化した。
あれから数分後――街に駆け付けてきたのは、二人の忍者である。
「こりゃ大仕事だな――
「そうですね……
柳と守だ。彼女のアームマスターから連射される光弾と、彼の繰り出す体術は、いつものように息の合ったチームワークを発揮している。しかし今回はアヤカシの数が多く、その一体一体はそれなりに強敵らしい。化け物たちは歪な造形の肉体から触手を伸ばし、二人の全身をしきりに引っ叩いていく。
「今回も、一筋縄ではいかねぇみてぇだな……」
柳はアームマスターをヌンチャクに変形させ、触手を叩き落していく。しかしいくら触手を破壊しても、アヤカシの体には新たな触手が生えてくる。絶え間ないいたちごっこが繰り広げられる中、彼女は焦燥感を覚えていた。
その時である。
その場にいる全てのアヤカシは、目まぐるしい速さで干からびていった。肉体の腐敗したアヤカシたちは膝から崩れ落ち、そのまま勢いよく爆ぜる。忍者として生きてきた時間の長い柳には、たった今目の前で起きたことを理解できる。
「天音か。お前にも出動命令が出ていたんだな」
こんな芸当が出来る者は、あの女だけだ。正体を見破られた天音は、すぐに柳の目の前に現れた。
「いや、これは自己判断だよ。ボクにはね……どうしても守りたい人がいるんだ。だから今回の仕事は、ボクが引き受ける」
彼女はまだ、タカシがアヤカシになったことを知らない。彼女は標的を探し回り、うち一体を見つけては瞬殺していく。無数の化け物相手に無双していく天音の後に続き、守たちはその後を追う。
「天音さん……強いですね」
「ああ、アイツは強い。オレたち二人が束になっても敵わねぇほどにな」
二人は天音の俊敏な動きに見とれていた。彼女がブランクに複雑な文字列を書き込むと、その周りを囲うアヤカシたちが一瞬にして爆ぜていく。天音の強さは、まさしく桁外れといったものだ。やがて彼女は、最後の一体のアヤカシに手をかける。天音がブランクにスクリプトを書き込むや否や、その一体の体は風船のように膨らんでいった。そしてそのアヤカシは眩い光を放ち、そのまま爆発した。
弾け飛ぶ肉塊に紛れ、「天」の字が彫られたメダルが飛ばされる。天音はそのメダルを右手で捕らえ、一瞬にして全てを理解した。
「タカシ……」
続いて、彼女はその場に真っ黒に焦げたメモ用紙が落ちていることに気がついた。彼女がメモ用紙を拾い上げると、そこには小汚い文字で「おねちやんありかとう」と書かれている。この時、天音はふと思い出した。
(そうか……そう言えば、タカシは読み書きが出来ないことでいじめられていたんだっけ。あの子はボクに感謝を伝えるために、一生懸命文字を書いたんだ……)
天音はメモ用紙を懐に仕舞い、一筋の涙を零した。
天音の戦闘の一部始終を、すぐ近くのビルの最上階から眺めていた男がいる。彼は筋骨隆々で、雄々しさを極めた容姿をしている。男は双眼鏡を片手に持ち、窓から天音を観察していたようだ。
「見つけたぞ……
どうやら彼は天音を探していたらしい。彼は双眼鏡を後方に投げ捨て、にやりと笑った。
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