修行
それからというもの、タカシは
無論、その間にもアヤカシは容赦なく街に出没する。
そんな時は忍者である天音の出番である。彼女が公園を去り、駆け付けた先には、二十体前後の大型のアヤカシがいる。天音は白い巻物「ブランク」を広げ、そこに速筆でスクリプトを書き込んでいく。この刹那に書かれる構文には、誤字も脱字も迷いもない。突如、その場にいたアヤカシたちの体は、不思議な力により一刀両断される。それから一秒も経たぬ間に、全てのアヤカシが爆発した。
――早くも今回の仕事が片付いた。天音は変身を解き、背後へと振り向いた。そこにはタカシの姿があった。
「スッゲー! お姉ちゃん強い!」
彼女の実力を目の前にして、彼は興奮している。天音は少し困ったような愛想笑いを浮かべ、彼に注意をした。
「こら、危ないからついてきちゃダメって言ったじゃないか」
彼女はそう言ったが、タカシはまるで自分の行動を省みなかった。
「ぼく、お姉ちゃんみたいに強くなりたい!」
「なれるよ、きっと。タカシくんは呑み込みが早いからね」
「ありがとう! お姉ちゃんみたいになれるよう、頑張るね!」
己の師に等しき者に褒められ、彼は上機嫌だ。その純粋無垢なる笑顔につられるように、天音は頬を綻ばせた。
ある土曜日の夕方――――天音は街角にて、ある少年と出くわした。
「おや? キミはこの前タカシくんをいじめていた子だね?」
「あっ……はい……おれ、ユウキって言います」
ユウキと名乗る少年は決まりが悪そうな顔をしていた。天音は優しく微笑み、彼からもう少し話を引き出そうと試みる。
「自己紹介が出来て立派だね。ところで、どうしてタカシくんにあんなことをしたのかな? もう一人のお友達が怖いから?」
「……そうです。いじめなんて良くないってわかってるけど、それでも自分がサトルにいじめられるのは嫌なんです」
「そうだよね。いじめは良くない……なんて言うだけなら簡単だけど、大人がその後の責任を取れないと話にならないよね」
彼女は決してユウキを責めはしない。強者に従い、弱者をいじめていれば安全だ。対して、弱者を庇い強者に歯向かうことは、決して容易ではない。それを天音は見抜いていたようだ。ユウキは話を続けた。
「見て見ぬふりをするのが一番楽なのに、気づけばこんなことに巻き込まれていて、だけどいつ親や先生にバレるかわからなくて、怖くて……」
「今はまだそれで良いよ。キミはキミ自身のことでいっぱいいっぱいだろうからね。だけど、もしキミがもう一人のお友達にいじめられそうになったら、その時はボクがキミを守ってあげるよ」
「それをどうやって信じればいいんですか? 大人はおれを助けてくれないですよね? 子供が殴られたり蹴られたりしても、大人は手を出せないんですよね?」
それが子供にとっていかなる死活問題であろうと、そこに大人の力を介入させることは出来ない。現実はそう生温いものではなかった。天音はこの問題と真摯に向き合い、大人たちの言葉を代弁する。
「……そうだね。子供に少しでも体の痛みを与えたら、それは体罰になってしまう。だからキミたちが学校という社会で、一秒一秒を真剣に生きていても、大人たちは何もしてあげられないんだよ。ボクたちが弱くて、本当にごめんね」
いくら強い忍術を持っていても、それだけでは救えないものがある。彼女は少しうつむきつつ、哀愁を帯びた愛想笑いを浮かべた。
あれから月日が経ち、タカシは二人の少年の前に姿を現した。一人はサトル、もう一人はユウキだ。サトルはタカシを後ろから捕まえ、ユウキに指示を出した。
「なあユウキ。コイツ最近調子乗ってるしさ、タマ蹴っちゃえよタマ!」
「オッケー!」
相変わらず容赦のない二人だ。しかし、タカシはもうあの頃のままではない。彼は体勢を低くし、両腕を思い切り振り上げた。見事に拘束から抜け出した彼は、そのまま振り向きざまにサトルの顔面に肘打ちを食らわせる。目を瞑りながらよろけるサトル。無論、タカシはこの隙を見逃さない。彼はサトルの鳩尾に拳を叩き込み、そのままローキックで足下を崩しにかかる。バランスを崩し、地面に仰向けに倒れるサトル。その上にまたがり、因縁の相手の顔面を殴ろうとするタカシ。この光景に怖気づき、ユウキは絶句していた。サトルは命の危険を感じ、歯を食いしばりながら再び目を閉じた。今のタカシは狂戦士だ。彼の抱く憎悪は計り知れない。
「怖いか⁉ 殴られるのは怖いか⁉ いじめられるのは怖いかって聞いてんだよ!」
もはや今の彼を鎮められる者などいないだろう。タカシは今まで積み上げてきた怒りを拳に乗せ、それを勢いよく振り下ろした。
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