憧れの人
あれから数日後の昼、
守は愛海に訊ねた。
「愛海さんの忍術を使えば、こう……ビッグバンの衝撃とかも三回まで繰り返せるんですか?」
もしそれが可能であれば、彼女の忍術は実に恐ろしいものである。過去に起きた紛争、災害などによって生じた衝撃も再利用できるとなれば、その猛威は常軌を逸していると言っても良い。しかし忍術というものは、そこまで万能なものでもない。愛海はため息をつき、守に真実を伝えた。
「あの社長、相変わらず大事なことを説明しないッスね。巻物には処理能力の限界があって、それを上回る処理を要する忍術は使えないんスよ」
「え⁉ そうなんですか⁉」
「トリプレイの発動に要される処理能力は、使いたい衝撃が起きてから経過した時間と、その衝撃の大きさに比例するッス。巻物は使用者の忍者レベルが高ければ高いほど処理能力が上がるんスけど、アタシの忍者力じゃそこまで大きな衝撃は繰り返せないッスね」
どうやら巻物で出来ることにも限界はあるようだ。彼らが以前アヤカシに苦戦していたように、忍者にさえなれば無敵になれるというわけでもない。
それからしばらくして、公園は少し騒がしくなってきた。守がすぐ真横に目を向けると、そこでは二人の子供が一人の少年に暴行を加えていた。いじめられている少年は声をあげながら泣いており、周りの者たちはそれを見て見ぬふりするばかりだ。
「やめて! やめてよ! 誰か助けて!」
少年は助けを求めている。守はこれを黙って見過ごしはしない。彼はすぐに足を動かし、三人の子供の方へと歩みを進めようとした。しかし愛海は守の二の腕を引っ張り、彼の邪魔をする。
「やめた方が良いッス。それで通報されたら、アンタ不審者扱いッスよ? 触らぬ神に祟りなしッス」
「だけど、あのまま放っておくわけには……」
「アンタはお人好しすぎるッスよ」
利他的な守と、利己的な愛海。同じ忍者であっても、二人は対照的だ。もはやこの場に、いじめられている少年に手を差し伸べる者など現れないと思われていた。
その時である。
「二人とも、その子が嫌がっているよ」
無力な傍観者で溢れた公園に、一人の女が姿を現した。彼女の艶のある黒髪と翡翠色の瞳は、気品のある雰囲気を漂わせていた。その整った顔立ちと清潔感のある身なりには、容姿端麗という言葉がよく似合う。いじめっ子のうちの一人は舌打ちをし、もう一人に指示を出した。
「行くぞ、ユウキ」
「わかったよサトル」
こうして二人は公園を去り、いじめられていた少年は無事に救出された。しかし体に出来た痣がまだ痛むのか、彼が泣き止む様子はない。そこで謎の美女は黒い装束と笠に身を包んだ忍者に変身し、白い巻物を広げた。
「痛いの痛いの、飛んでいけ」
彼女は右手に筆を持ち、巻物に凄まじい速筆で何らかの構文を書き込む。
少年の体に出来ていた痣は、跡形もなく消え去った。
少年は泣き止み、怪訝な顔で自分の手足に目を遣った。彼の傷を癒した麗人の前に、愛海が走り寄る。
「
実に白々しい発言である。彼女の全てを見ていた守は、苦笑いを浮かべずにはいられなかった。彼も三人のいる方へと駆け込み、愛海に質問した。
「愛海さん。この方も忍者なんですか?」
「え⁉ アンタ天音様のこと知らないんスか⁉ フルネームは
流石は「天音様命」と書かれた服を着ているだけのことはある。天音について熱弁する彼女に対し、守は雑な相槌を打っていった。
それから三人の忍者は、いじめられていた少年から様々な話を聞いた。少年はタカシという名前で、ディスレクシアという障害を抱えているらしい。彼はこの障害により文字の読み書きに困難が生じ、それがいじめの原因にもなっているという。そこで天音は、彼にある提案をした。
「本当に申し訳ないけど……ボクの忍術をもってしても、キミの病気を治すことは出来ないよ。だけど、もう二度といじめられることのないよう、キミに護身術を教えることくらいなら出来る。厳しい修行になると思うけど、ついてこれるかい?」
「……やってみる」
タカシは彼女の誘いに乗った。
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