第42話 岡引一心目撃者を追及する

 事件当日舛上宅近辺の監視カメラに写った400人ほどの車の持ち主やタクシーの乗客を洗い終わったと丘頭警部から連絡が来た。舛上宅に接する道路ばかりではないので丘頭警部がそれほど期待していなかったと言うとおり、近隣の住民が殆どだったと言う。

だが、中に舛上コーポレーションを解雇された遠野辺聡一が写っていたので捜査員も一時ざわめき立った。

早々に捜査員が遠野辺の住所に行ったが引っ越した後で、何処へ行ったのか追跡中だと丘頭警部が言っていた。

まして、飲食店街と舛上宅を結ぶ通りには監視カメラの無い抜け道のあることも判明し、課長の指示で動いた捜査だったが無駄骨に終わったと丘頭警部は不機嫌だった。

 

 一心らは高屋敷夫妻の交通事故の目撃者と運転手が舛上コーポレーションの関連企業の社長や従業員であることを突き止めていた。

 目撃者の一人下柳龍生は同社の下請け会社である下柳建設㈱の社長だったし、伊田翔太は同社の子会社である泉野興行(株)の従業員、札間礼子も下請け会社の従業員だったし、暁葵は同社の関連会社暁物流の社長暁総二郎の長女だった。

 美紗のハッキング情報では、事件以降この4社には舛上コーポレーションから潤沢に仕事が回されていたほか、伊田に100万円、札間には200万円が夏と冬の2回ボーナスとして支給されている。その額は他の同レベルの社員の2倍を超える。

 理由をその会社の社長に直接尋ねると、「人事評価の結果だ」と言い張るが、その会社の人事情報システムにはそんな登録はないと美紗は断言する。

そこで、俺が事務所に伊田を呼んで、「多額のボーナス支給を条件に嘘の目撃証言をしたのではないか?」と詰問した。

伊田は首を振る。

「亡くなった高屋敷夫妻には高校生になったばかりの15歳になる息子がいて、両親を一遍に亡くし頼る身内も無く、食事の支度もできず、生活費もままならず、先々を悲観して自殺を図ったんだぞ!」

その脅しに伊田は驚いたようだが何も言わないので「自宅で、死ぬ寸前に偶々発見され救急車で病院に担ぎ込まれ一命を取り留めたが、あんたのやった行為は殺人にも値する残虐な行為なんだぞ!」

かなり無理やり、オーバーに話すと、伊田の目に涙が浮かんだ。もう一息だと思い一心は静を呼んで伊田に声を掛けさせた。

「伊田はん、あんはんご両親はお元気でっしゃろか?」

伊田が顔を上げて静を見詰め「あぁ、福島で元気にしてる」

「お母さん突然亡くなったら、あんはんどないしはります? 思い浮かべてくれよし。自分が15の時で身よりがない思うたらどないどす? 生きていかはれますか? 悲しゅうて、寂しゅうて、頼る人誰もおらんようようになって……あてなら椋さんと一緒で、死ぬ、思います」

静の目から涙が一筋零れた。

そこへ美紗が眉を吊り上げ伊田の横に座る。

「あんた、親にこの話してんのか?」

「いえ、してません」

「親聞いたらどう思うだろうな? 俺電話して訊いてみるわ」

美紗は本当にケータイを開いて「親の番号は?」

「えっ、」そう言っただけで、伊田は固まってしまった。

「早く! 番号を言え!」

「……申しわけありませんでした」暫く沈黙した後突然応接テーブルに頭をぶつけて謝罪した。

「何謝ってんだ? 理由を言いな」

「はい、あの目撃証言はお金を貰う見返りについた嘘です」

美紗の厳しい言いようが効いたのか? 静の涙が効いたのか? 分からないが兎に角、自供した。

「ここは警察じゃないから、今のは、自白と俺らが認めるから、そしたら情状酌量されるから警察でも同じ事話すんだ」

一心がそう言うと伊田はがっくり肩を落し、「やっぱ止めれば良かった」と呟いた。

一心が付き添って伊田を浅草署に連れて行った。

 

 翌日、一心は札間礼子を事務所に呼んで、伊田が偽証を認めた事をぶつけた。「伊田は秘書の氷見からその話を持ち掛けられたときに、あんたの名前も出た。そう言ってるよ」と。

札間も言葉を出し渋ったが、子供を持つ札間は静の泣き落としに負けて自供した。

 

 こうなると、一心は勢いづいて、事務所に呼んだ下柳龍生社長と暁物流の社長暁総二郎の長女の暁葵夫々に、「目撃証言した四人のうち二人が重大な偽証をしたと供述しているので、運転していた高屋敷孝悦さんの名誉を挽回するため裁判の再審請求を行いあなたの嘘を法廷で暴きます」と脅しをかけた。

「仕事を回してもらう見返りに、嘘の目撃証言をするように秘書長の氷見誠一さんから頼まれたんですね」

そういう圧力をかけて続けて3日目、暁葵が「父に言われて偽証しました」と告白した。自分は嫌だと言ったのだが父が会社を守るためだと、自分に下げたことのない頭を下げるので同意したと言う。

 最後に残った下柳建設㈱社長には「もうあなたは認めなくても良いです。三人が認めたのに、あなたは最後まで偽証を認めなかったと、検察から裁判所で言って貰いましょう。その結果どうなるのかは私は知りません! もうお帰り頂いて結構です」

一心が立ち上がろうとすると、下柳に待ってくれと呼び止められ「認める。偽証を認める。偽証しないと仕事を切ると秘書に言われて仕方なくやったんだ。俺が悪い訳じゃない奴らが悪いんだ。そうだろう? だから助けてくれ、会社が潰れてしまう。お願いだ……」と泣きつかれた。

 

 一方、美紗が大型車を運転していた徳山玄の会社をハッキングし設立時の資金を確認したところ、5千万円を現金と株式購入という形で舛上コーポレーションが拠出していることが分かった。

その事実を徳山にぶつけると、以外に簡単に自供した。秘書長の氷見からその条件を提示され頷いたのだった。

 つまり、舛上コーポレーションの秘書長氷見誠一が目撃者を捏造し、殺害目的で高屋敷夫妻の乗った乗用車に大型車をぶつけたという交通事故だった。当然、その背後には舛上海陽がいたはずだが、既に死亡しているので調査はここで終了だ。

 

 すべてを丘頭警部に報告した後、一心の車にぶつけようとしたトラックについて訊くと、運転手を道交法違反で切符を切ったと告げられたが、本人があくまで過失による信号無視であって故意ではないと言い張り、証拠もなかったのでそこで終わってしまったと悔しがっていた。

 

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