第38話 丘頭桃子警部の捜査(その11)

 何人かの捜査員が既に事情を聞いている今吉俊平のアパートを田川刑事が事前に連絡を取らずに訪問した。手には美味しいと評判の浅草仲見世通りの有名店のたこ焼きを持っていた。

休日なので今吉は家にいるだろうと踏んでインターホンを鳴らすと、はーいと返事がしてドアが開いた。今吉がドアを開けた瞬間、田川刑事が目に飛び込んできたので驚いたのだろう、そういう顔をした。

「刑事さん、いきなり来るなんて何かあったんですか?」

妙にドギマギした様子で今吉は外に出てくる。

「いやあ、今吉さんには署に来てもらったりカフェに来てもらったり、捜査に随分と協力して頂いてるんで、今日はそのお礼を込めてたこ焼き買って一緒に食べようかと思ったんですよ」

田川刑事は突然来た理由をそう今吉に伝えた。

実は事前に丘頭警部と打ち合わせをして、一度今吉の自宅の中を見てみようという話になったのだった。部屋の中に捜査員は一度も入れて貰えなかったので、何かを隠し持っている可能性もあると考えたのだ。

一緒に食べようと言われたら、外でとは言いずらいと見越してのことだった。

「はぁ、そうですか、わざわざ済みません。じゃ、中へどうぞ」

今吉の声から嫌そうな感じを受けたが、田川刑事は図々しくも室内に入ることができた。

居間に入るともう一部屋あるようだが戸が閉められている、押入れかもしれなかった。

部屋の中はそれ程綺麗に片付けられている訳はなかったが、お世辞で片付いてるとか綺麗にしてるとか田川刑事は適当に褒めた。

お茶を淹れてきた今吉に礼を言い、二人で食べ始める。

「これ、浅草仲見世通りの評判のたこ焼きなんだ」

「あ~、あそこの。俺も知ってます。随分前だけど美味しかった記憶ある」

今吉が高校野球選手だったと以前聞いていたし、田川刑事もそうだったのでその話で場を盛り上げていった。

次第に、今吉も野球の話に夢中になって「都大会の決勝戦で最後逆転負けを喫したが悔いない試合だったと熱弁する。その時に使っていたぼろグローブ。もう野球やってないんだけど捨てられなくって……ちょっと待ってて、持ってくる」

今吉はその時の悔しさが込み上げてきたのだろう涙を滲ませながら奥の部屋のドアを開けた。

「ほんと、俺も持ってたやつ家にあるよ。是非見たいなぁ」田川刑事も今吉に続いてその部屋に入った。

今吉が慌てて田川刑事に部屋を出るように言ったが既に遅く、バットやゴルフ道具と並んで炭酸ガスボンベが置かれていることに田川刑事が気付いた。

「今吉さん、そのガスボンベどうしたの?」

そう訊いた瞬間今吉の顔が青ざめて、その場にへたり込んでしまった。

「今吉さん、それお借りできますか?」

今吉は田川刑事を弱々しい目で見上げて、頷いた。もはや言葉を発する気力も失ってしまったのか。

田川刑事は署に一報を入れ応援を頼んだ。

今吉宅での出来事を田川刑事はこの様に報告してきたのだった。

 

 浅草署で丘頭警部が事情を訊いてもなかなか喋ろうとはしなかった。

個人の自宅に30キロもの炭酸ガスボンベを持っているなんて常識では考えられないと詰め寄るが、俯いたまま何も話さない。

鑑識が調べた結果、中に二酸化炭素が微量残っていた。トイレに充満させ海陽を殺害した可能があると報告された。

両親の仇という立派な動機はあるし、アリバイははっきりしない。

ただ、ボンベから換気口までを繋ぐゴムチューブが見当たらない。購入先などを追及した。

空ボンベの重さは27キロほどあり台車が必要だが、それも見当たらない。

 4日目、今吉がやっと口を開いた。その口調は重く葬儀で暴れた元気はどこへやら、すっかり生気を失いこの世の終わりでも来たかのように沈んでいる。

「海陽が殺される1週間前電話があって、ネットでボンベを買えと」今吉が沈んだ声で喋った。

「それが部屋にあったボンベね」今吉の余りの落ち込みようをみて、丘頭警部はいつもの鋭く厳しい言い方ではなく、子供をあやす様な優しい言い方で質問を続ける。

「そう、届いたら玄関脇に置いとけって言われてそうした」

「相手の声とかに心当たりは無いの?」

今吉はこくりと頷いた。

「それから?」

「一晩置いておいたら、ボンベが軽くなってた。そして電話があってそれを部屋に隠しておけと」

「それでそうしてたのね」

「俺が海陽を殺したわけじゃないけど、電話の相手が海陽を殺してやるっていうから言われるままにしたんだ。だけど、それは海陽が死ぬ2日前だったんだ」

「はっ、何言ってんのよ、それじゃ事件と関係ないって言いたい訳?」

「俺、そうやって疑われるから黙ってたんだ。事件の2日前にはボンベは空だったんだ」

「何か、2日前だったていう証拠ないの?」

「誰か、ボンベを見た人いるんじゃないかな?」

「それは今近所を聞き取りしてる最中よ。それと、ボンベ以外にゴムのチューブとか器具とかは無いの?」

「……」

「買ってと言われたのはボンベだけ?」

 

 進展がないまま2日が過ぎて、やっと今吉製作所を捜査していた捜査員がゴムチューブと器具を発見したと報告してきた。

「捜査員があんたの工場でゴムチューブと器具を見つけたと報告があったわよ。もう、言い逃れできないわよ。正直に言いなさい!」取調室で丘頭警部は今吉ににじり寄る。

「違う、違う、俺じゃない、違うんだ……」今吉は色の失せた顔を力なく振る。

鑑識がチューブの傷などを現場の傷などと照合して一致すれば確定だ。

 

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