第37話 舛上椋の追及

 海陽殺害から二カ月半ほどして、母が役員会を招集。椋は平理事として参加していた。

冒頭、母が海陽殺人事件について概要を説明した。

「海陽殺害の犯人が逮捕されるまでの間、わたくしが社長を務めたいと思います」

会議室にどよめきが湧き、賛否の声が聞こえてくる。

「皆さんの了解が得られたら緊急株主総会を開いて議決を得たいと存じます」

椋は黙ってはいられなかった。

「私は反対です。私は亡き社長から私だけに代表権を持たせて頂いています。つまり、後継者には私を押すつもりで亡き社長がそうしたものと判断しています。それに、これまで経営に関わっていなかった母がいきなり社長というのはどうかと思います」

喋り終わって役員らを見回すと頷く者が多くいる。

「ですが、わたくしが自社株の過半を押さえていますので、わたくしの意見に反対する取締役がいればその方を解任する議案も株主総会に提出するつもりです」母が厳しい眼差しで役員を見回す。

「……」俺は母の強い決意を目の当たりにして顔色を失った。

「椋さん、あなたの思い通りにはならないのよ。常々海陽の従業員や下請け企業の皆様への接し方に納得はできませんでした。その故前社長と同じ事をやろうとする椋には社長をやって欲しくないというのがわたくしの偽らざる本心です」

「いや、その考えは間違っている! 社員、下請け企業に甘い所を見せたら奴らはつけあがり仕事をしなくなる。業績を伸ばすには厳しさが必要なんだ! そんな事も母さんは分かってない。だから、……」

「黙って!」

話が終わる前に、母さんが椋の言葉を遮る。

「ここで経営のあり方を論ずる気はありません。有る組織、有る人員、有る力、それで最善を尽くす、それだけです」

今まで母を長年見てきたが、椋や故海陽社長の意見などに反駁したことは一度も無かったので正直驚かされた。

確かに、株主総会で議決を得た取締役が、取締役会の中で代表を決めることになっている。だから、母の提案にそぐわない者は取締役から外すということで、自らが代表取締役となる道を確りとしたものにしようという訳だ。

「わかった。母さんの意向、認めるよ」

それで仕方なく母が代表取締役に就くことを認めたのだ。

社内では椋を副社長として特定の業務は持たせずに、各業務を担当する取締役のまとめ役といった位置づけにされた。だから、取締役を飛び越えて部長らに指示ができなくなったし、関連会社へも行けなくなった。これでは、部長や関連会社の社長連中がつけあがり、延いては業績の悪化に繋がると肝が冷える。

 そんな不満や不安が頭の中で渦巻いているときに、冬月逮捕のニュースが飛び込んできた。

すぐに氷見を人事課の応接室に呼びつけた。

 

 氷見は普段と変わらず椋を見下すような視線で入って来た。

「どうなってんだ! 何故冬月が逮捕されたんだ!」声を押さえず怒鳴りつけた。

「こんな不名誉な事態を起して、お前は知っていたのか?」

氷見は首を振って知らなかったと答える。

「しかも、会社の車で現場に行って目撃までされている。お前の指示なしで彼にそんなことができるのか?」

「自分もびっくりしました。恐らくなんですが……」氷見は椋の横へ来て声を落して続ける。

「佐音姫香さんが、椋さんのすり替え事件を起した張本人だと判明したあと、海陽社長は相当ご立腹なさっておりましたので、冬月をお呼びになって犯人を消せと命じたのだと思います」

椋は頭の何処かではそれを感じていた。が、他人から言われると腹が立つ。

「そんなバカな事を親父がいう訳ないだろうがっ!」

氷見はそれ以上喋ろうとはしなかった。黙って元の立ち位置に戻って椋の次の言葉を待っているようだった。

 

「ところで、鳥井唯はどうなんだ。お前ら関係してんのか?」

父親から聞いていた氷見らの仕事は、秘書だがボディーガードでもある。さらに競合他社を引きずり落とすために汚い手を使うことも仕事だった。しかし、殺人となると話は違うはずだが、どうなのか考え始めると疑心暗鬼に陥ってしまいそうだ。

「私ら、犯罪には手を触れません」氷見は毅然とし迫力ある低い声で答えた。

「それはよ、親父が誰か一人に命じた可能性も無いってことか?」

「自分を飛び越えて命じられたことを自分は知りようがありません」

椋は、念を押して確認したが、氷見は憮然とした面持ちで同じ言葉を吐いた。

 

「それから、高屋敷夫妻の交通事故について、お前ら関わってんだろう? 今警察と探偵がまた捜査を始めたようだが、その探偵が五人の男に、それも黒スーツに黒のワゴン車だったようだが、襲われたらしい。お前らがうちの車使ってやったんじゃないのか?」

「いえ、探偵を襲う理由がありません。そもそも交通事故に関わっていません」

到底納得などできるはずもないが、これ以上は訊いても埒が明かないと思い、氷見を下げてほかの秘書、寒井大樹、利根埼恒心、会田翔太、友杉建二の順に一人ずつ呼んで同じことを聞いた。勿論、全員関わりないと答えた。こうしておけば、秘書の中に犯人がいたとしても管理責任を果していると言訳ができると考えてのことだった。

 

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